地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
アントニ・ガウディの建築:コロニア・グエル(Colonia Güell)の形態と逆さ吊り構造模型

先週末、バルセロナから電車で約15分のところにあるガウディの傑作中の傑作、コロニア・グエル教会に行ってきました。

ガウディ建築に関しては、バルセロナの「街としての質」を決定付けていることなどから、当ブログでは頻繁に取り上げてきました(地中海ブログ:まるで森林の中に居るかの様な建築:サグラダファミリアの内部空間、地中海ブログ:ガウディ設計の世界遺産グエル館(Palau Guell)その1:この建築の地下に眠っている素晴らしい空間は馬の為のものだった!、地中海ブログ:オープンハウスその4:ガウディのパラボラ空間が堪能出来る、サンタ・テレサ学院(Collegi de les Teresianes))。その中でも、コロニア・グエルに関しては、行き方やその建築の特徴を含め、特筆する形で書いてきたんですね(地中海ブログ:アントニ・ガウディ(Antoni Gaudi)の建築:コロニア・グエル(Colonia Guell)その1:行き方)。

「コロニア・グエル駅」に着いたら、そのまま駅を出て電車の進行方向とは反対側へ歩くこと5分、旧紡績工場群が姿を現してきました:

古い工場や建物を壊すのではなく、改修して蘇らせることによって地域活性化に貢献させるべく、新しく蘇った建物の中にはベンチャー企業やクリエイティブ産業などが多く入り、この廃れた街に活気を与えているのが見て取れます(地中海ブログ:パン屋さんのパン窯は何故残っているのか?という問題は、もしかしたらバルセロナの旧工場跡地再生計画を通した都市再活性化と通ずる所があるのかも、とか思ったりして)。

当時の趣を色濃く残す町中には、ガウディ建築を目指して集まってきた観光客がチラホラ見えます:

町の中心近くにある観光案内所を訪れ、教会堂へのチケットを購入します。この観光案内所では、この町の歴史に関する情報や、近郊の町の情報、更には観光ルートなどを教えてもらうことが出来ます。そんな観光案内所を出て歩くこと約3分、林の中にひっそりと佇んでいる教会が姿を現します:

その佇まいは本当にさりげなく、まるで周りの雰囲気と一体化しているかのようなんですね。そしてコチラが現在の正面ファサードです。

何とも不思議な造形です。2002年に完成した改修によって現在はこの方向からのアプローチとなっているのですが、それ以前は大階段があった下記の方向からのアプローチとなっていました:

しかしですね、造形的には現在の方向から見たファサードの方が圧倒的にカッコイイかなー、と個人的には思います:

向かって右側にある作りかけの階段が途中で折れて捩じれている事によって、大変不思議な上昇感を創り出しているんですね。右端の一番低い部分から始まった「線」が斜めに駆け上り、左側の不思議な形の窓が付いた壁がしっかりとその「線」を受け止めているのが見て取れます:

よく知られているように、この建築は工事半ばでガウディが手を引いてしまった為、「永遠の未完の作品」となってしまいました。だから地下の未完成部分だけを指して「ガウディの造詣能力」を賞賛するのはちょっと違う気がしないでもないけど、そうせずにはいられないほど魅力的な造詣である事も又確かなんですね。

さて、このコロニア・グエルで僕が、ずーーーーーっと心に引っ掛っている事があります。

伝説ではガウディは、コロニア・グエルの建築形態や内部空間を「逆さ吊り実験模型で自動的に決定した」となっていたと思います。 ←ちょっと違うかもしれないけど、多分こんな感じ。

明らかなのは「逆さ吊り模型」の視覚的なインパクトの強さと、ガウディの自然信仰と合致する分かり易い物語(柱や壁に相当する位置に実際の荷重を模した袋を吊り下げると重力がアーチを作ってくれる)が相俟って「形態の自動決定神話」を生み出したんだと思います。

この伝説に従うと、この建物は「全体」でバランスを取っているということになります。逆に言うと、建物バランスは一部分だけでは成り立たない訳ですよ。何が言いたいかというと、、、地下部分しか完成しなかったコロニア・グエルは何故崩れないんでしょうか?←だって、構造計算には完成予定だった上階の加重とか応力とかも考慮されているんですよね?

それが完成しなかったという事は、その部分が無くなるわけだから、当然全体の構造に響いてくると考えるのが普通なんじゃないでしょうか?この点がずーーーと、僕の心に引っ掛っていたんですね。

「なんでだろうなー?」とか思いつつ家に帰って鳥居徳敏さんの傑作、「ガウディ建築のルーツ:造形の源泉からガウディによる多変換後の最終造形まで」をパラパラとめくっていたら、大変明快な答えが書かれていました。

鳥居さんはこの著作の中で「構造合理主義」と「構造表現主義」という概念を用いてガウディの建築における「構造表現主義の重要性」を説かれています。両者の違いは何かというと:

「構造が形態を要求する」が構造合理主義の理念とするならば、構造表現主義のそれは「形態が構造を要求する」といえるであろう。・・・構造が形態を要請し、力学から自動的に形が生まれると考えるのが構造合理主義の理念とすれば、構造表現主義は最初に形が存在するのであり、その形は作者が想像した形態であり、作者の想像力の賜物になろう。」(p38)

と簡潔に述べられています。

そして構造表現主義の特徴が顕著に見て取れるのがコロニア・グエルだと言われているんですね。それを示す一つの例が教会堂内部の内側に倒れ掛かっている4本の柱です。

模型では内部の柱は全て垂直、もしくはほぼ垂直だったそうです。しかし実際の教会では4本の柱は内側に倒れ掛かっています。

何故か?←何故ならガウディは彼が想像した美しい内部空間を構造の合理性を使って表現しようとしたからです。

そして僕が疑問に思っていた事と全く同じ事が、模型と実際の形態が異なる証拠として提出されています。

「・・・もしこのクリプトが逆さ吊り実験どおりに建設されていたとしたら、すでに崩壊していなければならない。なぜなら、逆さ吊り模型は全体が完成して初めて構造の安定が計られることを前提とした実験であったからで、実際は教会堂本体の上部構造が未着工であり、実験前に計算された上部荷重が全く存在しないからだ。」(p64)

これらから導かれる結論は、コロニア・グエルでは実験模型によって自動的に内部空間や形態が決定されたのでは無いという事です。

では、何故ガウディはこんな事をしたのか?というと、それはガウディが構造合理主義の建築家ではなく、構造表現主義の建築家だからなんですね。つまり構造によって経済性を追求する(構造合理主義)のではなく、あくまで美しい形態を目指し、「建築家の表現意欲に従って構造力学の合理性が建築制作に利用される事」を目指したからです。

素晴らしい。非常に明快です。

さて、鳥居さんが大変に素晴らしいのは、海ぐらい深い知識もさる事ながら、それらの知識を道具とした彼の解釈(創作)だと思います。鳥居さんは本書の冒頭でこのように述べられています:

「「創造」が「無」から「有」、あるいは「一」から「多」を作ることを本質にするとすれば、「創作」は「有」から「もう一つの有」、もしくは「多」から「一」を作ることを最大特色とする。つまり、何も無いところから何かを作るのでなく、与えられている無数の材料から何らかの一つのものを作ること、これが人による「創作」の基本になろう。」(p2)

全くその通りだと思います。例えば僕が大好きな建築家、ポルトガルのアルヴァロ・シザの建築の源泉は明らかにアールトであり、ハンス・シャウロンであり、モロッコの土着建築だと思うんですね(地中海ブログ:アルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)のインタビュー記事:シザ建築の特徴は一体何処からきたのか?)。

そこから出発して幾度かの変遷を経て、最終的にはシザの建築になっています。変形の過程で、ある時「ふっ」と彼の建築になる瞬間があるわけですよ。だから彼の建築にアールトの片鱗が見えようとも、シャウロンの形態が見えようとも、空間は紛れも無くシザのものになっているのです。

ガウディという一人の天才に真摯に向き合う事によって、膨大な知識を道具としながらも、その組み合わせで新しい解釈を創り出した鳥居さんこそ、人間に与えられた素晴らしい能力である「創作」を通して人間としての生き方そのものを示した偉人だと思います。

| 建築 | 13:47 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ガウディの影武者だった男、ジュジョールのメトロポール劇場

「理念的にも技術的にもジュジョールが先進工業社会の芸術家たちと同じ基盤から出発しなかったという意味において、一般に認められている20世紀前衛芸術の歴史が示すものとは異なる」- イグナシ・デ・ソラ=モラレス

「今日までなかったことだが、もし誰かが20世紀のスペイン芸術・建築界で最も多様性に富み、創造性と想像性に秀でた3人の芸術家、ある意味で、その方面で最も重要な3人を指摘せよと私に訪ねたとすれば、躊躇することなく、ガウディ、ピカソ、ジュジョールの名を上げるであろう。」- カルロス・フローレス

バルセロナから電車で1時間ほど南に行ったところにある世界遺産指定都市タラゴナ(Tarragona)に行ってきました。世界遺産指定都市とは、旧市街地などが「全体で」世界遺産に登録されている都市のことを指し、現在スペインではサンティアゴ・デ・コンポステーラなど13都市が指定されています(地中海ブログ:サンティアゴ・デ・コンポステーラ:アルヴァロ・シザのガリシア現代美術センターその2)。

古代ローマ時代に築かれたタラゴナはイベリア半島最大の規模を誇り、当時の栄華を伝えるかのような雰囲気が、この街にはそのまま残っていたりするんですね。街中を歩いていると不意に石積みの城壁や巨大なモニュメントに出くわすこのワクワク感!

これはバロック都市ローマを歩く感覚に似てるなー、、、とか思ったりして(地中海ブログ:ローマ滞在2015その2:ローマを歩く楽しみ、バロック都市を訪ねる喜び)。

そしてこの街の最大の魅力の一つがこちらです:

その名も「地中海のバルコニー」!眼前に広がる地中海、それが全て自分のものであるかのような、そんな感覚を引き起こしてくれるほど圧巻の眺めとなっています。朝から晩まで見ていても全く飽きない、この街にはそんな風景が広がっているんですね。

そして左手を見下ろせばこの風景:

ローマ時代の円形競技場です。ローマのコロッセオに比べると規模は小さいんだけど、タラゴナの円形競技場は、「地中海に浮かぶ競技場」と、そう形容出来るほど素晴らしい作りとなっています。ローマ人がこの地をイベリア半島の拠点に選んだのも納得がいくなー。

こんな見どころ満載の世界遺産指定都市タラゴナなんだけど、今回この街を訪れたのはローマの遺跡群を訪問する為ではありません。僕がわざわざこの街に来た理由、それは普段は一般公開されていないジュジョールの傑作中の傑作、メトロポール劇場を訪れる為なんですね(地中海ブログ:バルセロナ・オープンハウス2015:オープンハウスとオープンデータ:今年のテーマはジュジョールでした)。

ひょんなことから知り合いになったタラゴナ市役所の人と話していた所、「え、cruasan君って建築家なの?てっきりコンピュータ・サイエンティストだとばかり思ってた(驚)!それならジュジョールの建築とかって興味ない?市役所の友達がメトロポール劇場の管理責任者だから、連絡してあげるよ」、、、と。そりゃもう、「興味ありまくりです!」。なんてったって、普段は公開していない建築ですからね、どんなに忙しくたって飛んできますよ(笑)。

(注意)この建築は「団体での訪問(数週間前に要予約)」のみ受け付けており、個人への一般公開はしていません。しかし今でも現役の劇場として使われているので、もしどうしてもこの劇場を見たいという方は、週に何回か催される演劇のチケットを購入して劇場の中に入る、、、という裏技があったりします。ちなみに僕が訪れたのはお昼の12H頃だったんだけど、舞台のリハーサル中だった為、照明がつけられないとのこと。暗闇の中での建築鑑賞でした。

 

この建築への入り口は市内随一の目抜通り新ランブラス通り(Nova Ramble)に面しています。どちらかというとこのエリアは観光客向けのエリアとなっていて、この通りに面して沢山のレストランやバル、小売店などが立ち並び、非常に活気のある地区となっているんですね。←その代わり、カフェの値段設定も観光客向けで、パッと見た所、ベルムッ(お酒一杯)、サンドイッチ、オリーブの実の三点セットで5euroというお店が結構多かった。

こちらがメトロポール劇場のファサードなのですが、まさかこの中に劇場が入ってるなんて、言われないと分かりません。まあ、確かに「メトロポール劇場」とは書いてあるんだけど、パッと見は普通の集合住宅ですからね。ちなみに真ん中の入り口は現在は使われてなくて閉鎖中。今回は特別に右側の入り口を開けてもらいました。で、中に入ると我々を出迎えてくれるのがこの空間:

