2010.03.07 Sunday
カタルーニャの夢、地中海の首都:地中海同盟セレモニーに見る言語選択という政治的問題
先週の木曜日(3月4日)の事だったのですが、バルセロナが長い間夢見ていた地中海の弧同盟(La Union
por el Mediterraneo(UpM))の常設事務局のお披露目パーティーがペドラルベス宮(Palau de Pedralbes)にて盛大に行われました。

思えばバルセロナが「地中海の首都」になろうと試みたのが1995年の事。その当時は「バルセロナプロセス」という名でバルセロナがイニティアティブを取ってはいたのですが、各国間の調整が上手い事運ばず、時間だけが流れ去っていくという状態が10年以上続いていたんですね。そのような硬直状態に変化が現れたのが2008年の事。サルコジ仏大統領がEU議長国の地位を利用して(2008年後半はフランスが議長国でした)地中海同盟のイニティアティブを取り直し、フランスの後押しなどもあって晴れてバルセロナが常設事務局の座についたのが忘れもしない2009年11月5日の事でした。
「地中海同盟の常設事務局にバルセロナ選出」というニュースは普通なら各種新聞のトップを独占する程のビッグニュースのはずだったのですが、実はその日は世界にとってもっと衝撃的な歴史的な事件が起こった日でもありました。2009年11月5日、それはアメリカで初めて黒人大統領が生まれた日だったんですね(詳しくはコチラ:地中海ブログ:地中海連合(Union pour la Mediterranee)の常設事務局はバルセロナに)。「地中海同盟の常設事務局にバルセロナ選出」は地中海にとっては大ニュースだったけど、さすがにオバマ大統領の誕生と比べられたらちょっと相手が悪かった。勿論スペインを含む世界中の新聞が、その日のトップニュースにオバマ大統領誕生のニュースを持ってきていました。
まあ、そんな苦い思い出があったからかどうか知らないけど(多分全く関係ないけど)、今回の新聞記事には大変面白い傾向を見る事が出来ました。というかそういう風に読む事も出来ると言う事なのですが・・・。La Vanguardia紙は次のように書いています:
「我々カタラン人にとって「地中海」とは国の外形を切り取る縁ではなくて、我々のアイデンティティの形成する本質的な要素である」とカタルーニャ州政府大統領はカタラン語で語った。バルセロナ市長も同じくカタラン語で語ったが、カステリャーノ語、英語そしてフランス語を混ぜて語った。」
“Para los ctalanes, el Mediterraneo no es
una frontera exterior, sino una dimension esencial de nuestra identidad”,
afirmo el presidene, Jose Montilla, que hablo en catalan. El alcalde de
Barcelona, Jordi Hereu, hizo lo propio, pero salpicando su discurso de frases
en castellano, ingles y frances.” P 14, La Vanguardia, 5 de Marzo 2010.
お分かりでしょうか?そう、「カタラン語で語った」とワザワザ言っているんですね。と言うか、この箇所がこの2ページに渡る新聞記事の本質部分だと言っても良いと思える程だと思います。

43カ国の国旗の前でカタラン語で正式に声明を発表する事。これはカタラン人の長年の夢であり、15年かけて地中海の弧同盟を育ててきた集大成と言ってもいいんじゃないのかな。まあ、この新聞(La Vanguardia)は所詮、右寄りのカタルーニャ同盟(CiU)の広報誌なので、言語の問題を強調していても何の不思議も無いんですけどね。ちなみに左寄りのEl Paisでは勿論言語の事には触れていませんでした。
(ちょっと脱線するかもしれないけど、今日の新聞(El Pais, 7 de
Marzo 2010)にマドリッドのルイスガジャルドン市長(Alberto Ruiz-Galladon)とバルセロナのエレウ市長(Jordi Hereu)との両都市の将来像に関する対談が載ってたんだけど、その中でジャーナリストがバルセロナ市長に「カタラン語は海外からの投資家や留学生、もしくは企業家などがバルセロナに拠点を置きたい場合には進入障壁となるのでは?」という質問に、「言語の問題は関係無い。我々はカステリャーノ語とカタラン語のバイリンガルであり、必要ならば勿論カステリャーノ語でコミュニケーションを取る事は全く問題無い!」と少し語調を荒げながら反論する部分があったのが印象的でした。)
自国が隣国と陸続きで、異なる言語を話す人達が集まってくるのが当たり前な環境に育ってきているヨーロッパでは、どのような状況でどの言語を使用するのか?と言う事が当たり前のように政治的な意味を持ってきます。それは何もこのような公共のオフィシャルな場だけの話ではなくて、企業内の会議だとか、はたまた友達同士の昼食の会話と言った些細な所にまで入り込んでいるんですね。いや、このような日常生活の中でさえ、そのような言語を通した政治的駆け引きが潜んでいると言う所にこそ、驚くべきなのか。これはつまり、人々の無意識の中にもう既にそのような言語に対するセンシビリティが潜んでいると言う証拠なのですから。
今回の地中海の弧同盟を言語の問題を通して伝えたLa Vanguardia紙は次のように締めくくっています。
“・・・今回のセレモニーは次のように締めくくられた。Muchas Gracias(カステリャーノ語). Moltes Gracies(カタラン語). Merci
Beaucoup(フランス語).”
13世紀に地中海に跨る一大帝国を築いたジャウマ一世以来、表舞台では廃れ気味だったカタラン語が再び輝きを取り戻し、バルセロナが地中海の首都に返り咲こうとしている瞬間でした。

