地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
<< バルセロナの食べ歩き方:ハンバーガーが奇跡的に美味しいレストラン2回目:La BURG: Hamburgueseria | TOP | 小塙芳秀さんと藤井香さんによる日本現代建築展覧会inリスボン(Lisbon):(IN)VISIBLE PROCESS >>
リュイス・ドメネク・イ・ムンタネール(Lluis Domenech i Montaner)の傑作、カタルーニャ音楽堂
先週の日曜日の事なのですが、リュイス・ドメネク・イ・ムンタネール(Lluis Domenech I Montaner)の最高傑作であり、世界遺産にも登録されているカタルーニャ音楽堂(Palau de la Musica Catalana)が無料開放されていました。どうやら音楽記念日に因んだものらしいのですが、詳細は不明(笑)。重要なのは、こういう日は高い入場料を払わないで良い事と、(驚くべき事に)普段は禁止されている写真撮影がOKな事ですね。コレは嬉しい!!!

さて、リュイス・ドメネク・イ・ムンタネールと言えば、無く子も黙るモデルニスモの巨匠なのですが、ガウディやその弟子、ジュジョール(Josep Maria Jujol)に比べたら、日本ではまだまだ知る人ぞ知るという存在かと思われます。彼はカタルーニャのあちこちに重要な作品を残していて、特にサン・パウ病院(Hospital de Sant Pau)なんて、ものすごい傑作だと思うんですけどね(地中海ブログ:リュイス・ドメネク・イ・ムンタネール(Lluis Domenech i Montaner)によるモデルニスモ建築の傑作、サンパウ病院(Hospital de la San Pau):病院へ行こう!どんな病気も直ぐに治るような気にさせてくれるくらい雰囲気の良い病院)。



モデルニスモ(Modernismo)って、同時期にヨーロッパで沸き起こっていた大潮流、アール・ヌーヴォーの一変種だと言われる事が多いのですが、二つの間に横たわる大変に大きな違いの一つが、それらの建築が置かれていた当時の社会状況と、ひいては建築が不可避的に表わしてしまうそれらの表象だと思います。

アール・ヌーヴォーの様な世紀末芸術には概して退廃的な表現が多いのですが、カタルーニャで起こったモデルニスモにはそんなかけらは微塵も見られません。何故ならモデルニスモの建築家達が活躍したのは、カタルーニャがゴールドラッシュの時だったからです。1854年にバルセロナ市の成長を妨げていた市壁が壊され、1859年にはセルダの新市街地拡張計画が実行されました。1888年には万国博が開催され、今正にバルセロナがヨーロッパ都市の仲間入りを果たそうとしていた時期だったんですね。

ガウディやドメネク、もしくはプッチ・イ・カダファルク等、モデルニズモの建築家達が活躍出来た背景には、実はこんな社会・経済的背景がありました(地中海ブログ:国際博物館の日(International Museum Day):世界屈指のロマネスク美術コレクションが凄いカタルーニャ州美術館(MNAC))。そしてそれらの社会文化を見事に表していたのが、モデルニズモ建築だという訳です。モデルニズモ建築には、当時の「喜び」が溢れているんですね。だから僕はモデルニズモ建築を見ると、何時も建築の原点を思い出します。建築とは「悲しみ」よりは「喜び」を、「個人的な感情」よりは「集団の感情」を表象するのに最も適した芸術形式だという事を。

さて、そんな「歓喜」に満ち溢れている建築がカタルーニャ音楽堂です。



大通りから一本入った所にある音楽堂は、どちらかというとひっそりと佇んでいます。今日は無料開放日とあって、普段は観光客で溢れているこの辺りも、今日だけはあちらこちらからカタラン語が聞こえてきます。それにしてもすごい人だ!



多分、一般的なアプローチは大通り側(Via Laietana)からになると思うのですが、外観一番の見所は反対側のコーナーに位置しているミケル・ブライ(Miquel Blay)の彫刻です。

建物が小さな通りに面している為、どう考えても大胆なパースペクティブを得る事が出来ません。だからこの建築の外観における勝負所をコーナーに持ってくる事によって、一番パースペクティブが得られる所から、この建築の「顔」を撮ってくれと、そう言っているんですね。この辺りはさすがに巧いな!と思いますね。

そんな事を思いながら、イヨイヨ中へと入っていきます。で、最初に導かれるのがこの玄関ホール。



比較的こじんまりとした玄関ホールからは、ステンドグラスに飾られたガラスのスクリーンを通してあちら側にカフェが、左右には2階へと通じる大階段が見られます。



この音楽堂は2000人収容可能であり、それを考えるとこのホールはちょっと小さいように感じます。どう考えても、この小さなホールで2000人を捌き切れるとは到底思えない。



ここが結構面白い所なのですが、実はドメネクはコンサート前、人々が談話などをする場を街路(パブリックスペース)に設定していたのでは無いのでしょうか?