真っ白な壁に真っ赤な光線が非常に印象的なジュジョール空間の登場〜。

窓ガラスには真っ赤な光線が映り込んでいます。黄色いストラクチャーとの兼ね合いも抜群。これを見て「ガンダムのシャアっぽいなー」と思った人、結構いるのではないでしょうか?(笑)。

また、ジュジョール建築には欠かせない彼独特の装飾タイルも健在。ここの廊下は細部を見出すとキリが無いくらい面白くって、この空間だけで3時間は見ていられます(笑)。後ろ髪を引かれながらも、この長―い廊下をくぐり抜けると出くわすのがこちらの空間です:

この劇場のエントランスホールとでも言うべき階段ホールの登場〜。天井には先ほどの渡り廊下からの装飾が続き、空間的な一体感を醸し出しつつ、左手にはジュジョール作のドラゴンの彫刻が神秘的な光の中に浮かび上がっているんですね:

上に行ってみます。この階段空間も味があるなー:

そして出くわすのがこちら:

で、出た!ジュジョールの真骨頂、まるで抽象絵画のような空間。。。暗闇の中に真っ青な背景、その中に真っ赤な目のような形をしたオブジェが浮かんでいます。そこから劇場の中へと入っていくと、全体はこんな感じかな:

上述した様に、僕が訪れた時は舞台を作っている最中だったので劇場内は真っ暗。そのおかげで、明暗のコントラストが非常に強い状態を見ることが出来ました。

そしてこの建築のもう一つの見所がこちらです:

じゃーん!観客席のど真ん中に立っている柱とその天井です。当時の市の建築家に「構造が持たないだろう」と大反対されたというこの客席を支える柱。ここにジュジョールの思いを見るような気がします。そしてこの天井がちょっと凄い:

これは後にジュジョールがプラネイス邸で見せた手法ですね(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN):ジュゼップ・マリア・ジュジョール(Josep Maria Jujol)のプラネイス邸(Casa Planells)):

このうねるような天井、これを観れただけでも、この建築を訪れた価値があるというもの。正にジュジョールの「イマジネーションの具現化」です。

個人的にジュジョール建築の面白さは、「彼があたまの中に描いた魅力的な世界観がそのまま現実空間に具現化されているところ」だと思うんですよね。スケッチが上手い建築家は星の数ほどいるし、その世界観が非常に魅力的な芸術家も沢山いるんだけど、それら多くのイマジネーションは現実空間に具現化された途端に輝きを失ってしまいがちです。しかしですね、ジュジョールの場合、そのイマジネーションの輝きがそのまま現実空間の中でも輝き続けている、、、ということが出来るのではないでしょうか。彼が描いた夢の世界に生身の体のまま連れて行ってくれる、、、そのように思わせてくれる空間の質が彼の建築には存在しているのです。

さて、次は地下に降りて行ってみます:

実はこの劇場は、「海の中」、そして「船」というモチーフと共に考えられたらしく、地下は深海のイメージでデザインされています。

地下空間の至る所にはそれらのモチーフがふんだんに使われているんだけど、天井には海面のゆらゆら感が表現されていたりします。

ここから外へ出て行ってみます。

これがこの劇場の全体像。入口がある新ランブラス通りに面している住宅と、裏手にある住宅一棟分が演劇ホールになっているのですが、その間を結ぶ回廊が非常に良い均衡空間となっていることが分かります。つまりこの空間を通ることによって、「これから劇場の中に入っていくぞ!」という心構えを作る前室となっているんですね。この回廊の天井も必見:

黄色い筋交いが非常に印象的です。この部分は内戦の際に爆撃により破壊されてしまった為、半分がジュジョールのオリジナル、もう半分がオリジナルに忠実に基づいて復元された部分となっています。そして目線の先には、ガウディが得意とした逆三角形の柱がチラチラと見え隠れしています:

この建築の改修の依頼はもともとガウディにきていたらしいのですが、サグラダファミリアに没頭していたガウディが、同郷(タラゴナ出身)の弟子(ジュジョール)に仕事を回した、、、という経緯があるそうです。そんなこんなで、ガウディの工房から独立したジュジョールが実質的に初めて手掛けた建築作品という位置付けでもあるんですね。また、ジュジョールは長らく「忘れられた建築家」だった為、この建築は後年(1950年代)映画館に改装され、その際に窓が塞がれたり、動線が不明になったりと、建築としては廃墟同然の状態にまでなってしまいました。

そんな中、近年のジュジョール建築への再評価が高まるにつれ、タラゴナ市役所が物件を購入し、修復・再建する方針を打ち出したこと、そしてもう一つ重要なファクターとして、この修復に携わったのが、スペインを代表する建築家の一人、ジョセップ・リナスだったことが挙げられます(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その1:ジョセップ・リナス(Josep Llinas)のInstitut de Microcirurgia Ocularに見る視覚コントロールの巧みさ)。

元々ジュジョールの大ファンだったリナスは、ジュジョールのオリジナル部分を丹念に調べ上げ、注意深く修復を施しました。いわばこの建築は、時代は違えどカタルーニャが生んだ代表的な建築家二人の協働作品というべきものにまで昇華された、そんな建築作品となっているのです。

追記: 地中海都市タラゴナは海産物が非常に充実していることで有名です。

特にパエリアやロブスターの雑炊(スープパエリア)、ムール貝などは絶品なので、もしタラゴナに行かれた方は是非試されてみる事をオススメします。

値段もバルセロナよりも安く、地中海を眺めながら非常にゆったりとした時間を過ごす事が出来ると思います。

| 建築 | 14:13 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
イグアラーダ(Igualada)にあるエンリック・ミラージェスの建築:イグアラーダの墓地

バルセロナから電車で2時間ほどの所にある小さな町、イグアラーダ(Igualada)に行ってきました。この町はカタルーニャが「スペインのマンチェスター」と言われていた19世紀末頃に繊維工業で栄え、町の至るところには当時の面影を残す工場跡地が幾つも顔を覗かせています(地中海ブログ:パン屋さんのパン窯は何故残っているのか?という問題は、もしかしたらバルセロナの旧工場跡地再生計画を通した都市再活性化と通ずる所があるのかも、とか思ったりして)。

その割に、歴史的中心地区は意外に小さく、幾つかのミュージアムを除いては特に見るものも無し。。。しかしですね、そんなコレといった観光資源もない町に、毎年海外から数多くの建築家達が押し寄せて来るという摩訶不思議な現象が起きているんですね。

何故ならこの町にはカタルーニャが生んだ今世紀を代表する建築家、エンリック・ミラージェスの傑作の一つ、イグアラーダの墓地があるからです。

実は、、、バルセロナに来た当初、エンリック・ミラージャスの建築にはさっぱり興味がありませんでした。勿論、El Croquisなどを通して知ってはいたのですが、なんかクネクネしてるだけだし、「ほ、本当にこれが良い建築なのか?」とかなり疑心暗鬼だったんですね。

そんな僕の疑念を一気に吹き飛ばしてくれた建築こそ、今回訪れたイグアラーダのお墓だったのです。いま思えば当時の僕は、「建築とは何か、社会文化とは何か、建築家とはその社会にとってどういう存在なのか?」といったことが、これっぽっちも分かっていない若造でした。というか、そんなことを考える=「建築をその地域の社会文化の中で考える」というアイデアすら思い付かないほど、何も知らなかったのです。

←スペインの格言で「無知とは最大のアドバンテージだ(Ia ignorancia es una gran ventaja)」というのがありますが、正にそれにピッタリだったと思います。

そんな僕に、建築と社会の繋がりの大切さを教えてくれたのが、エンリック・ミラージェスの建築であり、Oportoを拠点とする建築家、アルヴァロ・シザだったんですね。

いまから15年前、当初はソウト・デ・モウラの建築に興味があって訪れたポルトガルだったのですが(地中海ブログ:エドゥアルド・ソウト・デ・モウラの建築:ポウザーダ・サンタ・マリア・ド・ボウロその2:必要なくなった建築を壊すのではなく、修復してもう一度蘇らせるという選択肢)、「時間が余ってしまった」という消極的な理由から偶々見に行った美術館が素晴らしすぎて、その3日後には「シザの建築をどうしても理解したい」と思うようになり、即決で1年弱Oportoに住み込むことにしちゃいました。

←若い時だからこそ出来たムチャです(笑)。

←その当時は時間は腐るほどあったし、何よりユーロ通貨が導入されたばかりの頃だったので生活費が尋常じゃ無いほど安かったのです(地中海ブログ:アルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)のインタビュー記事:シザ建築の特徴は一体何処からきたのか?)。

Oportoに住んでいる間、毎日の様にシザの建築を訪れたり、街のいたる所で行われる建築関連のイベントに参加したりと、「書籍からではなく体験から」、建築と社会文化、そしてその社会の中における建築家の役割ということを肌で学ぶ事が出来たのは本当に幸運だったという他ありません(地中海ブログ:アルヴァロ・シザの建築:セラルヴェス現代美術館:人間の想像力/創造力とは)。また日本では「詩的」と評されるデザインばかりが紹介されがちなのですが、ポルトガルというローカルな地域の中でグローバルな建築家がどう評価され、どう受け止められているのかという別の側面を垣間見ることが出来たのは、建築家としての僕のキャリアを形成する上で掛け替えのない財産となったと思います。

それ以来、書籍でしか見たことの無い建築や、自分が住んだことの無い地域の建築を深く語るのはやめることにしました。

建築は社会文化に深く入り込んだ存在であり、その社会文化の表象でもあるので、その建築がその社会の一体何を表しているのか、その文化にとってどんな意味があるのかを理解しないことには、その建築がそこに建っている意味が分からないと思うようになったからです。例えば僕は昔からジャン・ヌーベルの建築が良く分からなくて、結構色んなところで批判もしてきたのですが、「あの「ヌメーとした感覚」は、もしかしたらフランス文化のある側面を表しているのかもしれない、、、」といまはそう思うことが出来るようになりました(地中海ブログ:マドリッド旅行その2:ジャン・ヌーヴェルの建築:国立ソフィア王妃芸術センター)。

そんな僕の眼から見た時、エンリック・ミラージェスの建築は、バルセロナというこの地のもつパワー、ギラギラ照りつける太陽の下、陽気に溢れ返っているこの地の社会文化を的確に表象している、そう断言することが出来ます。彼が意図する・意図しないに関わらず、彼が創る建築はそんな側面を表象してしまう、そんな数少ない建築家の一人なんですね。そう、まさに:

「建築とは、その地域に住んでいる人達が心の中で思い描いていながらも、なかなか形に出来なかったもの、それを一撃のもとに表す行為である」(槇文彦)

注意

このお墓は工業地帯の一角(町の郊外)にあります。駅から歩いて45minくらい、タクシーなら10min程度ですが、人気(ひとけ)があまり無いところなので一人で行くのは絶対に避けましょう。

←スペイン在住16年で、危ない環境に足を踏み入れたら即座に危険センサーが鳴り響く僕ですら、正直ちょっと怖かったです。

←繰り返しますが、出来るだけ大人数で行くことをお勧めします。

さて、タクシーを降りてお墓に到着したら先ず我々を出迎えてくれるのがこの風景:

大自然の中にひっそりと佇むコンクリートの形態達、、、って感じかな。コールテン鋼で創られた軽快なオブジェが、青い空と緑にマッチしています。ダイナミックな形態をしたこのオブジェはミラージェスの十八番。

カタルーニャ内陸部にミラージェス事務所がデザインした小さな図書館があるのですが、その建築に流れる物語のクライマックスに変形可動テーブルを持ってきていることは以前のエントリで詳しく書いた通りです(地中海ブログ:エンリック・ミラージェスとベネデッタ・タリアブーエのパラフォイス図書館:空と大地の狭間にある図書館)。ちなみにスカルパもクエリーニ・スタンパリアで壺による大変特殊な空間体験を持ってきていましたし(地中海ブログ:カルロ・スカルパの建築その2:クエリーニ・スタンパリア:空間の建築家カルロ・スカルパ:ものすごいものを見てしまった)、カステル・ヴェッキオでは、各展示室に置かれた家具が、空間の質を左右する重要な要素として考えられていました(地中海ブログ:カルロ・スカルパの建築その3:カステルヴェッキオ:空間の建築家カルロ・スカルパ:ものすごいものを見てしまったパート2)。

そんなことを思いつつ、いよいよ中へと入っていきます。

これが典型的なヨーロッパのお墓です。我々日本人にとっては非常に印象的な風景だと思います。そう、ヨーロッパのお墓というのは、こんな感じで高層マンションの様になっているんですね。

