地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
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ドメネク・イ・ムンタネール(Lluis Domenech I Montaner)によるサン・パウ病院(Hospital de la Sant Pau)の横に新しい病院棟完成
今週末はバルセロナの由緒ある病院、Hospital de la San Pau(サン・パウ病院)の新しい病棟が完成したという事で、そのお披露目会に行ってきました。サン・パウ病院と言えば、カタルーニャ音楽堂で有名なドメネク・イ・ムンタネールの傑作であり、世界遺産にも登録されているバルセロナが誇るお宝中のお宝(カタルーニャ音楽堂についてはコチラ:地中海ブログ:リュイス・ドメネク・イ・ムンタネール(Lluis Domenech I Montaner)の傑作、カタルーニャ音楽堂:コーディネーターとしての建築家の役割を再確認させてくれる名建築)。400メートル×400メートルというセルダブロックを9つも使った敷地に病院棟を独立分散させ、その間に緑を十分に配すという当時としては画期的な衛生環境を病院計画に取り入れた、ヨーロッパでも有数の規模を誇った病院です(サンパウ病院の内部写真などはコチラ:地中海ブログ:リュイス・ドメネク・イ・ムンタネール(Lluis Domenech i Montaner)によるモデルニスモ建築の傑作、サンパウ病院(Hospital de la San Pau):病院へ行こう!どんな病気も直ぐに治るような気にさせてくれるくらい雰囲気の良い病院)。当時この病院を訪れたPablo Gilが、こんな絶賛の言葉を残している程です:

“「‥‥」(新しい)病院は都市内であろうと、郊外であろうと、最高の衛生環境が整っている場所に立地する事になる。
先ずは大きな階段、中庭、患者の為のギャラリーや研究所、そして礼拝堂などを創らなければならない。そしてそれらはパリの病院が見事に成し遂げたように、全て同じようにするのだ。「‥‥」
パリ、9月17日、1892年、パブロ・ジル

“[…] El sitio y el lugar donde se establecera el hospital sera el que reuna mejores condiciones de salubridad, ya sea en el interior, como fuera de la ciudad.
Se procedera ante todo, a que las grandes escaleras, patios, galerias para los convelecientes, laboratorio, capilla, etc., sea todo conforme con las mejoras que tengan hechas los hospitals de Paris[…].
Paris, diecisiete de septiembre de mil ochocientos noventa y dos. Firmado, Pablo Gil.”


元々このサン・パウ病院はバルセロナの歴史的中心地区(Ciutat Vella)に1401年にSant Creu I Sant Pau病院として、6つの病院を統合する事で生まれたのですが、そこが手狭になった為に1902年に現在の場所に引っ越す事になったそうです。(完成は1930年)。



ちなみに歴史的中心地区に残っているこの建物は、現在はカタルーニャ図書館(Biblioteca de Catalunya)として使われています。これ又見事に改修され、一見の価値ありの図書館に生まれ変わりました。その後、場所を移されたドメネクによるサン・パウ病院が1997年にUNESCOの世界遺産に登録されたのは、日本でも良く知られている所ですね。



この病院の凄い所は、その芸術的な価値だけに留まらず、未だに使い続けられているという所です。ヨーロッパの人達って言うのは、こういう歴史的な遺産を繰り返し繰り返し修復しながらも、自分達の記憶として留めていこうというはっきりとした意思が見られます。ちなみに昨日行ったら正面ファサードの左側が修復中という事でシートが掛けられていました:



さて、このように何度も修復を重ねてきたサン・パウ病院なのですが、近年の都市における人口増加と現代医療技術がもたらした多機能化が、20世紀初頭に建てられたモデルニスモ様式のこの病院に物理的に拡張を求める事となりました。その結果、今の病院の裏手側に新たなる病院棟が計画されるに至ったという訳です。

この病院拡張計画はバルセロナが長い間暖めてきた大計画であり、計画から完成まで9年を費やしたという事もあって、金曜日のお披露目会には現バルセロナ市長を始め、現カタルーニャ州政府大統領から、Jordi Pujol、Pasqual Maragallといった大物政治家まで、沢山の人達が駆けつけた模様。そんな中に混って僕も大変楽しみにして行って来たのですが‥‥‥これが非常にガッカリ!!!!

先ずはこの建築の正面ファサードから:



はっきり言って全く噛み合っていない形の寄せ集めとしか言いようが無い、この建築の顔。



このファサードで一体何が言いたいんやら‥‥‥。



中へ一歩入ると、それなりにキレイな空間が広がっているのですが、何も心に訴えかけてこない。



ガラス張りの直方体を挿入して「自然光を!」っていうのは分かるけど、意味が無い。



そしてこの建築最大の見せ場であろう、この3層吹き抜けの空間にしたって、やりたい事は分からなくも無いけど、全く消化出来て無い感じですね。「彫刻的な大階段で勝負」というのはいいけど、それだったら、この真っ白な大階段が生きる様な素材の選び方、色の使い方、そして光の取り入れ方など、もうちょっと考えた方が良いのでは?と思います。

そして何よりも僕が疑問に思ったのが、この建築の平面計画です。





L字型に角を取るというのは、まあ、良いとして、その間から伸びた3本の指の様な病院棟の配置が全く不明。今時、学生でもこんな酷いプランはやらないんじゃないのかな?こういう時って、ドメネクの病院との関係性からプランを考えるというのが定石であると思うんだけど、それが全く見られない。つまり、この建物は全く独立してこの地に建っているんですね。

建物棟を幾つか独立させておいて、「その間の関係性で勝負」というのもあるけど、それならその片鱗が見えなきゃオカシイ。だけどこの建物には全くそれらしき意識が見られない。ちなみに、この路線の良い例はデイヴィド・チッパーフィールドの裁判都市ですね(詳しくはコチラ:地中海ブログ: デイヴィッド・チッパーフィールド(David Chipperfield)の建築:裁判都市(La Ciutat de la Justicia):建築間の対話による都市風景の創出、地中海ブログ:デイヴィッド・チッパーフィールド(David Chipperfield)の建築 :裁判都市(La Ciutat de la Justicia)その2:彫刻的階段による天井のデザイン)。これは見事だった。

うーん、まあ、良い建築を知る為には悪い建築も知らなくてはならないと思えば、半日費やした僕の時間も無駄では無かったかなと思えるのですが‥‥もしこの建物がそれ相応の建築家に任せていたならば、一世紀を超えた建築間の対話が実現されたはずで、バルセロナ市にとっても新しい観光名所になったはず。そう考えると、一市民としては何とも勿体ないし、悲しいですね。
| 建築 | 21:33 | comments(3) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
3本の指・・・けっこう大胆ですね〜!
ドメネクのと比べられのは厳しいにしても、
よくこれで病院側もOKだしたというか。
緑地を広くとりたかったのかな?
病院というよりなんとなく、一昔前の大学の寮のような。
(スターリングあたりの)
誰が設計したかご存知ですか?
地元の大御所なんでしょうね。
| Kyoko | 2009/07/08 6:28 PM |
kyokoさん、こんにちは。
当日貰ったパンフレットによると、設計を担当したのはBonell, Barbera, Canosa, Gil y Riosという建築家集団だそうです。全く耳にしない建築家です。大御所?なのかなー???
| cruasan | 2009/07/09 6:05 AM |
さっそくにありがとうございます。
大御所の関係者(よく甥っ子とかいますよね?)
なんでしょうか・・・。アルツハイマーセンターなどは
すごい先端らしいですけど、残念ですね。
| Kyoko | 2009/07/09 3:01 PM |
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