地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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ミヒャエル・ハネケ(Michael Haneke)監督作品、「The White Ribbon」:我々の社会におけるモンスターとは何か?
去年(2009年)のカンヌ映画祭でパルムドールを獲った作品、ミヒャエル・ハネケ監督 の「The White Ribbon」を見て来ました。

結論から言うと、非常に良かった。少なくとも映画を見終わった後で、今から週末の貴重な時間を使って、「久しぶりに映画評を書いてみようかな」という気にさせるくらいの質は持っていた様な気がします。と言う訳で何時もの様に僕の独断と偏見で(笑)、この映画に対する感想を書いていこうと思うのですが、これは僕の勝手な解釈なので、「あー、こういう意見もあるのかなー」と言うくらいに思ってもらえれば幸いです。そして一応念の為に:

警告: ネタバレになる可能性があるので、映画を未だ見ていない人はココで読むのをストップしましょう。

さて、先ずはこの映画の主題、つまり「この映画は一体何を言いたかったのか?」という事なのですが、それはズバリ、我々の人間社会における「怪物(モンスター)が生み出されるプロセスについて」だと思います。そしてこの映画はその問いに、「怪物は怪物によって創られる」という明快な返答を持って答えているんですね。

舞台が第一次世界大戦ちょっと前のドイツである事から、この映画を見た人は即座にファシズムやナチスとの関連を思い浮かべるかもしれません。しかし僕の見る所、ハネケ監督がこの映画で描き出している世界というのは、僕達のどの社会にも当てはまる、大変普遍的な問題であって、ドイツの村々が舞台だからと言って即座にナチスと結び付けるのは安直だと思います。

そして更に、この映画には上述の「表の主題」とも言うべきものの裏に、もう一つの隠れた主題、言うなれば、「裏の主題」のようなものが挿入されています。(そしてそれこそ僕達がこの映画から読み取るべきメッセージであると思います。)
それが語られるのが、物語の終盤近く、主人公の一人である医者とその愛人が激しい口論を交わす場面です。悪の象徴の如くに設定されている医者は散々弄んだ愛人に向かって、この上ない酷い言葉を浴びせ、軽蔑的な態度を繰り返します:

 「この醜い女め。早く消えろ、口もくさいんだよ・・・」

この場面は(僕が思うに)、この映画が最も伝えたかった「モンスターが創り出される過程を描写した場面」であり、我々が深刻に受け止めるべき場面だと思うんですね。人間は他人にされた事を他の人にもしようとするし、正に目には目をじゃ無いけど、モンスター的な振る舞いはモンスターを生むという訳です。

しかしですね、この場面が上映されている最中、僕にとって大変驚くべき事が起こりました。それは会場のあちこちから少数ではありますが、笑い声が聞こえてきた事です。確かに医者の悪口は非常に極端であり、皮肉とも取れるかもしれないのですが、コンテクストなどを考えると、やはりココは笑うような場面じゃ無い。この瞬間に、この映画が言いたかった「もう一つの主題」と、以前に読んだ、あるインタビュー記事が僕の頭の中で交錯しました。その記事とはホロコースト研究で大変有名なPeter Longerichが最近出版したハインリヒ・ルイトポルト・ヒムラー(Heinrich Luitpold Himmler)についての新著(HeinrichHimmler, RBA)に関するインタビューです。

ヒムラーなんて、ナチスに相当関心がある人くらいしか絶対知らないと思うけど、何をした人かというと、「ユダヤ人皆殺し計画」の最高責任者だった人なんですね。そしてヒムラーの研究者であるLongerichが彼に関する膨大な資料を精査した結果導き出した一つの結論が:

 「ヒムラーは確かにある種の人間的感情を欠落していた感があるけれども、決して精神病者ではなかった」

という事でした。更に続けて彼は言います:

「ヒムラーは人間だった、それこそが問題なのだ」

これはつまり、そこら辺にいるごく普通の人でも、ひょんな事から簡単にモンスターに変わってしまうと言う事を物語っているんですね。この言葉は僕達人間にかなり重い言葉として圧し掛かり、人間という生き物の恐さを改めて知らしめさせてくれます。

多分この映画が言いたかったもう一つのメッセージ、裏の主題はコレなんじゃないのかな?つまり僕達の隣に座っているごく普通のカップルだって、周りの環境しだいで、どんなに恐ろしい事も素知らぬ顔でしてしまえるモンスターになってしまう・・・。

監督がそこまで計算してこの場面を入れたのかどうかは僕には分かりません。唯一つ言える事は、この映画は「答え」よりも「沢山の疑問」を我々見る人に投げかけてくるという事です。つまり我々に安易な答えを与えるよりも、映画館を出た後で長い時間をかけて我々自身に考えさせる事を強いる映画なんですね。だからこの映画の解釈には「決まった答え」や「正解」はありません。それは我々一人一人が各々の人生の中で見つけ出して行くしか無いのです。この映画はそのような思考をするキッカケを我々に与えてくれているだけに過ぎないのですから。

(注意)
今回は当ブログで毎回しているような詳細なシンボル解説や映画の構造解説などは極力避けるようにしました。だから何時もとはちょっと書き方が変わっているかもしれません。たまにはこういうのも悪くないなー。
| 映画批評 | 20:18 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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