どうしてこうなっているのかというと、日本では火葬が一般的なのですが、ヨーロッパでは土葬が主流だからです。つまりはそれだけスペースが必要になってくる為、高層化しないと土地が幾らあっても足りなくなってしまうからです。特にカトリック信仰が根強く残っているスペインにおいては、基本的にみんな土葬だったりするんですね。

←なんでかって、カトリックでは「死んだら復活して天国へ行ける」と信じているので、体を焼いちゃったら復活出来ないからです。

←火葬の日本では、死んだ直後に焼いちゃうから、死人はその時点で時間が止まる為、日本の幽霊(お化け)はいつも五体満足で出てきます。

←逆にヨーロッパのお化けは基本的にゾンビです。ヨーロッパでは土の中に体が残っている為、死んでからも時間が経過するので(つまりは腐敗が進む為)、五体満足の状態では出てこれないのです。

埋葬の仕方なのですが、基本的に上の写真の穴一つ分が1家族の埋葬スペースになります。で、この高層マンションタイプが一般庶民用なんだけど、お金持ちのお墓っていうのがコチラ:

ゆったりスペースタイプ(笑)。正に「地獄の沙汰も金次第、、、」と言った感じでしょうか。ちなみに下のお墓はバルセロナ市内にあるイルデフォンソ・セルダのお墓です:

バルセロナの新市街地を創った彼のお墓らしく、セルダブロックがデザインされたオシャレな創り(笑)。また律儀にも、現在の過密状態ではなく、彼が理想とした低密度バージョンになってるww

さて、この建築の最初の見所がコチラかなと思います:

エントランス向かって右手側が斜めに大きくせり出し、その力を受けて少し押されるかのように反対側の形状が凹んでいるんですね。これはコルビジェの影響だと思われますが、ミラージェスのもう一つの傑作、バラニャ市民会館がコルビジェの影響を強く受けていることは以前のエントリで書いた通りです(地中海ブログ:エンリック・ミラージェスの建築:バラニャ市民会館:内部空間編)。

ただ、形態的には確かにコルビジェなんだけど、この強いせり出しによる空間構成とここに流れる空気は、アルヴァロ・シザの教会の膨らみに似ている気がします(地中海ブログ:アルヴァロ・シザの建築:マルコ・デ・カナヴェーゼス教会の知られざる地下空間:真っ白な空間と真っ黒な空間)。

1つのユニットとしての箱(1人用のお墓)がこれだけ沢山並んでいると、それだけである種のリズムを創り出していて爽快です。つまりは同じものを反復することによる美、、、という手法ですね。、、、ここで思い出されるのがミース・パビリオンなのですが、実は僕、バルセロナに来たばかりの頃、バルセロナ・パビリオンの良さがさっぱり理解出来なくて、一ヶ月くらい毎日通い続けたことがありました。

←あまりにも毎日来るものだから、係員のお兄さんが不思議がって、「お前は一体誰だ?」みたいな話になり(笑)、それが縁でミース財団と知り合いになり、一年後にミース財団奨学生にしてもらうことが出来たっていう、嘘のような本当の話(笑)。

その当時は時間だけはあったものだから、本当に毎日通ってて、で、一ヶ月くらい経ったある日、ふと気が付いたのです。

「大判で同じサイズのトラバーチンがあれだけ丁寧に、しかも毅然と並んでいる風景は結構美しいかもしれない、、、」と。

ちなみに僕は奨学生という立場を利用して、バルセロナ・パビリオンの地下に入ったことがあります。

←バルセロナ・パビリオンの再建を請け負ったイグナシ・デ・ソラ・モラレスによると、オリジナルと複製で唯一違うのが「地下空間があるかどうか、、、」という点だそうです(地中海ブログ:バルセロナパビリオン:アントニ・ムンタダスのインスタレーションその1)。

←もう一つちなみに、今年(2016年)はミース・パビリオン再建30周年記念だった関係で様々なイベントが行われていたんだけど、再建当時、このパビリオンの大理石を探す為に世界中を駆けずり回っていた石職人のおじいちゃんのインタビュー記事が地元の新聞に載っていました。

こういう記事が新聞の見開きに大々的に載ること自体、市民全体に「建築」が浸透していることの証でもあると思います。

さて、この建築の構成なのですが、左手には先ほどみたお墓が一直線に並んでいるのに対して、その力を受ける反対側のお墓は、あたかもその静寂さを崩すかのような構成をしているのが分かるかと思います:

3つに区切られたブロック、その真ん中の部分だけを敢えて引っ込ませることによって、画一的になりがちな形態に動きを与えることに成功しているんですね。更にその引っ込んだ部分は、左手側の形態に対応している為、二つの形状の間に連続感すらも獲得しているというオマケ付き。この辺は非常に上手いと思います。

また、この引っ込みによって出来た空間(膨らみ)が、クライマック的空間に到達する一つ手前のクッションとして働き、人の流れに対する「溜まり」を請け負っていることも分かります。そこを抜けると広がっているのがこちら:

じゃーん!大変気持ちの良い、円形広場です。注目すべきはここかな:

空を切り取っていた直線がその端部においてどう終わっているか、、、という点です。そう、建築のデザインにおいて大事なことは、直線そのものではなく、その直線が他の直線とどう交わっているのか、はたまたその直線がその端部でどう終わり、どのように空を切り取っているのか、、、ということなんですね。

それらのことが非常に良く分かる基礎デザインのオンパレード!ミラージェスの建築が輝いているのは、なにもそのグニャグニャ感だからなのではなくて、そのグニャグニャ感を支えている「ちょっとしたデザイン」、その基本をキチンと押さえているからこそ、彼のグニャグニャが活きてくるんですね。そういうデザインの基礎も何も無しにやっているのは、単なる形態遊びでしかありません。

さて、この位置から今辿ってきた道を振り返ってみます:

この位置から見ると明らかなんだけど、エントランス(入り口部分)が狭く、そこから奥に行くに従って末広がりの空間構成になっていることが分かるかと思います。そしてその空間を抜けると広がっているのがこの風景:

一番奥の部分に、人々が溜まることが出来る空間、一番広い空間を持ってきています。この丸い空間を上から見てみます:

床に埋め込まれた木々が非常に良いリズム感を醸し出しています。ここはこのお墓に来た人たちがゆったりと談笑する空間、祖先と向き合う空間として設えられているんですね。ちなみにこのお墓には2000年に急死したミラージェス自身のお墓もあったりするのですが、ミラージェスのお墓の壁には海外から引っ切り無しに訪れる建築ファンのコメントで溢れ返っていました:

それだけこの建築がここを訪れる人達の心を捉えたということだと思います。

一直線に並ぶお墓ブロックの真ん中には上階へと向かう階段が設えられています。

更にもう一段。登りきった所に展開しているのがコチラの風景:

計画されながらも10年以上も放置されている教会堂です。「あー、そうか、、、ここがこの建築のクライマック的空間として計画されたんだな、、、」と、ここまで来て初めて、この建築に流れる物語(ストーリー)の全貌が明らかになりました。

この教会堂には、三つのトップライトから光が存分に降り注ぎ、まるでその光を受け止めるかのように、大きな掌のような形態をした受容器がデザインされています。そしてその表面は意図的にザラザラの装飾が施されているんですね。

これはバロック建築がよくやる手法、真上からの光を受け止め、その光がどのように空間に拡散されていくかを視覚化する装置と一緒です(地中海ブログ:ルイス・カーンのフィリップ・エクセター・アカデミー図書館:もの凄いものを見てしまったパート3:「本を読むとはどういう事か?」と言う根源を考えさせられた空間体験、地中海ブログ:プロヴァンス旅行その5:ル・トロネ修道院の回廊に見る光について)。

この建築を訪れることによって感じること、それは普通のお墓にありがちな辛気臭さだとか、悲壮感などではありません。そうではなく、この空間に溢れているのは喜びであり、楽しさであり、何より心弾む、そんな感覚なんですね。ミラージェスはこのお墓をデザインするにあたり、こんなことを言っています(10以上前に読んだ記事なので一言一句覚えている訳ではありませんが、こんな感じの趣旨だったと思う):

「お墓というのは、故人を悲しく想い偲ぶ場所なのではなく、故人と向き合い再会することによって、みんなで楽しむ場所なのだ」、、、と。

建築は表象文化です。そして建築とは、個人的な感情よりも集団的な価値観を、悲しみよりも喜びを表象するのに大変適した芸術形式です。

このお墓には、この地に生まれ育ちながらも死んでいった人達と再会する喜び、そんな感覚で満ち溢れています。そしてそれこそが、このカタルーニャ、ひいてはスペインという地の社会文化であり、そのことを一撃の元に表しているのがミラージェスという稀代の建築家がデザインした建築だったりするのです。

| 建築 | 01:22 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナ・オープンハウス2015:オープンハウスとオープンデータ:今年のテーマはジュジョールでした。
今週末(10月24日、25日)バルセロナでは市内に点在する200近くの建物が一般公開されるイベント、48H OPEN HOUSE BCN2015が行われていました。

←バルセロナで行われた過去のオープンハウスについてはコチラ(地中海ブログ:バルセロナ・オープンハウス2013:その地域に建つ建築(情報)をオープンにしていくということ、地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その3:ホセ・ルイ・セルト(Josep Lluis Sert)のパリ万博スペイン共和国館、地中海ブログ:出版界の大手、グスタボ・ジリ(Editorial Gustavo Gili)社屋のオープンハウスその2:カタルーニャにおける近代建築の傑作などなど)。



6年前から始まったこのイベント、もう既にこの時期の風物詩になったと言っても過言ではなく、今年は5万人にも上る参加者が普段は入る事が出来ない個人住宅や、普段は一般入場が制限されている公共建築などを楽しんだということです。



オープンハウスと言えば、シカゴ郊外のオークパーク(フランク・ロイド・ライトのお膝元)で毎年7月に行われる催し(ライトの自邸やスタジオ、更には彼が設計した一般住宅などが無料公開されるイベント)や、毎年9月中旬の週末にロンドン市内全域を巻き込んだロンドン・オープンハウスなどが世界的に知られていると思うのですが、バルセロナのオープンハウスでは毎年テーマが決められ、特定の建築家にフォーカスしつつ数々のイベントが同時並行で開催されるという体制をとっているんですね。



そんな中、今年のオープンハウスのテーマはずばり、ガウディの影武者だった男、ジュジョール!で、出たー!バルセロナの伝家の宝刀、ジュゼップ・マリア・ジュジョール!!(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN):ジュゼップ・マリア・ジュジョール(Josep Maria Jujol)のプラネイス邸(Casa Planells))。



上述のプラネイス邸に加え、今年はカタランボールトの特徴をふんだんに使ったジュジョール学校(Escola Josep Maria Jujol)や、ジュジョールが改修に関わったとされるピ教会(Santa Maria del Pi)の鐘塔などが公開されるという、ジュジョール・マニアにとっては嬉しい限りのイベントに。



更に更に、ジュジョール作品が数多く残るSant Joan Despi町の全面的な協力で、この町に点在しながらも普段は入る事が出来なくなっている個人邸宅や、教会なども公開されていたんですね。



基本的にケチな僕は、「この機を逃す手はない!」ということで、ちゃっかり複数のツアーに参加(笑)。様々なジュジョール体験をしてきちゃいました。 ←っていうか、このツアーに参加しないと見る事が出来ない教会や個人住宅が多かったのです!



今回見る事が出来たジュジョール作品については、また今度機会を改めて書こうと思っているのですが、今年のオープンハウスで非常に面白かったのがこちらです:



じゃーん!分かる人にはシルエットだけで分かるかもしれませんが、ピカソ美術館の直ぐ裏に建っているSanta Maria del Mar教会の屋上テラスです。



普段は絶対に立ち入る事が出来ない教会の屋上に昇っちゃおうという好企画!この教会のシンボルとも言える大きな大きなステンドグラスが嵌っている部分を真近で見る事が出来るなど、この企画は本当に素晴らしかった!



