地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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パリ旅行その5:カミーユ・クローデル(Camille Claudel)の芸術:内なる感情を全体で表している彫刻作品、もしくは彼女の人生そのもの
僕が旅行で一番楽しみにしている事、それは予期せぬモノ達との遭遇です。予定調和的では無い出会い程僕の心をときめかせる瞬間はありません。そしてそれを求めるが故に僕は旅を続けているのかもしれない。今回の旅行でもそんな素敵な出会いが僕を待っていてくれました。



カミーユ・クローデルの彫刻です。 出逢いは全くの唐突でした。ロダン美術館を訪れていた時の事、入り口中央、右よりの一室に入った瞬間、僕の目に飛び込んできたのが上の彫刻だったんですね。作品の名前は「分別盛り(第二バージョン)(L`age mur (deuxieme version)」。



真ん中の老人が、背後にいる老婆(悪魔)に囁かれ、若い女性から身を引いていく瞬間が表現されています。主題としては「人生の3段階」などとして、あちこちで繰り返し用いられているテーマなのですが、カミーユ・クローデル作のこの作品は、ちょっと他には無い域にまで達していると思われます。先ず見た瞬間に圧倒されるのが、そのプロポーションの良さです。
 


左上に展開している悪魔の羽のようなものから始まり、老人の手、女性の手を経て、右下の女性のつま先へと、流れるような3角形を形成しています。



更に素晴らしいのが、この女性の表情と「行かないで!」と言っているかのような手の描写です:
 


この手と手の間の空間!女性の手を力強く振りほどくのではなくて、まるで女性の手からすり抜けていく、その瞬間が「スローモーション」で伝わってくるかのような空間表現です。ちょっと息を呑むほどです。



話は変わりますが、中森明菜のデビュー曲であるこの「スローモーション」の歌詞も見事ですね。

「出逢いはスローモーション、軽い目眩(めまい)誘う程に・・・」

詩を聞いていると、本当にその素敵な出逢いの一瞬が、頭の中でスローモーション再生されていくかのような。そしてココ:
 


悪魔が老人に何かを囁いています。この悪魔も無理やり老人を引っ張っているというよりは、老人を誘惑し、そそのかしている、そんな表現になっています。何よりも悪魔の手がその事をよりよく物語っていますよね:
 


ほら、悪魔の手が老人の腕に触れるか触れないか、その一瞬を表現しています。

さて、カミーユ・クローデルの彫刻を見た感想、それは今まで僕が見てきた彫刻のどれとも、その感じ方が異なっていました。彼女の彫刻から感じられるもの、それは生々しい程の「人間の内なる感情」じゃ無いのかな?例えば上の彫刻には「行かないでー!」という彼女の思いと、それによる「寂しさ」が彫刻全体に充満しているかのようです。そしてそれらの感情が喜びであれ憎しみであれ、痛々しいほど彫刻全体に溢れている、それが彼女の作品を通して言える事なのでは?と思う訳です。コレなんてすごい:
 


作品名、クロト(Clotbo)。クトロというのは、ローマ神話に出てくる生と死、そして運命を司る3女神の一人です。頭の上から湧き出ているのは髪の毛なのか、何なのか良く分からないけど、ここには内臓をえぐり返すような、ドロドロとした恐怖が充満しています。率直に言って、この彫刻は「怖い」。

何故カミーユ・クローデルはこれらのような彫刻を創ったのか?何故彼女の彫刻からは人間の生々しい感情が感じられるのか?それを説明する為には、少しばかり彼女の経歴を知る必要があるかと思われます。

カミーユ・クローデルは19世紀後半から20世紀初頭を生きたフランス人女性彫刻家であり、20世紀最大の彫刻家として知られるロダンの弟子、助手兼モデルそして愛人だったそうです。彼女がロダンと出会ったのが18歳の時で、ロダンは彼女の中に眠る天才的な才能とその美貌にコロッとやられ、内縁の妻(ローズ)がありながら、彼女と関係を持ったと言う事らしいです。若い時の彼女の写真が残されているんだけど、それがコレ:
 


確かに美人ですね。そして彼女はロダンの下でメキメキとその頭角を現していきます。しかしですね、最初の内は順風満帆だった彼女の人生にも次第に陰りが見え始めます。彼女はその生まれ持った才能とは裏腹に、世間では全く評価されず、ロダンのコピーだと言われ続け、私生活ではロダンの子を妊娠するも流産、そして内縁の妻ローズとカミーユの間で揺れていたロダンも最終的にはローズの元へと去って行ってしまいました。仕事もうまくいかず、私生活も最悪、挙句の果てに彼女は精神に異常をきたし、30年間の精神病院への強制収容の後、誰にも看取られる事無く死んでいったそうです。 天才彫刻家のその悲惨な運命は、後に数々の小説になったり、映画になったりして、今では広く人々に知られる所となり、近年においては彼女の作品に再評価の光がさしているようです。

で、ここまで書けばもうお気付きかもしれませんが、実は上の彫刻、「分別盛り」の主題は、彼女の人生そのものであり、真ん中の老人がロダン、悪魔がローズ、そして右下の懇願している女性がカミーユ本人だったという訳なんですね。この「行かないでー!」という表現に彼女が当時感じていた悲痛な思いが詰まっているからこそ、見るものをその内側にこんなにも引き込むのでしょうね。この彫刻はその主題故にかなり悲しいものとなっていますが、幸せの絶頂期にはこんなのも創っています:
 


その名も「心からの信頼(L`abandon)」。二人が寄り添い、互いに支えあうその姿は、僕の心を本当に和やかにしてくれます。そしてこの顔:
 


この作品が創られたのは、カミーユとロダンがラブラブだった頃と言いますから、カミーユは本当に幸せだったのでしょうね。彫刻から愛が溢れているかの様です。
 


上の作品(ワルツ(La Valse))からは、二人が楽しげに踊っている、正にその瞬間の雰囲気がありありと漂ってきます。そしてコレもすごい:



「束を背負った若い娘(La jeune fille a la grebe)」。見てください、この口元と目:



こんな事が彫刻に可能なのか!