一年を通して大変に気候が良い地中海。天気予報のお姉さんが「今日も晴れ、明日も晴れ、ずーっと晴れ」とか言っている国において、公共空間が自分の家の居間と連続してて、相補的な関係にある事は当ブログでくどい程書いてきた通りです(地中海ブログ:バルセロナ公共空間と歩行者空間計画)。つまり、比較的コンパクトな都市形態を保ってきた地中海都市において、自分の家の居間は小さいけれど、目の前にある広場は大きいし、屋外は何時でも気持ちが良いから、「ま、いっか」というやつですね。(そしてそれが人々が都市の改造に対して意識的になる理由でもあります。自分の庭(公共空間)が改造される訳ですから)

夕暮れ時、着飾った人々が街路で談笑しながらコンサートが始まるのを今か今かと待っている姿は、ドメネクの素晴らしい建築装飾により一層の華やかさを添えるのでは無いでしょうか。そしてそんな「人が主役」の地中海都市においては、建築や公共空間のデザインが、人々の創り出すドラマを際立たせる背景としてより一層重要になってくるのは、言うまでも無い事です。

そんな事をドメネクが本当に考えていたのかどうか?というのは実はあまり重要ではありません。僕がこの建築を「そういう風に理解した」という事が重要なのです。

僕達の社会は多様です。多様な人が集まって、多様な社会を築いているからこそ、世界は面白いんですね。だから、一つの事象に対して「こう思わなければならない」という事は絶対にありません。百人の人がいたら百通りの解釈があって当然なのが僕等の社会です。そのような意見の多様性が地域の豊かさを創り出して来た事を歴史的に知っているからこそ、ヨーロッパは事ある毎に「多様性」を強調するのです。

さて、そんな事を思いながらもテクテクと階段を昇って行きます。そしてこの建築の最大の見所である、大ホールに入って行く訳なのですが、その最初の風景がコチラ:



むむむ・・・天井が非常に低く抑えられた地点から、あちら側に何やらクライマックス的空間っぽい(舞台)のがチラチラ見えます。そしてココから直に直進して舞台に向かうのでは無く、敢えて右手側に体の向きを変えられ、一旦舞台からは視線を外されます(基本的な大枠は槙さんのスパイラルと同じですね)。



両サイドに展開する廊下も天井が低く抑えられています。ココでは目の前に展開する素晴らしいステンドグラスを楽しむ事が出来ます。そしてこの距離感(今はステンドグラスが手に触れる程近い)が結構重要。(リーグルっぽい扱いか!(地中海ブログ:ミラノ旅行その5:パヴィア修道院(Certosa di Pavia)その2:アロイス・リーグル(Alois Riegl)に見る視覚・触覚と距離の問題



更に向こう側を見ると、この音楽堂が自然光で溢れている事を確認させてくれますね。3層に重なったその断面を見ていると、いやがおうにも大空間への期待が膨らみます。そして長い廊下の突き当たりを更に左手に90度折れると目に飛び込んでくるのが、この風景:



あちらからチラチラ見えた舞台です。彫刻やモザイクの素晴らしいアンサンブル。そしてこの建築に流れる物語はココで終わりかと思いきや、振り返り様に見えるのがコノ風景:



天井から素晴らしいステンドグラスが釣り下がっている、圧巻の大ホール。





このステンドグラスはちょっとやそっとの代物じゃ無い、滅多にお目にかかれない程の質を備えています。そしてコノ天井:



カタルーニャのお家芸、出ました、カタランボールト!