1934年、コルビジェがセルトの招きでバルセロナを訪れた際、この教会のデザインに感銘を受けたという記録が残っているSanta Maria del Mar教会なのですが、中世には「海の教会」とも謳われたほどの名教会の屋上テラスから見る旧市街の風景は別格(地中海ブログ:パリ旅行その6:大小2つの螺旋状空間が展開する見事な住宅建築:サヴォワ邸(Villa Savoye, Le Corbusier)その1:全体の空間構成について)。



ヴォールトの詳細などが「これでもか!」と迫ってくる感じが教会マニアの僕には堪らない(笑)。そしてもう一つ:



ジュジョールが改修に関わったとされているピ教会(Santa Maria del Pi)の屋上テラスです。



Santa Maria del Mar教会に比べ、ピ教会の方が背が高く、またランブラス通りに面していることなどから、バルセロナ現代美術館を始め、旧市街地の細い路地や大聖堂、更にはサグラダファミリアなんかも見通せて、非常に面白い体験でした(地中海ブログ:まるで森林の中に居るかの様な建築:サグラダファミリアの内部空間)。



そしてこれら「上空からの体験」と対になるかのような企画、それが「地の底からの体験」なんですね。それがこちら:

 

じゃーん!バルセロナの観光名所の一つ、七色の水飛沫をあげて観光客を楽しませてくれるスペイン広場にある噴水なのですが、「この噴水がどうやって色を変えるのか、どうやって噴水の水を管理しているのか?」という、その裏側のシステムを「噴水の下から見せてくれる」という企画です。



噴水の直ぐ横にある小さなエントランスを入っていくと、旧式のコンピューターがぎっしりと並んでいるコントロールルームへと導かれます。なんか素晴らしくレトロフューチャーっぽいなー(地中海ブログ:リアル・ドラゴンボールっぽい、ブリュッセル万博(1958年)の置き土産、アトミウム(Atomium))。



そしてこちらが上の噴水の色を自由自在に変えているシステムの正体です。色の付いた巨大な箱が幾つも重なり、それらが回転することによって色を変幻自在に変えているんだそうです。



ガイドの説明によると、水の形と色の組み合わせは7000種類を超えるのだとか。へぇー、へぇー、へぇー!



その他にもセルト設計のミロ美術館に行ったり、その合間にバルセロナで一番美味しいと評判のイタリアン、その姉妹店(モンジュイックの丘)でマルガリータを頬張ったりと、今回も存分に楽しませてもらったオープンハウスなんだけど、それらの建築を訪れるにつけ幾つか思った事がありました。



と言うのもですね、最近僕は日本政府や日本の自治体が進めている「オープンデータ」という潮流に関わる機会があったりして、「公共セクターが持っている各種データをオープンにする」という流れに非常に敏感になっているからです(地中海ブログ:スマートシティとオープンデータ:データ活用によるまちづくりのイノベーション(横浜)シンポジウム大成功!)。



建築というのはその地域に住む人たちの共通の財産であり、後世に残していくべき共同の記憶である為に、それをより良い形でオープンにしていくことは、シビックプライドの形成を通して民主主義を推し進めていく上で非常に重要なプロセスだと思っています。その辺のことについては以前のエントリで書いた通りです(地中海ブログ:バルセロナ・オープンハウス2013:その地域に建つ建築(情報)をオープンにしていくということ)。

オープンデータの文脈におけるオープンハウス、そしてオープンアーキテクチャーの意義については上のリンクを参照してもらうとして、今日は「この様なイベントがどのように運営されているか?」という、マネジメントサイドの観点から少し書いてみようと思います。



当ブログの読者の皆さんにはもう既に馴染み深いことだとは思うのですが、バルセロナという都市は大型イベントを誘致することによって都市を大々的に発展させてきたという歴史があります(地中海ブログ:バルセロナのイベント発展型都市戦略とGSMA2010(Mobile World Congress 2010))。この手法は「(ある種の)バルセロナモデル」と呼ばれていたりして、欧米では最大限の成功事例として頻繁に取り上げられていることも、繰り返し書いてきた通りです(地中海ブログ:バルセロナ都市戦略:イベント発展型、地中海ブログ:バルセロナの新たなる都市戦略:ビルバオから学ぶバルセロナ都市圏再生の曙)。



その一方で、それらオリンピックが一体どうやって運営されていたのか、もっと具体的に言うと、「何故バルセロナオリンピックは成功したのか?」について語られることは今まであまりなかったのでは?と思うんですね(地中海ブログ:何故バルセロナオリンピックは成功したのか?:まとめ)。



それは何も、日本という文脈に即して見た時だけなのではなく、世界的に見てもそこまで突っ込んだ議論をしている論文、論客は非常に稀だと思います。



それでは現地(バルセロナ)ではどうなのか?、、、確かに何人か顔が浮かびますが、うーん、、、という状況かな、、、と。という訳で「何故バルセロナオリンピックは成功したのか?」という論題にフォーカスしたのは、当ブログ記事が初めてだったのでは、、、とか思う訳ですよ(笑)。

僕の見るところによると、バルセロナオリンピックが成功した理由、それはボランティアの力が大きかったのではと思っています。



そう、オリンピックのような大型イベントは、公的資金だけでやりくりするのは非常に難しく、それ以上に重要なのが現地でのサポートや、それらを支える市民意識だったりするんですね。市民にやる気があるのと無いのとでは大違い!そうすると、次の様な疑問が浮かんできます:

「何故バルセロナオリンピックでは市民が一体となってオリンピックを成功させようという気になったのか?」、、、と。



それはバルセロナの置かれた非常に複雑な歴史的な文脈を考慮する必要があって、1975年までフランコ政権にいじめられ続けてきたバルセロナがその呪縛から解放され、ヨーロッパに打って出ようという時に舞い込んできたイベント、それがオリンピックという晴れの舞台だったということが大きいかな。
←まあ、勝手に舞い込んできた訳ではなくて、それを無理やり引き寄せたんですが、、、(地中海ブログ:国際オリンピック委員会(IOC)前会長のフアン・アントニオ・サマランチ(Juan Antonio Samaranch)氏死去)。



と言う訳でバルセロナオリンピック時になぜ沢山のボランティアの手が借りられたのかという答えの一つは、「当時のバルセロナが一つの国として高揚しようとしている時期と重なっていた」ということが挙げられ、「日本の高度経済成長期と同じような空気が蔓延していたから」ということが出来るかと思います。



しかしですね、その一方で、「ここバルセロナには、なにかしらボランティア精神みたいなものが昔から根付いていたんじゃないのか、、、」と、最近そう思うようになってきました。



そう思うようになってきたキッカケの一つが、何を隠そう数年前から毎年参加しているこのオープンハウスというイベントだったりするんですね。



知り合いが主催者なのでバルセロナがオープンハウスを始めた当初から内部事情はよく知っているのですが、このイベントにはなんと2日間で1200人以上のボランティアが参加し、それらボランティアによってこのイベントは成り立っています。



そしてボランティアなので、勿論「無償」です。では、何故ボランティアはこのイベントに参加するのか?



これに答えることは非常に難しいと言わざるを得ないんだけど、何人かのボランティアにインタビューしてみたところ、皆一様に口を揃えて言う事は、「この街の建築が好きだから、この街が好きだから」ということでした。



シンプルかつ単純、、、だけど多分これがキーポイントだと思います。



オープンハウスに限らず、この様な大型イベントを成功させる鍵、それはその街に住む人たちの街への愛着、建築への愛着にあるのだと思います。



そしてそのようなシビックプライドは短期間で育つものではなく、非常に長い年月を掛けて育つものであり、その基礎になるのは生まれた時から変わることの無い風景、自分と共に育ってきた街角や記憶といったものと共に成長するということを、僕はスペイン北部に存在する小さな村から学びました(地中海ブログ:ガリシア地方で過ごすバカンス:田舎に滞在する事を通して学ぶ事、地中海ブログ:レセップス広場改修工事(Remodelacion de la Plaza Lesseps)に見るバルセロナモデル(Barcelona Model)の本質、地中海ブログ:パン屋さんのパン窯は何故残っているのか?という問題は、もしかしたらバルセロナの旧工場跡地再生計画を通した都市再活性化と通ずる所があるのかも、とか思ったりして)。



今回のオープンハウス、そしてそれに伴うマネジメント、さらにはそれを支えるボランティアの存在とその動機は、「2020年にオリンピックを控えている我々日本人にとっても大変示唆的だよなー」とか思いながら、今年も素晴らしい2日間が過ぎていきました。
| 建築 | 17:34 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
カタラン・ボールト(Boveda Catalana)について:ムンクニティによるタラッサ(Terrassa)の科学技術博物館
バルセロナから電車で40分ほど行った所にある小さな町、タラッサ(Terrassa)に行って来ました。カタルーニャ地方に伝わる伝統的工法、カタランボールトで創られた建築の中でも傑作中の傑作、リュイス・ムンクニティ・パレリィアダ(Lluis Muncunill Parellada)による科学技術博物館(Museo de la Ciencia y la Tecnica)を見る為なんですね。



事の始まりは先々週の半ばに遡るんだけど、Twitterの方で「この建築、すごくない!?」みたいなツイートがあり、気になったので見てみたら、夏前にこちらの新聞でも話題になってたカタランボールト建築じゃないですかー!


(上記の写真はLa Vangurdia紙より)
で、よく見たら後ろに映ってるのはFabra i Boat!‥‥ここ数年、バルセロナ市は既存建築のリノベーションに物凄く積極的で、売春やドラックの温床となっていた旧紡績工場に目を付け、新しいプログラムを創り上げた上で再生し、「その地区の活性化の起爆剤にする」という事を実施してきています。



今回話題に上がったこの建築は、そんな感じで蘇った建築の敷地内(Fabra i Boat)に建てられた屋外施設なんですね。装い新たに蘇ったFabra i Boatは、その広大なスペースをアーティストやベンチャー企業やらに貸し出す事によって、この地区(Sant Andreu)に新たな息吹を吹き込む事に成功しています。



‥‥19世紀当時、ヨーロッパの周辺部の小都市でしかなかったバルセロナは、産業革命の中心地だったマンチェスターを「都市モデル」として目指し、見事産業革命に成功した結果、「スペインのマンチェスター」という異名をとるまでに成長しました。そして脱工業化時代の現在、都市として疲弊しまくったマンチェスターが、逆に今度はバルセロナを「都市モデル(=バルセロナモデル)」として目指しているというのは皮肉としか言いようがありません。



では「何故バルセロナにこの様な過去の遺産が多く残っているのか?」、ひいては「何故バルセロナがこの様な脱工業社会への脱皮に成功したのか?」という事については以前書いた通りです(地中海ブログ:パン屋さんのパン窯は何故残っているのか?という問題は、もしかしたらバルセロナの旧工場跡地再生計画を通した都市再活性化と通ずる所があるのかも、とか思ったりして)。

一言でいうと「偶然」‥‥かな(笑)?でもまあ、「運も実力のうち」って言うし、何よりその様な「与えられた偶然」からきちんと都市再生にまで持っていった(政治的)手腕は評価してもいいのでは?というのが僕の立場です。

そんなこんなでTwitterの方で盛り上がってしまい、「この建築、今度見て来ます。ばっちり写真も撮ってきます。乞うご期待!」みたいな事を宣言しちゃったものだから、行かざるを得ない状況に‥‥(というか、こういう言い訳でもないとなかなか建築を見に行く時間が作れないので、こういう状況を提供してくれた方々に感謝!)。という訳で週末を利用して行って来たんだけど、現地に来てみたら驚愕の事実判明!


(上記の写真はLa Vangurdia紙より)
な、何とこの素晴らしい建築、仮設だったらしく現在は撤去されて跡形も無くなっていたのです!ガーン!そ、そうなんだー。つい先月まではあったそうなんだけど、一足遅かった!うーん、非常に残念!この日はカタランボールトを見る気満々だったので、どうにも建築的欲求が収まらず‥‥。



直ぐ近くにあるホセ・ルイ・セルト設計の集合住宅を見に行ったけど(セルトについてはこちら:地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その3:ホセ・ルイ・セルト(Josep Lluis Sert)のパリ万博スペイン共和国館)、やっぱりそれでも何か不満が残る‥‥(ちなみにこの集合住宅も最近リノベーションされて、現在では事前予約すれば内部見学も可になっています)。



「どうしたものかなー?」と考え抜いた挙げ句、「そうだ!カタランボールトの最高峰、タラッサ(Terrassa)にある科学博物館を見に行こう!」と決意し、日を改めて行って来たという訳なのです。



(上述した様に)タラッサという街はバルセロナから電車に乗って40分ほど行った所にある人口20万人程度の小さな街なのですが、この街の起源はローマ時代に遡り、昔から毛織物産業が盛んで、(街としての)規模は小さいながらも大変裕福な街として知られています。その頃の繁栄を今に伝えるかの様に、街中には多くのモデルニズム建築が残されているんですね。



実はですね、僕はこのタラッサという街とは大変深い関わりを持っていて、と言うのもこの街には前ユネスコ事務総長だったフェデリコ・マヨール・サラゴサ氏の肝入りで創設されたUNESCO Chairなる機関があり、バルセロナ市役所に勤める前はここで働いていた時期があったからです。



その時は勿論、月曜から金曜まで毎日の様に通ってたんだけど、働きに来てる時は観光なんてする時間は全く無かったが故に、今まで観光らしい観光はした事が無く‥‥と言う訳でとりあえず、「市内地図などの観光資料を貰いに行こう!」と思い立ち、市役所に行ったら偶然カタルーニャ工科大学タラッサ校の学長さんにバッタリ!

