地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
<< 地域通貨:人と人の信頼を構築するシステム:タラゴナ市で実験が始まるらしいです | TOP | ちょっと気になる広告:エラスムス(ヨーロッパの大学間交換留学プログラム:The European Community Action Scheme for the Mobility of University Students : ERASMUS)の実態??? >>
もう一つの9月11日:カタルーニャの場合その2
昨日9月11日のトップニュースと言えば、やはり8年前に起きた世界同時多発テロの追悼式関連だったと思います。ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなど、アメリカに拠点を置く新聞は勿論、世界各地の主要新聞の一面を飾ったのは、雨が降りしきる中での、残された遺族達の姿と演説するオバマ大統領の姿だったはず。



ただ一つの地方新聞を除いては・・・そう、それが我らがLa Vanguardia!!!(なんか、今年の9月1日、衆院選翌日の一面トップに、朝日を初め各紙「民主党勝利!」みたいなのを持ってきているのに、読売スポーツだけ、「(ゴルフの)遼君、池ポチャ」みたいな、一人だけ違う世界色をバンバン出しているのにちょっと似てる(笑))



何故ならバルセロナを中心とするカタルーニャ地方では、この9月11日という日はものすごく特別な日で、何十年も前から自分達の社会・文化的方向性を決定付けた記念日として盛大に祝っているからなんですね。

約300年前のこの日、カタルーニャの地方特権を守る為、勇敢にもブルボン・フランスの大軍に立ち向かう少数のカタラン人達がいました。彼らこそRafael Casanovaを筆頭としたカタルーニャ連合軍の生き残りであり、彼らが戦っていた戦争こそ、当時敗戦色の強かったスペイン継承戦争だったのです。

時は1714年、ハプスブルグ家とカール大帝が・・・グー、グー、グー(グーグーガンモ)っと、こんな話してたら眠ちゃいますね(笑)。と言う訳で、もうちょっと突っ込んだ話が知りたい人はコチラ:地中海ブログ:もう一つの9月11日:カタルーニャの場合、地中海ブログ:ハプスブルグ家(Habsburg)のお膝元、ウィーン(Vienna)で過ごす2008年9月11日

まあ、結果としては、カタルーニャはこの戦争に負けて、今までこの地方だけに許されていた諸特権(自治権だとかカタルーニャ語の使用だとか)が前面的に禁止されて、スペインの一地方へと下る、云わば暗黒時代が始まる訳なのですが、近年の研究によると、この戦争に負けたおかげで、カタラン人が政治的な権力を掌握する道が塞がれ「成功したいんだったら商業だ!」という事で、皆がそちらへと舵を切った事によって、18,19世紀に開花する経済的繁栄の基礎を作る事になったそうです。

そしてこの戦争において、自らの命を賭して、この地方を守り抜こうとした彼らの思いに敬意を評し、この日は祝日とされ、朝から街を挙げての盛大なお祭りが延々と続くのがカタルーニャの9月11日なのです。下の写真は街中にあるRafael Casanovaの像に政治家達が次々と花束を献上している場面:



さて、ナショナリズムで固められたこの式典には、毎年海外アーティストなどが招かれ式典を盛り上げているのですが、その招待客を巡って今年はちょっとしたトラブルが勃発していました。今年招待されたのは、イスラエル出身の歌手、NOA。ヨーロッパでは超メジャーなNOAなのですが、何が問題だったかと言うと、彼女がイスラエル出身であり、彼女が意図する、意図せざるに関わらず、パレスチナとの関係に結び付けられてしまった事だったんですね。

この問題に敏感に反応し、論争を立ち上げたのが、カタルーニャ独立派であるICV。彼等の言い分はこんな感じ:

「元々自分達の土地だったパレスチナに土足で上がりこんできたのがイスラエル。この状況は、我らが母なる大地、カタルーニャに後から土足で上がりこんできたマドリッド(スペイン)にそっくりだ。(つまり、カタルーニャ=パレスチナ、マドリッド=イスラエル)。そんなイスラエルを代表しているNOAは、云わばマドリッドを代表しているようなもの。そんな彼女に歌わせると言う事は、我々の神聖な祭典を汚す事に他ならない。コレはカタルーニャに対する侮辱だ!」

みたいな。

それに対するNOAのインタビューが昨日の新聞(La Vanguardia, 11 de Septiembre, 2009, p10)に載っていました。要約するとこんな感じ:

「イスラエルの中にも過激派とか穏健派とか色んな派閥の人がいる。私は暴力を許さない穏健な中立派。許せないのは、一部の過激なカタルーニャ独立派が事実を捻じ曲げて、私の事を利用している事よ!」

みたいな。

僕はイスラエルやパレスチナの詳しい状況を良く知らないので、詳細且つ正確な社会状況の分析をする能力は無い&NOAが言っている正統性の是非も分からないのですが、「カタルーニャ独立派が彼女の立場を利用している」というのは当たってるでしょうね。今日の新聞によると、彼女が歌ってる最中にも、ICVによるかなり激しい抗議があったそうです。



確か数年前にも、祭典に招かれた歌手がフラメンコ調の曲をカスティーリャ語で歌って、大ブーイングが起こった事がありました。つまり、この件に関しては毎年何かが起こるというのが慣例になっているような気がします。ナショナリズムの問題なのでしょうがないとは思うのですが・・・。つまり問題は、宗教と一緒で、どれが間違っていてどれがあっているか?という事では無いと言う事です。みんな正しいんです。みんな間違っていないという事が問題を生んでいるんですね。

まあ、それはしょうがないなんだけど、招待する歌手なんかは、もうちょっと人選考えた方が良いんじゃないのでしょうかね?過去に何度も衝突があるんだから。例えば絶対にケチが付けられないような、そんなシガラミとは全く関係無い所から呼ぶとか、例えば、松田聖子とか(笑)。

9月11日のカタラン人達のど真ん中で、いきなり松田聖子が青いサンゴ礁とか歌ったら、かなり笑えますよね。



全く関係ないでしょ?



多分コレは駄目ね。マッチの「アンダルシアに憧れて」。カタルーニャに憧れろ!とか、カタラン人怒りそうだしね。



飛んでイスタンブール?カタルーニャに飛んで来い!みたいな(笑)。
じゃあ、まあ、今日はこの辺で。
| バルセロナ歴史 | 22:48 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
コメントする