地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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イザベル・コイシェ(Isabel Coixet)監督作品、Mapa de los sonidos de Tokio (Map of the sounds of Tokyo)を見てきました
先日のエントリに書いたように、先週末、我が子のようにかわいいグラシアに映画を見に行ってきました。今回のお目当ては、今年の5月頃に日本でも少し話題になった映画、Mapa de los sonidos de Tokio。この映画が何故話題になったかというと、バルセロナで頭角を現してきている映画監督、イザベル・コイシェ(Isabel Coixet)が今話題の日本人女優、菊池凛子さんを主演にして、東京を舞台に撮られたという事で、カンヌ映画祭の大賞候補にノミネートされたからなんですね。(地中海ブログ:カンヌ国際映画祭:イザベル(Isabel Coixet)監督のMapa de los sonidos de Tokioに見る日本とスペインの見解の違い)。

新聞記事や前評判、そして予告編などを見ていて、はっきり言って全く期待していなかったのですが、やっぱりあまり面白くありませんでした(笑)。それでも、まあ、一応、カタラン人が日本をどういう風に見るのかなー?とか、その辺は興味があったのですが・・・・。

当ブログで評する映画は基本的に僕が見て面白かったものに限っているのですが、今回は今年度初の映画、そしてカタラン人が日本を舞台に撮ったという事もあり、例外的にちょっとだけ、感想を書いてみようと思います。そして何時もの様に:

警告
ネタバレになる危険があるので、未だこの映画を見ていない人はココで読むのをストップしましょう。




僕が思うに、映画にとって非常に重要な要素というのは、「その映画が一体何を語りたいのか?」というテーマと、そのテーマを描き出す形式や構造です。これらがガチっと噛み合った時、本当に良い映画が生まれると思うのですが、この映画(Mapa de los sonidos de Tokio )に関して言えば、そのバランスがものすごく悪い。余りにも後者(東京というイメージを描き出す事)に比重が置かれすぎているが故に、うまい事、テーマが発展していないように思えるんですね。つまり、日本というイメージを打ち出したいが為に、無理矢理ストーリーを作ったと見えちゃう所が問題だと思います。まあ、それならそれでも良いんですが、それなら他のやり方があっただろうし、何よりも、イザベル・コイシェ監督が前作、「あなたになら言える秘密の事(The Secret Life of Words)」で見せたような、巧みな構成には到底至っていないように思われます。

と、ココまで一般的な感想を述べた上で本題に入りたいと思うのですが、この映画のテーマはずばり「人は罪を背負いながら如何に生きていくのか?」でしょうね。

「ふーん」というくらいのテーマなんですが、まあ、そのテーマをどう料理し、面白い映画に仕上げて行く事が出来るかどうか?は、どのような形式や構造を選択し、テーマと絡めていけるかどうか?次第。そして、この映画が採用している構造はというと、ずばり、推理小説の枠組み&神の視点からのカメラアングルの導入という、ハイブリッド構成です。

このようなテーマと形式の下、この映画は、その構成上大きく2つの部分に分ける事が出来ると思います。前半は菊池凛子演ずるRyuの紹介で、後半は謎解きの部分。そしてこの前半部分に対応するのが、推理小説風の展開であり、後半部分に対応するのが、神の視点からのカメラアングルと言う訳です。

さて、前半部分で非常に重要な役割を担っているのが、Ryuにピッタリと張り付いて、意味ありげに彼女の声を録音している老人です。彼は言います、「私はRyuについて何も知らなかった。何をしているのか?何処に住んでいるのか?兄弟は居るのか?何を考えているのか?・・・知っている事と言えば、時々彼女が話してくれる事だけだった。」

映画の前半部分は、この老人をナレーターとして進んでいくのですが、鑑賞者である僕達には、物語の情報が彼を通して断片的にしか与えられません。このように、ミステリアスな部分を故意に作り出し、鑑賞者の関心を惹こうとしている意図がよく伺えます。

さて、ココで少し、この老人がこの映画に登場する意味を考えたいと思います。

彼はRyuとコミュニケーションを取ろうと、必死に彼女に語りかけたり、彼女の声を録音したりと、沈黙を守っている彼女とはまるで逆の存在として登場しています。そう、つまりこの老人は人間が普通に持っている「陽や明」の表象であり、「沈黙や暗」を表象しているRyuとコインの裏表のような関係を作っているんですね。(このような沈黙の象徴であるRyuを補完する人間は、映画の後半にもう一人登場します。それがRyuが惹かれるスペイン人、Davidです。)

さて、このようなミステリアスに包まれた状況が急変するのが、映画の中盤です。ココで、老人とは別のアングルから語りかけるナレーターが急に登場します。このナレーターは神の視点からのナレーターなので、物語を全て分かっている視点で我々に語りかけてきます。