「あれー、cruasan君じゃないかー。久しぶりだね。元気だった?なに、なに、観光してるの?じゃあ、市役所の中も見て行きなよー。」

みたいな(笑)。そう、実はこの街、小さい上に公的機関で働いてた日本人が居なかったもんだから、市役所とかその関連施設に行くと知り合いだらけなんですよねー(笑)。という訳で普段は公開されてない市役所の議会室などを見せてもらえる事に:



この市役所、あまり知られてないんだけど実はムンクニリィによってリノベーションが施されていて、会議室の天井なんかは結構面白いデザインになっていると思います:



ちなみに世間一般ではムンクニリィという建築家は、旧紡績工場を住宅に改修したMasia Freixaを手掛けた事で認知されてるかな。



「あー、なんか今日はラッキーだな」くらいの勢いで、イヨイヨ目指すべき建築へ。



科学技術博物館はタラッサの中心街近く、バルセロナからの電車が到着する駅から歩いて10分程度の所に位置しています。先ずはレセプションで入場料(3.5ユーロ)を払い中へ入るとそこに展開しているのがこの風景:



‥‥一瞬時が止まる‥‥そんな衝撃をもたらしてくれる建築にはそう滅多にお目に掛かれるもんじゃあないんだけど、ここに展開している風景は明らかにその一種だと、そう僕の5感が激しく訴えかけてきます。



何処までも広がっていく連続アーチ。



そんな連続アーチと、屋根の開口から入り込む自然光が創り出す空間の妙。



こんな、奇跡の空間を実現しているのが、カタルーニャ地方が世界に誇る技術、カタランボールトという建築工法なのです。



4センチ薄のレンガ造を積み上げていく事によって、アーチからアーチへと力を伝え、この様な大空間を可能にしているんですね。



もっと詳しく言うと、大小2つのボールトが鋸の歯の様に並べられ、それによって大変不思議で美しい起伏を屋根に与えています。その起伏をもう1つの軸から見るとこんな感じ:



そう、コチラ側にはコチラ側でもう1つの丸みが創り出されていて、この建築の屋根はこの様なX軸、Y軸という両軸に曲面が使用され、それが互いに混じり合う事によって非常に複雑なかたちを可能にしているのです。



さて、そんな大屋根アーチなんだけど、実はですね、それが無限に折り重なっている風景を上から見る事が出来ちゃうというのがこの博物館の1つの醍醐味になっているんですね。



さっき通って来たレセプションの2階部分がレストランになってるんだけど、そこに上ってテラスへ出ると現れるのがこの風景:



じゃーん!絶景かな、絶景かな!



この無限に続くかの様な屋根の風景。これが本当に見た事も無い様な、そんな風景を創り出しています。そしてこれが夜になるとまた全く違った姿を現します:



これ、凄く無いですか!本当にこの世のものとは思えない、そんな風景です。中に入ってみると、これまた昼間とは全く違った風景が展開していました:



各展示の照明の度合いによってその光がヴォールド天井に反射し密度の違いを生み出しています。つまり活動の密度の違いにより、この無限空間に部分的に違った風景が展開されているのです。全くの偶然なんだけど、とある展示の紫色の光が天井に反射している光景は、僕の心にル・トロネの風景を思い出させてくれました:



あの大聖堂の右側に設置された大きな大きなステンドグラス、その紫色のステンドグラスから大聖堂の中に入り込む紫色の光、本当に神憑っていた光でした(地中海ブログ:プロヴァンス旅行その4:ル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)の窓に見る神業的デザイン;地中海ブログ:プロヴァンス旅行その5:ル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)の回廊に見る光について)。この様な密度の違いは上から見たときの風景にも反映されていました:



ほら、屋根全体の中で光が強い所と弱い所があるでしょ?

この工場が出来た時、この天井というのは労働者の手元を照らす為に「安定した均質な光」が必要とされていたのだと思います。だから北側から光を採ってるんだけど、それが100年の時を経て博物館に生まれ変わり、そのプログラムが変わった事によってこの天井にこの様な密度の違いが生まれ、それが鮮やかな風景を創り出し、「観光」という我々の時代に沿った建築になろうとはムンクニティも夢にも思って無かったに違いありません。

久しぶりに、心が震える建築に出逢ってしまい大満足です!

追記:カタランボールトに非常に感動してしまったので、関連情報を少し載せておきます。ムンクニティによる科学博物館と並んでカタランボールトの極地と言えばやはりコチラでしょうか:



ポンペウファブラ大学の図書館です。元々は貯水池だった所をリノベーションして現在は図書館として使われています(地中海ブログ:世界一美しい図書館:ポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)図書館の一般立ち入り禁止エリアに入ってきた)。そしてもう1つ、カタランボールトとはあまり関係無いんだけど、スペイン建築の特徴の1つである(と僕が勝手に思っている)、構造を全面に押し出し、革新的な表現にまで昇華させた建築がコチラです:



エドゥアルド・トロハがマドリードにデザインした競馬場です(地中海ブログ:エドゥアルド・トロハの傑作、サルスエラ競馬場(Hipodromo de la Zarzuela)その2:軽い建築の究極形の1つがここにある)。この軒先、そしてこの技術!



追記その2: 脱線したついでにもう1つ追加情報を載せておくと、この博物館の2階部分にはレストランが入ってて、そこの手作りソーセージが絶品だった:



14年くらいバルセロナに住んでるけど、こんなに美味しいソーセージを食べたのは初めてかも?っていうくらいの美味!聞いてみた所、お肉の中にカラッと揚げた茄子のチップと、ヤギのチーズを混ぜてあるのだとか。大変美味しゅうございます!!

JUGEMテーマ:アート・デザイン
| 建築 | 03:54 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ルイス・カーンのイェール大学英国美術研究センター(Center for British Art and Studies, Yale University)
前々回のエントリ、ルイス・カーンのイェール大学アートギャラリー(Yale University Art Gallery)の続きです。

ルイス・カーンの処女作であるイェール大学アートギャラリーから道を渡って直ぐ、今度はカーンの遺作となったイェール大学・英国美術研究センターを訪れてみたいと思います。



ステンレス・スチール仕上げのパネルが規則的に並ぶ外観は、先程のアートギャラリー同様、大変静かな表情で我々を出迎えてくれます。一階部分に入っているAtticus Bookstore Cafeという本屋さんにはレストラン&カフェが併設されていて、イェール大学に滞在されていたnikonikoさんが「この街(ニュー・ヘイブン)で美味しいサンドイッチを出すカフェ」として紹介されていたお店です。



上の写真は南側から見た所なんだけど、向こう側に見える橋みたいなのは、趣が溢れまくってるイェール大学の校舎。そして道路を挟んで右手に見えるのは何とスターバックス!さすが創立1701年のイェール大学、スタバも情緒に溢れまくってる気がする(笑)。



さて、英国美術研究センターへの入り口は、スターバックスの真ん前、丁度4隅の角っこがポッカリと空いている所からアプローチする事になります。個人的にはこの辺が非常に不思議だと思うんだけど、ルイス・カーンは古典主義的建築家を表明している割には、入り口は「真っ正面に大々的に」と言うよりは、端っこにひっそりと設けてみたり、一目では分からない様にしてみたりと、大変謙虚に創られているんですね。そんな事を思いつつ、イヨイヨ中へと入って行ってみます。そこに展開していたのがこの風景:



で、出たー!カーンの真骨頂、真上から振り注ぐ圧倒的な光の筒の登場〜。「いきなり来たか!」という感じなのですが、やっぱりこの真上からの光、しかもこれだけの量の光が一気に降り注ぐというはちょっと凄い。



灰色のコンクリートの柱梁、そして温もりを感じさせてくれる明るい色を基調とした木が絶妙なハーモニーを醸し出し、素晴らしい空間を構成している事に気が付きます。



この空間の素晴らしさ、そしてダイナミックさは、どんなに沢山の写真を載せても絶対に伝わらない気がする‥‥。で、この空間を大変特別なものにしているのがこのデザインです:



エクセター図書館でも見た、非常にぶ厚いコンクリートの量塊なんですね(地中海ブログ:ルイス・カーンのフィリップ・エクセター・アカデミー図書館(Phillips Exeter Academy Library):もの凄いものを見てしまったパート3:「本を読むとはどういう事か?」と言う根源を考えさせられた空間体験)。この厚み、そしてこの重厚感、そこにズドンという光りの塊が合わさる事によって、この空間に神懸かり的な「何か」を与えています。まあ、エントランスに天井が高い空間を持ってくるっていうのはある種の常套手段だとは思うんだけど、数多の建築に見られる様に「ただ単に天井が高いだけ」っていうのとは全く違った空間の質がここには見られます。



この素晴らしい空間にずっと居たい気もするけど、ここだけに居続ける訳にもいかないので、後ろ髪惹かれる思いで渋々2階へ行ってみる事に。で、この美術館、ちょっと変わっていて、2階へ行く為にはどうやらこの小さな円柱の階段室を通って行くらしいという事が判明:



「ほう、そうなのか」とか思いつつ、この薄暗く狭い階段を上っていくと、2階に着いた所に広がっているのがこの風景:



真っ正面に空いてる2つの長方形の窓からは、先程下の階で見た「光の筒」が垣間見える様になっています。全体的にこの階の天井は低く抑えられていて、更に天窓が無いのでどちらかと言うと薄暗く抑圧された感じを受けるんだけど、(正にその事が)さっきの光で満ち溢れていた吹き抜け空間と好対照を成しているかの様ですらあります。

で、実はこの階にはちょっとした仕掛けがあって、それがコチラ:



そう、円柱の階段室を出て振り返り様に歩いて行くと、さっき見た様な吹き抜けがこちら側にも用意されているのです。しかもこっちはド真ん中にコンクリの円柱が「でーん」と居座り、まるでこの空間の主役であるかの様に振る舞っています。



うーん、このコンクリの円柱の存在感は圧倒的!さっき見た光の筒が降ってくる空間とどうしても比べてしまう‥‥つまりは、下階では「光という目には見えない物質」が空間を形成し、こちら側では「人間が作ったコンクリの塊という目に見える物質」が空間を形作っている‥‥と。



で、この円柱、よく見ると一階ごとに目地が付いていて、それが最上階だけ低くなっている事が分かります‥‥と、ここで補助線を引いておく。この階にはこの吹き抜け空間を挟んで両側に図書室と資料室が備え付けられてるんだけど、この空間が又良かった:



エクセター図書館でカーンが見せた、本を読む人の事を考え抜いた、光溢れる大変居心地の良い空間がここにはあります。



机のスケール、窓の高さ、照明との関係‥‥それら全てのものがこの上無いハーモニーを醸し出し、この空間を非常に特別なものにしている事が分かります。

カーンの建築は、神憑った空間のみが取り沙汰されがちなんだけど、こういうヒューマン・スケールに基づいた空間、非常に人間の事を考え抜いた空間が基礎にある事を忘れてはいけません。それがあるからこそ、あの様な神憑った空間が生きてくるんだと思います。と言う訳で、先程の円柱階段を使って今度は3階へ行ってみます:



この階は基本的に先程見た下の階と同じ構成なんだけど、真っ正面に見える2つの長方形の窓、そして階段室を出た所から振り返り様に2つの窓からの風景が、僕達の居場所を教えてくれる羅針盤となっています。



ほら、さっき下の階に居たおじさんが見える。しかも居眠りしてる(笑)。



上の階も下の階も空間構成としては全く変わらないんだけど、この窓から見える風景が違う事によって、「今は上の階に居るんですよー」という事が分かる様になっていると言う訳なんです。そして今度はイヨイヨ最上階へ。

最上階‥‥この建築、最後の空間‥‥つまりクライマックス的空間‥‥何かがある事は分かっているんだけど、それが何なのかは不明。期待に胸を膨らませながら階段を上って行くと、階段室からしてもう既に下の階とは様相が違っていました:



天窓を覆っているガラスブロックからは木漏れ陽が落ちてきて、更にこの階だけ微妙に天井高が下階とは違っている事が分かります。つまりそれだけこの空間で「抑圧される」という事なのです。そしてこの円柱階段室を出た所に広がっているのがこの風景:



天窓からは光が溢れ、天井高が「これでもか!」と高く採られている、えも言われぬ空間とは正にこの事!



