地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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ガリシア語の危機
今日の新聞(La Vanguardia, 21 de Febrero 2010)に「ガリシア語の危機」と題する記事(El gallego, el gran problema)が載っていました。ガリシア語とはガリシア自治州、アストゥリアス、レオン、サモーラの各県の一部などで話されている言語でその歴史は古く、13世紀にはプロヴァンス語と並んで「詩」の為の言語として重要視されていた程だったんですね。

スペインにおける言語の問題はその地域における歴史や社会、ひいてはスペイン国とヨーロッパ全域との関係などが複雑に入り組み、海の底ほど奥が深いので到底ここで書き切れる問題では無いのですが、大まかに見た時のガリシア語の大きな特徴の一つ、それはガリシア社会の中においてガリシア語が占めている地位に見る事が出来るのでは?と思われます。僕の周りには結構な数のガリシア人の友達がいるのですが、彼らが口を揃えて言う事は、「ガリシア人はガリシア語を重要である(プレステージ)と見做していない」と言う事です。

ガリシア語というのはガリシア社会の中において家族間で話される言葉、もしくは貧しい人達が話す言葉と考えられている傾向が強いんだとか。だから子供を持つ親などは、学校で自分の子供がガリシア語を学んでいる事を良く思っていない人が大勢を占めるそうです。と言うか、将来を見込んでカスティーリャ語を先ずは身に付けさせる事を優先させたい親が多いらしいのです。

じゃあ、学校の教育システムはどうなっているかというと、ガリシア語とその他の言語が授業で使用される比率は50%対50%。どうやらこの比率は自治州の令(Decreto:法律の下に位置する規則のようなもの)で決められていて、各学年の年間カリキュラムの内の50%はガリシア語を使用しなければいけないそうです。つまりそうする事で彼ら独自の文化を守ろうと言う訳なんですね。

そんな矢先、約一ヶ月程前の事なのですが、現ガリシア自治州の政権にある民衆党(PP)が学校教育におけるガリシア語の使用率を上限50%に制限する令をガリシア議会で可決し、近々施行する見通しであると言う事を新聞が報じました。もっと具体的に言うと、年間カリキュラムの内、ガリシア語、カスティーリャ語、英語をそれぞれ均等に33%ずつの配分にする規制力を持つ令だそうです。これはかなり影響力の強い令で、というのもこれまでは最低50%、もし学校長が認めれば100%ガリシア語で授業を行う事だって理論的には可能だったのが、この新しい令では最高でも50%しかガリシア語の使用を認めないとなったのですから。

このようなラディカルな令に対する社会の反応は様々で、(ここにこそガリシア社会の矛盾と彼らの面白さが垣間見えると思うのですが)、子供を持つ親達は諸手を挙げて喜んでいるかと思えば、自分達のアイデンティティの拠り所である言語が失われる可能性に憂えていたりする訳ですよ。「え、あなた達、さっきまでガリシア語、最悪だからもう教えないでくれ!とか言ってなかった?」って思っちゃうんですが、このような2面性、「どっちだかよく分からない」というのが実はガリシア人の一番の特長だったりするんですね。それがガリシア人の可愛い所でもあるんだけど、ガリシアに住んでる日本人とかはきっと大変なんだろうなー、とか思っちゃう瞬間です。

このような言語の問題はスペインの各地域のアイデンティティの基盤に当たる非常に重要な問題なので、ガリシアの動きには今後ちょっと敏感に耳を立てていようと思っています。
| スペイン政治 | 21:09 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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