さて、カミーユの彫刻の魅力、それはその彫刻が創り出すダイナミックな空間もさる事ながら、それらの彫刻が全体で醸し出す、内なる人間の感情、痛々しい程の感情なのだと僕は思います。そして彼女の彫刻には、何かしら、人をその内側に覗き込ませる魅力を秘めている。それは彼女の作品のスケールが小振りであると言う事だけが要因なのではなくて、本質的に彼女の彫刻は、そのディテールが何かを語りたがっている、そんな気がするんですね。だから、それにそっと耳を傾けてみたくなる。

ベルニーニの作品を見て以来、彫刻の本質とは「物語の一瞬を捉える事」、そしてその凍結された一コマから、連続する前後の情景を鑑賞者の心の中に浮かび上がらせる事だと思ってきました(詳しくはコチラ:地中海ブログ:ベルニーニ(Bernini)の彫刻その2:ボルゲーゼ美術館(Museo e Galleria Borghese)にあるアポロとダフネ(Apollo e Dafne)の彫刻)。
それはロダンの作品にも言える事で、彼なんかは明らかに一瞬の凍結の中に「動きを見出す事」を目指しているような感じを受けます。これなんてドンピシャ:



故にそれらの彫刻は3次元的であり、周りをグルグル回ったり、はたまた上述した様な、前後の時間の中を彷徨ったりする中に、その彫刻の本質が現れるのだと思います。しかしながら、カミーユの彫刻はどちらかというと、2次元に近いんじゃないのかな?と感じています。何故なら彼女の作品には(絵画のように)明らかに見るべき視点が存在するからです(例外っぽいのはワルツですね)。更に前者の彫刻が基本的に「モニュメント」になろうとしているのに対して、カミーユのそれは謙虚な姿勢を基本にしている感じをすら受けます。 多分ココが、彼女の彫刻の一番の大きな特徴であり、魅力であり、ロダンにも開けなかった、彼女だけの道なのではと僕は思います。

彼女の実の弟であり、有名な詩人であった、ポール・クローデル(Paul Claudel)は姉の作品について幾つかの著作を残していますが、彼のこの言葉は、カミーユ・クローデルの彫刻の的をついているような気がしました:

「分別盛り!この運命の蓄積されたかたち!」

そう、彼女の作品群は彼女の人生そのものなのです。
非常に豊かな彫刻体験でした。
| 旅行記:美術 | 23:52 | comments(4) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
cruasanさん

マドリードのsaraです。パリにいらっしゃるんですね。いいですねー^^
私は今年は数年ぶりに日本のお正月で、三が日は家族でゆっくりと過ごしています。明日から活動開始です。といっても友人に会ったりとかですが^^
その友人の一人がフランスの専門家で、その友人がパリに住んでいたときにお邪魔したアパートの窓からポンピドゥセンターが見えたのが今でも懐かしいです。
今年のやりたいことのひとつがパリに行くことなんです。10年ほど前に習っていたフランス語もやり直しているところで、短期間でも語学コースに登録しようかと思案中です。今から楽しみー♪
それではこれからも楽しい記事を楽しみにしています。
今年もよろしくお願いいたします。
| sara | 2010/01/03 4:33 PM |
saraさん、コメントありがとうございます。
パリ最高でした。バルセロナの気候に慣れてしまった僕にはちょっと寒かったけど、さすが芸術の都パリというだけあって、美術作品など、これでもか!というくらい堪能させてもらいました。
フランス人ってフランス語しか話さないっていう噂は誇張かな?と思ったら、本当でした(笑)。だからフランス語はちょっとでも分かった方が絶対良いと思います。是非楽しんでください!
そして今年もブログの方など、ヨロシクお願いします。
| cruasan | 2010/01/05 2:42 AM |
今年もよろしくお願いします!
クローデルと中森明菜のスローモーションを結びつけるって、
日本人がものすごい日本通しかできない発想ですね!?

でも、パリ、私もゆっくりいきたいです。
1年に1度か2年に1度ぐらいはいってるんですが、
いつも時間切れ。ただ、冬は寒くて、夏は暑いので
公園や広場を歩くのが楽しい時期にいきたいかな。
それと、物価が高いのが難点ですが、暮らしてみたい街の1つです。
では、また!
| kyoko | 2010/01/05 4:34 AM |
Kyokoさん、あけましておめでとうございます!
いやー、中森明菜に言及してもらえただけで、今年は何か、一年良い事が起こりそうな気になります。
パリは本当に素敵な街でした。僕は今回で2回目だったのですが、10日程滞在したので、結構ゆったりと色々な所を見る事が出来て幸せでした。又何時か訪れたい、そんな気にさせてくれる街でした。
今年もヨロシクお願いします。
| cruasan | 2010/01/06 3:03 AM |
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