す、凄い。光が溢れている‥‥。そう、2階、3階と天井高を低く抑えている理由、そして階段室の天井高が少し低くなっている理由、それらは全て、この最上階にある展示空間を開放的に、そしてドラマチックに見せる為の演出だったのです!



ここに来ると、「空間というのは光で出来ているんだー」という当たり前なんだけど忘れがちな事実を思い知らされます。そしてその様な「光」を「空間に与えている」のは紛れも無い「構造体」だと言う事も。正に:

「構造体は光を与え、光は空間を創る!(Structure gives light, makes space, Louis Kahn)」



それにしてもこの空間はちょっと凄い。今まで世界各地で色んなものを見てきたけど、こんな空間は初めてかな。‥‥と、カーンの建築を訪れる度に、同じ様な事を繰り返し言ってる気がする(笑)。でも、それほど素晴らしい空間なんですよ!と、同時に、「こういう空間物語の創り方もあるんだー」という事を教えられた気がしました。



何度でも繰り返すんだけど、ルイス・カーンの建築は、その建築の初源をトコトン追求した上で空間が構成されているので、その空間を通して人間活動の根源の様な所を考えさせられます。その様な奥深さ、そこにこそ、カーン建築の素晴らしさがあるのです。
| 建築 | 23:57 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ルイス・カーンのイェール大学アートギャラリー(Yale University Art Gallery)
ボストンから電車で2時間30分ほど行った所にある、世界最高峰の教育機関の1つ、イェール大学(Yale University)に行ってきました。



ハーバード大学やプリンストン大学などと共にアイビー・リーグを形成するイェール大学は、ニューヘブン(New Haven)という人口12万人程の街に位置しているのですが、それ程大きくはない街の中心部に鏤められている大学キャンパスは1701年の創設とあって、校舎はどれも歴史を感じさせる大変赴きのあるものばかり。



恰もここだけ古き良き中世のヨーロッパにタイムスリップしたかの様なんですね。校舎も校舎なら、そこに収められているお宝も半端無くって、こんなものまであるくらい:



じゃーん!15世紀に刷られた世界初の印刷聖書、グーテンベルクの聖書です。当時この聖書は180部が刷られたと言われてるんだけど、現存するのは48部のみ。そんな世にも珍しいグーテンベルクの聖書を保管、展示しているのがSOMが手掛けたベイネック稀覯本図書館(Beinecke Rare Book and Manuscript Library)なんだけど、この図書館も噂に違わず素晴らしかった:



大理石を薄くスライスする事により透過性を高め、それを外壁に用いる事によって太陽の光を導き入れています。



ガラスの様に透明ではない‥‥かと言って石やコンクリの様に堅く完全に閉じている訳でもない‥‥柔らかい光を導き入れ、とても幻想的な雰囲気の空間を創り出す事に成功しています。



とまあ、こんな感じでイェール大学には名建築が揃ってるんだけど、僕がわざわざ2時間半も掛けてこの大学に来たのにはそれなりの理由があります。それこそこの大学が誇るお宝中のお宝、20世紀最後の巨匠と言われるルイス・カーン設計による2つの美術館を見る為なんですね。ルイス・カーンは1960年頃からイェール大学で教えていたので、ここに彼の建築が建っててもそれ程不思議じゃあ無いんだけど、それでもカーンの建築が2つもあるっていうのはちょっと凄い。



丁度一ヶ月くらい前、Facebookのザッカーバーグが通った高校(エクセター高校)にある図書館に圧倒されて以来(地中海ブログ:ルイス・カーンのフィリップ・エクセター・アカデミー図書館(Phillips Exeter Academy Library):もの凄いものを見てしまったパート3:「本を読むとはどういう事か?」と言う根源を考えさせられた空間体験)、「もう一度カーンの建築を見てみたい!」と思っていた事もあり、無茶苦茶忙しい年末年始にも関わらず、はるばるこんな遠くまで足を運んだという訳なんです。



で、いつもならここから「建築の歩き方」に入る所なんだけど、ボストンからの高速鉄道(Amtrak)が到着する最寄り駅、New Haven Union State Stationの駅前から市内までは無料シャトルバスが出ていて、それに乗って中心街まで行き、目抜き通りを5分程歩くと簡単に見つける事が出来るので、今回は「建築の歩き方」はパス。と言う訳で、早速その目抜き通り(Chapel Street)を歩いて行くと、見えて来ました、今回のお目当ての建築が:



あれ‥‥しかも2つ‥‥同時‥‥?そ、そうなんです!実はルイス・カーンがイェール大学に建てた2つの美術館と言うのは向かい同士に建っているんですね。しかもそれら各々が処女作と遺作になっているというから運命を感じずにはいられません。更に更に、その先には何やら見た事がある建築が‥‥:



な、何とその道の突き当たりには、ポール・ルドルフ(Paul Rudolph)によるイェール大学建築学部棟(Yale School of Architecture)があるじゃないですかー!この小さな交差点を挟んだエリアに、建築史に名を残している名建築が3つ‥‥す、凄いな!



反対側から見てみます。手前のザラザラしたコンクリートがルドルフのイェール大学建築学部棟で、向こう側に見える2つの建物がルイス・カーンが設計した美術館。向かって右手方向にあるのがカーンの遺作となったイェール大学・英国美術研究センター(Center for British Art and Studies, Yale University)なんだけど、事前に調べておいた「美味しいサンドイッチを出すお店」というのが偶然にもここの一階に入っていてビックリ!



暖かいトマトスープと半分に切られたサンドイッチ、そして何よりも、甘さを押さえたチョコレートクロワッサンが美味しかった(nikonikoさんのイェール大学―ニューヘイブン生活、情報ありがとうございます!)。腹ごしらえも終わった所で、いよいよ今回の旅の目的、ルイス・カーンの建築を体験してみたいと思います。先ずは彼の処女作であり出世作ともなったイェール大学・アートギャラリー(Yale University, Art Gallery)から。



この建築は既存ギャラリーの増築となってるんだけど、石で出来た大変趣のある既存部分と、その真横に建てられたレンガ造によるファサードがなかなかの対比を創り出していると思います。



メインアプローチは街の中心部方面から道路に沿う形になるので、言われるがままに道路に沿って歩いて行くと、そこから「ふっ」と入り口に吸い込まれるかの様な、そんなデザインになっています。非常にさり気無く、そして上手いデザインだなー。



エントランス導入部分の階段と手摺の関係、そしてそこに設えられた案内掲示板のデザインも申し分ありません。この電光掲示板がコレ又カッコイイ!



アプローチには、道路に対して閉じている重いレンガ造のファサードとの対比を鮮やかにする為に、4層にも及ぶ軽い表現を伴ったガラス面が採用されています。道路側から見た時はファサードの連続性を保ちつつ、しかし同時に新しいエントランスとしての存在感は醸し出すという素晴らしい解だと思います。そして今度は中へ:



入り口を潜ると先ずは風除室があるんだけど、入った直ぐ左手側にルイス・カーンの写真が掲げてありました。前回行ったエクセター図書館にもカーンの写真や模型、平面図などが誇らしげに展示されていたし、次回のエントリで書こうと思っているイェール大学・英国美術研究センターにもカーンの写真と共に平面図を展示するスペースが設けられていたりと、概してカーン建築では「その空間を使っている人達」が、「その建築を使っている事を誇りに思っている」と、正にそんな感じを受けたんですね。その風除室を抜けて、今度はエントランスホールへと入って行ってみます。



先ず目に飛び込んでくるのは、真っ正面に対峙する丸円柱の量塊、その真ん前に建っている四角い柱、そして三角形の繰り返しで構成された天井という組み合わせ。特にこの天井の造形は凄い:



三角形が無限に連なって、何とも不思議な風景を創り出しています。



(良く知られている様に)この天井の中には照明やら配管やらと言った数多くの設備が収納されていて、更に天井から間仕切りを吊らす事によってどんなサイズの展示にも対応出来る様になっています。



つまりは設備、構造、機能といった一連のものが「大変見事なデザインによって纏められている」と、そういう訳なんです。「あー、デザインとは数々の困難な要求を一撃の下に解決する試みなんだなー」と言う、当たり前なんだけど忘れがちな基本を僕達に思い出させてくれます。さて、そこから90度右方向に転換した所に見えるのがこの風景:



大きな大きな一枚の壁がアイ・ストップになり、先程の無限に増殖するかの様な三角形で構成された天井が、その壁に向かって斜め方向に走っているのが分かるかと思います。この壁の付近には受付やら階段室、トイレやロッカーなどと言ったサービス空間が纏められ、このコア部分を挟んだ両側に展示室が展開するという空間構成となっているのですが、先ずは右手から:



大変美しい中庭と、ガラス窓から零れ落ちる光によって構成されているロビー空間。ここが又気持ち良い!



この美術館が面している前面道路は交通量が結構多くて騒音がうるさかったんだけど、丁度反対側に展開しているこの中庭は、打って変わって大変静かな空間となっていました。この心地良さは、この空間が人間的スケールに基づいているからこそ達成されるんだろうなーと思います。



前回のエントリでも書いたんだけど、カーンの建築には2つの側面があって、1つは神秘的でそれこそ神憑った空間、もう1つは人間的な暖かみを持つ空間。この相反する2つの空間が鬩ぎ合っている所にこそ、カーン建築の特徴があるのだと僕は思います。そういう意味で言うと、今回の建築の神憑っている空間を担っているのは、天井を構成している無限に繰り返される三角形なんですね。これだけ大量の三角形、しかもコンクリートで出来た三角形で構成されている空間と、それらが醸し出している質はちょっと見た事がありません。



その一方でこの天井のデザインは、晩年にカーンが展開するもっと大胆で直接的な神憑った空間と比べると「少し控えめかな」という気がしないでもありません。まあ、後年のカーンは真上からドカンと降ってくる光の筒を用いていましたからね。今度はエントランスホール入って左手方向の展示空間へと行ってみます:



真ん中に集められたサービス空間の周りに展開する薄暗い空間の向こう側には光が零れ落ちる明るい空間が垣間見えます。その光に誘われるかの様に歩いて行くと出会すのがこの風景:



全面ガラス張りの大変明るい展示空間です。ここに顕著に現れてると思うんだけど、この建築の特徴を創り出しているこの天井‥‥この天井が柱のグリッドに対して斜め方向に走っている事(=斜に構えている事)が、僕達に大変不思議な感覚を抱かせる根源になっています。そして正面を向けばこの風景:



そう、ルドルフの建築学部棟が真っ正面に見えてくると言う、このアングル!これは恰も、ここに展示されている数々の展示物と同等、「あの建築は全くもって最高の芸術作品なのですよ」と、展示物の1つとして扱っているかの様ですらあります。



ちなみに2階はアジア芸術部門となっていて、日本の芸術作品なんかが展示されてるんだけど、カーンのこの独特の空間に狩野派の屏風なんかが展示されている風景は何とも不思議な感覚を引き起こします。4階まである展示空間には階段室を使って行く事になるのですが、その階段室がちょっと凄い:



コレ又、大変力強い三角形をしたコンクリートの量塊が、丸円柱に沿ったガラスブロックからの光に照らし出され、大変神秘的な風景を創り出しています。実はこの階段にもちょっとした特徴があって、一番下の地下室ではこんな風になっているんですね:



このイェール大学のアートギャラリーは、カーンの建築の中ではどちらかと言うと人間的な空間色が出ている作品に仕上がっていると思います。「真上からの光の束による圧倒的な中心性」みたいな表現が一部には見られるものの(階段室部分)、その影響力はそれほど支配的ではないからです。そしてそれは、もう1つのカーン建築、イェール大学・英国美術館を見ると、その差異がより一層ハッキリすると思います。

ルイス・カーンのイェール大学・英国美術研究センター(Center for British Art and Studies, Yale University)に続く。
| 建築 | 10:27 | comments(1) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ルイス・カーンのフィリップ・エクセター・アカデミー図書館(Phillips Exeter Academy Library):もの凄いものを見てしまったパート3:「本を読むとはどういう事か?」と言う根源を考えさせられた空間体験
前回のエントリ、ルイス・カーンのフィリップ・エクセター・アカデミー図書館(Phillips Exeter Academy Library):もの凄いものを見てしまったパート1:行き方、前々回のエントリ、ルイス・カーンのフィリップ・エクセター・アカデミー図書館(Phillips Exeter Academy Library):もの凄いものを見てしまったパート2:全く同じファサードが4つデザインされた深い理由の続きです。

素晴らしく示唆に満ちた外観を堪能した後は、いよいよ中へと入って行きます。



入り口をくぐると、トラバーチンで出来た楕円形の階段が我々を中央部へと導いてくれます。



この階段の天井部分に開けられた梁の間からは、次に展開するであろう大空間を予感させる風景がチラチラ見え隠れしてるんだけど、これが又、未知なる空間体験への期待感を増大させかの様で、非常にドラマチックなんですね。その階段を上り切った所で現れるのがこの風景:



じゃーん!圧巻の風景とは正にこの事!