ココがこの空間のクライマックス的空間だったと、この時気が付かされます。入り口を入った所では、「あー、クライマックスは舞台か」と思わせておいて、実は真のクライマックスは、この3層吹き抜け+ステンドグラス空間だっという訳ですね。2段構えとは恐れ入りました。



さて、この建築に流れる空間構成物語はこれくらいにして彫刻郡に話を移したいと思います。というのも、今回舞台を飾っている彫刻+モザイク群を初めて真近で見たのですが、これが非常に素晴らしかった。



18人もの乙女たちが、「これでもか!」というくらい楽しげに演奏をしている姿は、上述した様にモデルニズモ建築の特質をよーく表わしています。





上半身が彫刻で、下半身はモザイクになっている2.5次元の表現。



多分、コレが全て彫刻だったら非常に重く、逆に全てモザイクだったら、ダイナミックさに欠けていた事でしょうね。それらが混ぜ合わさる事によって、不思議な雰囲気を醸し出しています。



ココには沢山の違う職種の職人達の技が結集して、この素晴らしい風景を創り上げていると思うのですが、これこそカタルーニャで花開いたモデルニズモのもう一つの特徴です。陶器やタイル、ステンドグラスや鉄、木工など、全てが一丸となって、この時期の「歓喜」を視覚化していく。カタルーニャという国が勃興している、正にその勢いや都市に満ち溢れていた雰囲気、そして市民が無意識下に感じていながらも、ナカナカ形に出来なかった集団意識を、正に一撃の下に表わしてくれた、それがこのカタルーニャ音楽堂だった訳です。その時、建築家というのは正にコーディネーターとしての役割を担っていたんですね。

様々な職種を理解し、その垣根を飛び越えてそれぞれの分野を繋ぎ合わせたり、別々の物を組み合わせたりして新しいものを創り出したりする。そういう能力こそ建築家が最も得意とする能力であり、建築家にしか出来ない仕事なんですね。

モデルニズモの時代から100年経った今、社会の中における建築家の職能は変化を求められています。僕自身、建築家として新たなる領域に挑戦する日々が続いているのですが、カタルーニャ音楽堂のような素晴らしい建築と、それを実現させたドメネクの職能に思いを馳せていたら、何かとっても元気を貰った様な気になりました。
| 建築 | 23:32 | comments(4) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
コメント
2009年1月11日のベルニーニやその他の記事を読んで、感動しました。
いろいろなものごとから受けた印象を咀嚼して建築のあり方へつなげる意識というのでしょうか、そういう記事の内容や写真や、おいしそうなお料理の写真を拝見させていただいたのですが、とてもわくわくしました。
今は高校生ですが私も将来は建築や空間のデザインを仕事にしたいと思っています。海外の様々な建築物も実際に見てみたいと思っているので、とても勉強になります。
建築家のお仕事はハードだと聞きました、お体に気をつけて頑張ってください。
失礼しました。
| 初めまして。 | 2009/06/28 9:46 PM |
「初めまして」さん、初めまして(笑)。
僕のブログを楽しんでもらえた様で、とっても嬉しいです。
そうですか、将来は建築家になられたいのですか。

建築家って、大量生産・大量消費が当たり前の時代にあって、「これは僕が(私が)デザインしたビルなんだ、家なんだ!」と、胸を張って言える職業なんですね。

そして何よりも夢があります。良く我々の時代は希望が無い時代だと言われますが、僕の周りにいる人達は何時も目をキラキラと輝かせています。僕は今、自分の生涯の職業として「建築」を選んだ事を心から誇りに思っています。

まだまだ、先は長いとは思いますが、勉強などがんばってください。そしてこれからも宜しくお願いします。
| cruasan | 2009/06/29 5:57 AM |
カタルーニャ音楽堂の天井から吊りさがったステンドグラスは
いつ見ても感動しますよね!
昨年の2月に研修旅行でバルセロナへ行ったとき、
先生や学生も含めてみんな美しさに感動してました。

モデルニスモ建築が流行していた時代のバルセロナは、
「ラナシェンサ」が行われた時代、
つまり自分達の輝かしい中世の栄光を取り戻そうと盛んに文化・芸術の復興運動が行われた時代で、
一番生き生きとしていた時代ではないかなと、僕はいつも思います。
そのような社会背景が、建築の装飾に繁栄されているんだなぁと。

ガウディと比較されるドメネクは、
特にカタルーニャの伝統構法を用いながら新しい時代の建築を創っていくところが、巧みですよね!
政治家でもあった彼は、カタラン人の誇りを胸に、カタルーニャの表象を建築に表現していたのかなと思います。

長々とすみません。
| travelman-archi | 2009/06/29 12:53 PM |
travelman-archiさん、こんにちは。お久しぶりです。
あのステンドグラスはちょっとすごいですよね。ナカナカ無い代物だと思います。やっぱり建築って、何かしら都市や社会が上り坂の時に創られた物の方が圧倒的に魅力的ですよね。そういう意味で、僕はバルセロナに来て良かったなと思います。ラッキーでした!
| cruasan | 2009/06/30 1:42 AM |
コメントする