このように、先ずは構造として、この映画には2つの別々のカメラアングルが設定されているのですが、はっきり言って、何故このような構成を採用したのか、悩む所ですね。前半部分で謎に包まれていた部分が、後半部分では、あっさりと明らかにされてしまいますし、このような構造が効果的に使われているとは到底思えません。正にこんな声が聞こえてきそうです:



どおしてー、どうおしてー、みたいな。

さて、次に登場人物達なのですが、この物語の中で重要なのは、やはりRyuとDavidでしょうね。この2人には、ある共通点があります。それは2人とも罪の意識を背負っていると言う所です。Ryuは暗殺者として、今まで殺してしまった人々に対して罪の意識を感じ、Davidは元妻を自殺に追い込んでしまった罪の意識を感じています。

興味深いのは彼らのコミュニケーションの取り方です。上述の老人と同じく、「陽や明」の部分を表象するDavidはRyuとコミュニケーションを取ろうとしますが、沈黙を守るRyuとの間に、本質的なコミュニケーションが生まれる事はありません。唯一、彼らがコミュニケーションを取れる方法、それがセックスだったと言う訳です。何故なら、セックスをする事で、その間だけは、2人とも各々の罪の意識から遠ざかる事が出来たからです。

このセックスシーンがものすごいのですが、そこだけを見ていたらいけませんね(笑)。このセックスシーンが映画の構造上、どういう意味を持っているのか?それを考えなきゃね。そんな事を忘れさせる程、激しいシーンだと言うのも一理あるのですが(笑)。

さて、間違えてはいけないのは、Davidは元妻の事を忘れたかった訳ではなくて、彼の中にある罪の意識を「昔の良い思い出に浸る事で忘れる事が出来た」という事ですね。そして、彼らがセックスをする場所が問題なのですが、それが電車内を模したラブホテル。コレはどういう意味があるかというと、全てがフェイクの空間と言う事でしょうね。

暗く寂しげなRyuの部屋では無く、明るくワインなどがある楽しげなDavidの空間でもない、全てがフェイクの空間。そんな空間だからこそ、2人とも、ある一定の時間だけ全ての罪を忘れる事が出来たのでしょう。

最後にもう一つ重要だと思われる事に、この映画が5感に基ついて創られていると言う事があります。五感とそれに対応するモノ達は、こんな感じ:

嗅覚・・・・・築地市場の魚の匂いと、女性の体に付いていたレモンの匂い
ワインなど。
触覚・・・・・セックス
味覚・・・・・ラーメン
視覚・・・・・東京の夜景。
聴覚・・・・・バックに何時流れている音楽など

どうやらこの映画は東京という都市が、「五感に満ち満ちていて、感覚をこの上無く刺激される都市だ!」とさも言いたげなのですが、それはセンチメンタルなオリエンタリズムとしか言い様がありません。だって、どんな都市にだって、それらは満ち溢れているのだから。そして、この映画の題名にもなっている「ノイズの地図」なのですが、逆説的に、Ryu達にとって、最も大切な音は、実は「沈黙」だったというオチがチラチラ見え隠れしています。

うーん、今ひとつ!やはり、この映画の大きなミスは、東京というイメージに引きずられ過ぎて、それを前面に押し出すあまり、上手くテーマを発展出来なかったという所でしょうね。

一つだけ救いがあるとすれば、それは主演の菊池凛子さんがとても魅力的に撮られていたという事でしょうか。

カタラン人のイザベルさんねー、あなた、ちゃんと力があるんだから、今度は「クール」とか、「日本」とか、そういう表面的なモノで誤魔化さないような、背筋がピシッとなるようなの、創ってくださいよ、期待していますから。
| 映画批評 | 22:56 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
夏休み、満喫されましたか?
今年のバルセロナの夏は湿度が高くてぐったりでした。
ところで、この映画、ほんとお金払ってみたなかの
ワースト5に入りました。(うちのカタラン人はワースト1
といってますが)ほんとに志は高いんでしょうけれど、
同時にねらいすぎていやらしく、東京のサウンドも
もう少しね・・・。楽曲センスはいい人なのに。
あと、今日の新聞によると、ポスターデザインのコピー疑惑と
訴訟事件っていうのもいたいかも。いろんな意味で残念でした。
| kyoko | 2009/09/12 8:46 PM |
Kyokoさん、コメントありがとうございます。
夏休みは大満足、味噌カツ食べまくりました。
この映画はちょっとイマイチでしたよね。
ただ、菊池凛子っていう女優さんの魅力はすごかったと思います。
そこが救いかな。
| cruasan | 2009/09/12 10:58 PM |
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