4面を正方形のコンクリート造の二重壁が取り囲み、その正方形にピッタリと収まる様に大きな大きな円がくり抜かれています。そのくり抜かれた円からは規則正しく並んだ書架が見える様になってるんだけど、(デザイン的に見たら)負のイメージを与えてしまいがちな書架を空間デザインに見事に参加させている、この手法は非常に新しい発想だと思います。そして見上げればこの風景:



巨大な十字架の形をしたコンクリートの量塊!機能的には梁なんだけど、この存在感がモノ凄い!



天空から降り注ぐ光と共に、その姿は神秘的ですらあります。いや、と言うか、これらが創り出す中心性のインパクトは「未だかつて見た事がない類いの空間となっている」と言っても過言ではありません。そしてそれと共に驚かされるのが、コンクリートと木の相性の良さでしょうか。



冷たい感じを与えるコンクリートと、暖かい温もりを与える木。これらの材料がこんなにも居心地の良いハーモニーを醸し出すなんて思ってもみませんでした。



この様な真上からの光によって中心性を創り出すって言う手法は、バロックの教会やコルビジェなんかがやってるんだけど、それらの例では光の筒の下に肌理の細かい彫刻なんかが置かれたりしていて、光がそこに反射する事によって真上から降ってきた光の粒子を視覚化しているんですね(地中海ブログ:ベルニーニ(Bernini)の彫刻その3:サンタンドレア・アル・クィリナーレ教会(Sant'Andrea al Quirinale):彫刻と建築の見事なアンサンブル)。



この吹き抜けのど真ん中には、大きな大きな木で出来た机が置かれてるんだけど、この空間があまりにも居心地が良いので、この机に座りつつ、口とか開けながら「ボケー」と1時間近くも居座ってしまった(笑)。



しかも天井の一点だけを見つめながら‥‥。端から見たら完全に危ない人、間違い無し(笑)。良い子のみんなは真似しない様に(笑)。でも、それほど印象的な空間なんですよ、この図書館の吹き抜けは!

まあ、とは言っても、何時迄もこの空間だけを見ている訳にもいかないので、渋々ここを立ち去る事に。で、四隅に配置されている階段を上って先ずは2階へ。階段室を出た所から見える風景がこちらです:



さっき下から見た円がこんな風に見えるんですね。で、これを見ている内に非常に面白い事に気が付いちゃいました。‥‥あれ‥‥これはもしかして‥‥。3階へ行ってみます。そこから見えるのがこの風景:



ふむふむ。そして4階へ:



‥‥皆さん、お解りになったでしょうか?

どういう事かと言うと、ルイス・カーンは、正方形の中に切り取られた円と、そこから見える規則正しく並んだ書架の見え方(関係性)を通して「我々が今一体何階にいるのか?」、それを教えようとしているのです!その証拠がこちらです:



5階へ行くと、丸い円が終わり、そこから中央吹き抜けの風景は殆ど見えなくなり、更に6階へ上がっていくと、そこからは全く何も見えないにも関わらず、大変不思議な窓が「ピョコ」っと開いてるんですね:



ほら。この不思議な窓から見えるのは、先程下から見た大きなコンクリートの量塊で出来た十字架、そしてそこに零れ落ちる光の粒子です。この様にしてカーンは、ともすれば均一になりがちな図書館という建物の中で、我々の現在位置を確認させようとしているのです!

フムフムとか思いながらこの吹き抜けを見ていたのですが、上から見ていたら、とある大変面白い事に気が付きました。



吹き抜けの周りに配置されたこの特徴ある家具は実は本棚になっていて、そのちょっとした奥行きを利用して、そこに本を広げたり、立ち読みしたりする事が出来るスペースが作られているのです。



真っ正面に見える神懸かり的なコンクリの量塊=十字架から降ってくる明かり、それに照らされている正方形の壁にすっぽりとくり抜かれた真円の風景を見ていたら、物凄く神秘的な気持ちにすらなってきます。



「この建築でルイス・カーンがやりたかった事、それはこの圧倒的な中心性に支配された吹き抜けなんだろうなー」と思っていたのですが、実はこの後、僕は全く予想もしなかった体験をする事になります。そう、この圧倒的な風景を前に、「この建築は見終わった」と勝手に思い込んでいた僕に訪れた驚き、そしてその驚きと共に訪れた喜び‥‥。それが窓際に展開されていた光景だったのです。それがこちら:



外壁に沿って規則的に開けられた1つ1つの窓毎に机が並べられてるんだけど、これらの机と壁、そしてそこに零れ落ちる光が創り出している空間の心地良い事!



上段に名一杯とられた窓から差し込む陽の光が、包み込む様な暖かさを醸し出し、更に1つ1つの机には小さな窓が付いていて、そこから自分だけの景色を切り取る事が出来るんですね。



又、その小窓を開け閉めする事によって、光の調整も出来ちゃうんです!



ここには先程見た圧倒的な空間、正に「神憑った」と言える吹き抜けとは全く正反対の「ヒューマンスケールを大切にした、非常に人間的な空間」が広がっています。



これはそう、まるで4年前のロンドン旅行の際に見たジョン・エヴァレット・ミレイが描いた絵画の背景の様ですらあります(地中海ブログ:ロンドン旅行その2:Sir John Everett Millais(ジョン・エヴァレット・ミレイ))。



2対一体となった三角形の衝立てで仕切られた机のデザインや、その机と窓との関係性、更には上から吊られている電灯のデザインなど、要所要所に物凄いデザイン力が見て取れるんだけど、それよりも何よりも、この親密空間は、「ここで読書をしてみたい」という気を起こさせる空間、つまりその様なアクティビティを引き起こさせる空間となっていると思います。その中でも「ちょっと面白なー」と思ったのがコチラ:



幾つかの机には名前のラベルが貼ってあって、そこにはアイドルのポスターが貼ってあったり、机がお花で飾られていたりと、各々が個室化され、個人の指定席が存在していました。まあ、勿論全ての生徒に机が割り当てられる訳ではないので、高校3年生だけとか、何かしらの制約があるとは思うのですが、それにしてもこんなに居心地の良い図書館だったら、さぞかし勉強もはかどるんだろうなー。僕の高校にもこんな素晴らしい図書館があったら、もっと成績が良かっただろうに‥‥とか呟いてみる(笑)。



この読書スペースには2層一対のメゾネット形式が採用されていて、その為下の階では非常に天井が高く、それだけガラス窓も大きいので、お日様の光を存分に取り込める様になってるんだけど、それと同時に、それを支えるレンガ造の柱の創り出すリズム感、それらと木との取り合いのデザインなど、見れば見る程、素晴らしいデザインが展開している事に気が付きます。



その中でも素晴らしかったのがコチラです:



4階の北面に用意されていた空間なんですね。ここには暖炉があり、ソファが置かれて寛げる空間となっていました。



大きなガラス窓1つに対して1つのソファが置かれ、正に自分だけの空間を創り出す事を可能にしています。



この大きな窓の直ぐ脇に設えられた本箱が、ここに座って本を読むという行為を促進し、更には本を読む心地良さを通して、「本を読むとはどういう事なのか?」、「読書とは人生にとって一体どんな意味があるのか?」という事を真剣に考えさせられるかの様ですらあります。



今回、僕は初めてルイス・カーンの建築空間に身を置いてみたんだけど、彼の建築が世界中で熱狂的なファンを生んでいる訳、50年近くたった今でも絶賛されている理由が少し分かった様な気がします。その空間体験を通して、その建築空間機能の意味、そこで展開されるアクティビティの根源を考えさせられる、こんな体験は滅多にある事ではありません。

素晴らしい!本当に素晴らしい体験でした!星、三つです!
| 建築 | 00:07 | comments(4) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ルイス・カーンのフィリップ・エクセター・アカデミー図書館(Phillips Exeter Academy Library):もの凄いものを見てしまったパート2:全く同じファサードが4つデザインされた深い理由
前回のエントリ、ルイス・カーンのフィリップ・エクセター・アカデミー図書館(Phillips Exeter Academy Library):もの凄いものを見てしまったパート1:行き方の続きです。ボストン市内北駅から電車で約1時間ほど行った所にあるExeter駅を出て、更に15分ほど歩くと僕達を出迎えてくれるのがこの風景:



緑豊かなキャンパスの中に、レンガ造の校舎と調和をなすかの様に建っている四角い形をしたごくごく普通の建築、これがルイス・カーンの傑作、エクセター図書館の佇まいです。一見何の変哲も無い、正に「何処にでもありそうな建築」なんだけど、よーく見てみると、その外観からしてもう既にこの建築が普通じゃない事が分かります。



各面を構成するファサードが恰も独立面であるかの様に本体部分から切り離され、それ自体で自立しているかの様な表現をとっているんですね。先ずはこの「独立面である」という事を強調するデザインが結構面白い。



四角形の隅と隅を直に合せず、「面である」という特徴を保持する為に一歩下がった所で斜めに2つの面を繋いでいます。この斜めに切られた部分には階段やらトイレやらと言った空間が収納されている事が容易に推測出来ます。外観から内観のプランを簡単に想像出来るという事、カーンはサラッとやってるけど、これはこれでかなり凄い事ですよね。このさり気無さが溜まらない(笑)。次にファサードの構成を見てみます。



規則的に並んでいる長方形の大きな大きな窓は、よく見ると、1つの窓が上下2つの部分から構成されている事が分かります。



上半分は大きな一枚ガラス、下半分はコレ又2つの部分に分割されていて、上部はガラス、下部は明るめの色の木で構成されています。



それらガラスと木が銀色のアルミを介して繋がれてるんだけど、赤褐色のレンガと温もりを感じさせる木が素晴らしいハーモニーを醸し出し、正に一本の線すらも動かし難い程のデザインクオリティを実現しています。



今度はちょっと離れた所から見てみます。ファサードは大きな窓を単位として、それが5層積み上げられる事によって構成されているのですが、それらの窓のデザインが一番上と一番下とで違う表現をとっている事に気が付きますね。先ずは上から:



レンガ造という一見重たくなりがちなその表現を軽く見せるかの様に、一番上の部分に開口が設けられ、そこから真っ青な空が見え隠れしています。



逆に足下に目をやれば、こちらには何やら列柱で構成されているコロネードが展開してるっぽい。



つまり、四角形の窓という単純な形の繰り返しを基本としつつも、そのリズムを崩さずに、上と下とで違う表現をとっている訳ですよ!これら全てが一体となり、図書館を取り囲む4つの面を「独立した面」として扱う事に成功しているのです。

フムフムと思いながら、取り合えず図書館の周りをグルッと回ってみます。実はこの図書館、遠くから見た所では、4面とも全く同じ形、同じファサードをしているので、何処に入り口があるのか分からない様になっているんですね。もう一度回ってみます。



‥‥やっぱり何も無い‥‥不思議だ‥‥。と言うのも、ルイス・カーンという建築家は(大変良く知られている様に)「建築の初源」というものをトコトン突き詰めた上で建築デザインをする事で知られているからです。そんな人が何故、その建築との出逢いにとって最も重要な機能とも言える入り口を隠したのか?

‥‥僕は腑に落ちない事があると分かるまで考えないと気が済まない性格なので、「何故だろう?」と思ってしまったら最後、その後1時間近くを掛けてこの図書館の周りをグルグルと周り始める事になっちゃいました(笑)。で、20週くらいした時の事、ふと思いました:

「あれ‥‥実はルイス・カーンって、僕が今しているみたいに、訪問者にこの図書館の周りをグルグルと回って欲しかったんじゃないのかな?」

と。そう、彼は多分、訪問者にアプローチから直接図書館の入り口へ向かって欲しかったのではなく、周りをグルグルと回って欲しかったのだと思います。

何故か?

それは、彼独特の建築哲学である「初源に返る」という事を考慮すると、「本との出逢いを深める為」もしくは、「本との出逢いの為に心を落ち着かせる為」と言う事になるんだろうけど、ここではちょっと別の解釈を試みたいと思います。もう一度回ってみます。先ずは正面から:



その裏側:



又その裏側:



最後の面:



全く同じでしたね(笑)。

ちなみに下の写真は上と同じ4面を夕方に見た所(僕は本当にねちっこい性格なので、朝昼夕と各1時間くらいずつグルグル回っていたのです。良い子のみんなは真似しない様に。変人に間違われます(笑))。先ずはこのエントリの一番上の写真と同じアングルから:



そしてその裏側から見た所:



何が違うか分かりますか?

建物は同じです。建築のデザインも同じです。何故なら建物は動かないし、そのデザインはどうやったって変わらないからです。しかしですね、その一方で、南側と北側、西側と東側とでは明らかにファサードの印象が違います。特に朝方と夕方とでは、そのファサードは全く違うものになっている事に気が付くかと思います。

何故か?

何故ならそれは建物の背景を成す自然が動いたからです。主役である筈の建物(図)の背景(地)が動いたから、全く動かない筈の建物の印象が劇的に変わったのです。

この建築を通してカーンは一体何が言いたかったのか?

それは「自然とは見方によってこんなにも違うんだよ」、「世界とは見る角度によって同じものでも全く違う様に見えるんだよ」と、そういう事を言いたかったんじゃ無いのかな?それが言いたいが為に、ルイス・カーンという建築家はわざわざこの図書館の4面を全く同じデザインにしたのです。動かない建築の周りの自然を動かす事によって、同じであるはずの建築ファサードに変化を付け、その様な差異を通じて、この世の摂理を教えようとしたのです。

間違っちゃあいけないのは、これはあくまでも僕の解釈であるという事、そして僕はこの様にしてこの建築を理解したという事です。



この解釈が合っているか?間違っているか?、何が正解で何が不正解なのか?なんて事は全くどうでも良い事なのです。そもそも建築の解釈に正解なんて存在しないのだから。大事なのは、この様な自分なりの解釈をどう自分の中に吸収し、それをどうやって今後の作品や人生に活かすかという点だと思います。

ルイス・カーンという建築家の建築を見ていると、不思議とそんな大それた事を考えてしまいます。いや、考えさせられてしまいます。この建築は一筋縄ではいかない、そう僕に思わさせてくれる程、奥が深い建築なのです。

ルイス・カーンのフィリップ・エクセター・アカデミー図書館(Phillips Exeter Academy Library):もの凄いものを見てしまったパート3:内部空間編に続く。

P.S.
さっき銀河鉄道999の最終回を見てたんだけど、そうしたらこんなやり取りがされていてビックリ:

 

メーテル:(手紙で)「鉄郎‥‥とうとうお別れの日が来ました。あなたが独り立ち出来た時が、あなたと私の別れの時でもあるのです。いつかは必ずこの日が来る事を覚悟しながら、私は旅を続けて来ました‥‥」

ナレーション:「人は言う、999は少年の心の中を走っている列車だと。鉄郎はふと思う。鉄郎の旅は、はじめから鉄郎一人の旅ではなかったのだろうかと。メーテルは鉄郎の青春を支えた幻影。沢山の若者の胸の中で生まれ、通り過ぎてゆく明日への夢。

いま万感の想いを込めて汽笛が鳴る。
さらば鉄郎。
さらばメーテル。
さらば銀河鉄道999。
さらば少年の日よ‥‥」


な、何―!メーテルは青春の幻影だったのか!若者にしか見えない時の中を旅する女だったのか! 永遠に生きられる機械の身体が良いのか?もしくは短いけれども、短いが故に一生懸命生きられる生身の身体の方が人間として幸せなのか?っていう、恐ろしく深いテーマを掘り下げている銀河鉄道999。ここにきて、メーテルまで青春の幻影だったとは‥‥。何処まで深読み出来るんだ、この漫画(笑)。

やっぱりもう一度きちんと読み直す必要あり。バルセロナに帰ったらゆっくりと読み直そう。
| 建築 | 09:49 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ハーバード大学デザイン大学院(GSD)の製図室がちょっと凄い:創造力/想像力を促進するかの様な空間構成
先週末、バルセロナでは毎年恒例のオープンハウスが行われていました。



オープンハウスとは一体何か?と言うとですね、普段は絶対に入る事の出来ない個人所有の建築やら公的機関が所有しているお宝建築なんかを2日間だけ一般市民に公開しちゃおうっていう、建築好きには溜まらない企画の事なんですね。僕もこのお祭りは毎年凄く楽しみにしてたんだけど、当然今年は行く事が出来ず(悲)。Twitterで在バルセロナの人達がとっても楽しんでいる様子をただ眺めてるだけ。いわゆる昔一世を風靡した「見てるだけー」ってヤツです(笑)。

 

バルセロナのオープンハウスで公開されている建築で個人的にオススメなのは、セルトがデザインしたパリ万博スペイン共和国館(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その3:ホセ・ルイ・セルト(Josep Lluis Sert)のパリ万博スペイン共和国館)、同じくセルトが設計したバルセロナの山の手に建つ集合住宅(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その2:ホセ・ルイ・セルト(Josep Lluis Sert)の集合住宅)、普段は絶対に入る事が出来ないガウディ設計のテレサ女学院(地中海ブログ:オープンハウスその4:ガウディのパラボラ空間が堪能出来る、サンタ・テレサ学院(Collegi de les Teresianes))、これ又普段は絶対に入る事が出来ないガウディの影武者ジュジョール設計による集合住宅(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN):ジュゼップ・マリア・ジュジョール(Josep Maria Jujol)のプラネイス邸(Casa Planells))、そしてカタルーニャ現代建築界を代表すると言っても過言ではないジョセップ・リナスによる病院建築(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その1:ジョセップ・リナス(Josep Llinas)のInstitut de Microcirurgia Ocularに見る視覚コントロールの巧みさ)と言った所でしょうか。



さて、今日は先日行われたガリシア州議会選挙とバスク州議会選挙の結果分析、そして来月末に行われるカタルーニャ州議会選挙の見通しなんかを書こうと思ってたんだけど、バルセロナのオープンハウスの話を聞いてたらやっぱり建築の記事を書きたくなってきたので、今日は先週、先々週とカンファレンスの為に訪れたハーバード大学デザイン大学院(GSD)の話題を取り上げたいと思います。



GSDは建築、ランドスケープそして都市計画(アーバンデザイン)の3学科からなるデザイン専門の大学院となっていて、3つの学科が合併され現在の形になったのが1936年の事。それ以来世界各地から毎年トップクラスの学生達を惹き付け続け、建築界のリーダーを数多く排出している事で知られています。



そんなGSDの本拠地はハーバード大学構内を横切る様にして10分ほど北東に行った所、ハーバード大学美術館(Harvard Art Museum)やコルビジェの設計で有名なカーペンターセンターがあるエリアに位置しています。



ハーバード大学はアメリカで最も古い大学の1つに属しているので(1636年設立)、さすがに校舎はどれもこれも風格の漂うものばかり。濃い緑と赤レンガ主体の校舎の対比が本当に素晴らしい:



寝転がってお昼寝をしたくなる、そんな青々とした芝生と、燦々と零れ落ちるお日様の光が、眩しいくらいの風景を創り出しています。



そしてこの濃い緑に囲まれた赤煉瓦の校舎群を抜けると現れるのが今日の主役、ハーバード大学デザイン大学院の建物です:



GSDが入っているGund Hallと呼ばれる建物は、先程見た歴史を感じさせる重厚な校舎とは一転、5階建て鉄筋コンクリートによるハーバード大校舎の中においては一風変わったデザインとなっています。



背の高いピロティに支えられ、非常にダイナミックな構成になっていますね。まあ、でも特にコメントする事は無いかな‥‥。今度は側面へ回ってみます。



こちら側は、何やら急勾配を伴った大三角形が主役の造形。



正面玄関近くには、灰色のコンクリートにオレンジ色を主体とした大変印象的な看板が掲げられていました。この辺は流石にデザイン関連の大学院だけの事はある。この看板を横目に見つつ、イヨイヨ中へと入っていってみます。



入り口を入って直ぐの所には、エントランスホール兼展覧会が出来るスペースが設えられてるんだけど、ちょうど今、菊竹清訓さんの展覧会(Tectonic Vision Between Land & Sea: Works of Kiyonori Kukutake)が行われてて(10月16日まで)、スカイハウスやら東光園やら個人的には大変懐かしい模型や写真が所狭しと並べられていました。



ちなみにその関係で、先々週は伊東豊雄さんの講演会が行われ聞きに行って来たんだけど、流石に世界のToyo Itoの人気は凄まじく、500人は収容出来ると思われる大ホールでも立ち見が出るくらいの大盛況振り!今回の講演会の内容は自作の解説といったものではなく、「菊竹さんから継承した事」といった一風変わった内容でした。と言うのも、当初の予定では菊竹さんご自身がスピーチを行うはずだったらしいのですが、それが叶わなくなってしまった為、急遽弟子である伊東さんが代理講演を行ったという経緯なのだとか。

という訳でこの展覧会を見つつ講演会も聴きつつ建物内をグルグルと回ってみる事に。そしてこちらがハーバード大学デザイン大学院が誇る驚きの製図室の風景:



じゃーん!そう、何とこの製図室、お茶畑の様に段々状になっていて、上から下まで5層吹き抜けの大変気持ちの良い大空間になっているんですね。



しかも天井も側面もその殆どの部分がガラス張りなので、内部空間には燦々と陽が注ぎ込み、更に大空間を覆っている大屋根に急勾配が付いている事などから、この空間のダイナミックさにより一層の拍車を掛けているという構成になっています。この空間を下から見上げてみるとこんな感じ:



大屋根の下に集められたこの一体感はちょっと凄い。



で、ここからがGSDの教育システムの面白い所なんだけど、この大学院では所属している500人前後の大学院生一人一人にかなり大きめの作業スペースが与えられてて、それら全ての作業スペースが(上述した様に)1つ屋根の下に集められていると言う構成になっています。



だからGSDでは学年や専攻に関係無く、「誰がどんな事をやっているのか?どんな計画を練っているのか?どんな事を考えているのか?」なんて事が一目瞭然、手に取る様に分かると言う訳なんです。このシステムが優れているのは、各自の机に置いてある作業中の模型やらプランやら興味深いものを見付けたら、直ぐに話し掛ける事が出来るという点かな。その人の机の所まで行けば良いだけですからね。それに自分の作品が興味深いと言ってくれる人を邪険に扱う様な建築家は先ずいないと思いますし。



この製図室は、その様な生徒間、もしくは生徒と教授間のコミュニケーションを促進し、そして正にその事を通して生徒一人一人の創造力/想像力を刺激する理想的な教育システムを「空間として」体現しているのです!



一階部分にはカフェや軽食を採る事が出来るスペース、そして大きなソファーが置かれたみんなでリラックスしながら議論が出来るスペースが用意されています。



地下には大きな大きな模型室、そしてシャワー室なんかも完備されていました。



一転、上の階の奥の方には講評会や授業などが出来るスペース、教授室などが配置されています。



建築専門の図書館もこの建物の中に入ってて、設計の資料などに困ったら1分足らずで自分の作業スペースから本を探しに行く事が出来るという利便性。設計をした事がある人なら分かると思うけど、これはかなり嬉しい環境です。設計が好きな人にとっては、正に天国と言っても良いのでは無いでしょうか?



この空間に身を置いていると、何故GSDを卒業した人達が世界各国で活躍しているのか?そして何故彼らが固い絆で結ばれているのかが分かる様な気がします。何故ならこの空間は、辛くそして楽しい学生時代の体験を「集団として共有させる事」に成功しているからです。

‥‥僕が未だ大学生の頃、僕に建築の基礎を教えてくれた渡辺先生が良くこの空間の事を熱心に話してくれた事を今でも覚えています(ちなみに渡辺先生もGSDのご出身)。その時渡辺先生が言われていた事が、「あの空間はねー、みんなで喜怒哀楽を共有するという、その人の人生にとって掛替えの無いものを提供しているんだよー」と繰り返し言われていました。その時は未だ僕も建築の右も左も分からなくて「あー、そんなものなのかなー」くらいにしか思って無かったんだけど、あれから10数年、今回この空間を実際に訪れる機会に恵まれて初めてあの時渡辺さんが言われていた事が身を通して分かった様な気がします。と同時に、こんな空間で建築が学べ、そして掛替えの無い友達を作る事の出来るGSDの学生達をちょっと羨ましくも思うかな。

ハーバード大学デザイン大学院GSDの「強さの秘密」をちょっとだけ垣間見た、そんな気がした昼下がりでした。
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