地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
ローマ旅行2015その4:ベルニーニ(Bernini)の彫刻:サン・フランチェスコ・ア・リーバ教会(San Francesco a Ripa)にあるルドヴィーカ・アルベルトーニ(Beata Ludovica Albertoni)
前回のエントリで書いた様に、今回ローマへ来たのは仕事がメインだったんだけど、その合間に目一杯観光しようと思い立ち、いの一番で訪れたのがベルニーニ(Bernini)の作品、サン・フランチェスコ・ア・リーバ教会(San Francesco a Ripa)にある福女ルドヴィーカ・アルベルトーニの彫刻(Beata Ludovica Albertoni)だったんですね。



8年前、初めてローマを訪れた際に「たまたま」見かけたこの彫刻との出会いは、僕に今まで感じた事の無い深い感動を呼び起こしました。その時はじめて、彫刻の素晴らしさ、ベルニーニの偉大さの片鱗を見たような気がしたんですね。



トラステヴェレ地区(Trastevere)の片隅に建つ小さな教会堂の左祭壇一番奥に、このベルニーニ晩年の最高傑作は眠っています:



左側の窓から差し込む柔らかい光に照らされて、暗い教会堂内部でここだけが鈍く白く光っています。ベットに横たわっている福女アルベルトーニさんの表情は苦しんでいるようにも見え、また喜んでいる様にも見えます。



顔の表情や手のしぐさといった身体全体でそんな感情を表しているかのようなんですね。



そんな決定的瞬間を捉えた「一コマ」は、この女性の感情がまるで内面から滲み出てきているかのような、そんな表現の極地に達しています。そしてこちらが、いまにも動き出しそうな服の襞の詳細:



コレが本当に素晴らしい。硬い石をこんな風に柔らかく見せる事が果たして可能なのか?と思わせる程の技です。



と同時に、ある種過剰とも言える服の襞の表現は「光の視覚化装置」としても機能している事に気が付きます。彫刻の表面が服の襞などによって波打っていることによって、窓側に近い部分では光が強く、遠ざかるに従って段々と弱くなっていくという光の移行を目に見える形=ヴィジュアリゼーションしてくれているんですね。

もう一つ僕が面白いなーと思ったのは、この彫刻の色彩です。今まで見た彫刻は、そのほとんどが真っ白だったのに、この彫刻には色が付いています。そしてこの彫刻の色と仕上げの質の違いによって階層を表現しているんですね。先ずは最下段の毛布の部分。ここに上の部分とは区別されるかのように、赤っぽい色の大理石が使われています。更に衣服の襞に比べ幾分「おおあじ」な襞表現にする事によって、上との区別を付けているかのようなのです。



その毛布とアルベルトーニさんの服の間にあるのがベットのシーツ部分。ここは流れるようなツルツルの表現にしています。そしてその上に載る福女アルベルトーニさんという階層分けをしているのです。



いずれにしてもベルニーニの彫刻の素晴らしい所は「ある種の瞬間」を的確に捉えている事だと思います。そして「パシャ」と撮った正にその瞬間の場面から、その前後の物語がまるで走馬灯のように展開していく‥‥。



動かないが故に、(その瞬間を捉える事によって)動きを展開すること。そう、これこそ彫刻の真骨頂であると教えてくれる彫刻、それがベルニーニの彫刻なのです。

(注)僕はこの教会に3日間通いました。朝早く(8時頃)3回、10時頃1回、そして午後5時頃1回。

この彫刻を見るベストの状態はやはり自然光だと思います。祭壇下部にライトが付いているのですが、ライトは光が強すぎて光の陰影などが楽しめません。この教会堂は午後の部は16時に開くのですが、開くと同時に神父さんがライトを付けてしまう(多分、我々観光客の為に配慮してくださって)ので、お薦めではありません。更に、午前10時頃に行った時は丁度ミサが終わる直前だったのですが、終わると同時に神父さんがライトを付けてくださいました。多分、ライトを消してくださいと言えば消してくれるとは思うのですが、ナカナカ言いにくいですね‥‥。朝早く(8時頃)に行った時は誰も居なくてライトも付いてなく、最高のコンディションで彫刻を鑑賞する事が出来ました。と言う訳で朝一番がお薦めです。

この教会は今でも使用されている教会で、多くの信者の皆さんがお祈りに訪れています。我々はあくまでも「見学させて頂いている」という事を忘れないよう、お祈りの邪魔にならないように心がけましょう。その旨、教会の入り口に書いてあります。
| 旅行記:美術 | 14:36 | comments(1) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
スペイン統一地方選挙2015
昨晩はヨーロッパ中を巻き込んだ真剣勝負、欧州の紅白歌合戦と名高いユーロビジョン2015が行なわれました。
←「ユーロビジョンとは何か?」についてはコチラ:地中海ブログ(ヨーロッパの紅白歌合戦ユーロビジョン2012)。

欧州26カ国(+オーストラリア)を巻き込んだ熱き闘いは午前1時まで続き、今年はスウェーデンの勝利に終わったんだけど、ヨーロッパ在住日本人のTwitter上で話題騒然となっていたのがこちらです:



マツコ・デラックスにそっくりのセルビア代表のボヤナ・スタメノヴさん(笑)。彼女が登場した瞬間から、「マ、マツコだーーー」というつぶやきがTLを埋め尽くし、もうみんなその話題で持ち切りでした(笑)。

そんなお祭り騒ぎとは打って変わり、スペインでは今日(5月24日)スペイン統一地方選挙が行なわれました。今回の選挙では、どの都市でも左派系が非常に勢力を伸ばしていた為に、マドリードやバルセロナを始めとする大都市で政治勢力の大きな革新が行なわれると見られているんですね。

そして、今夜イベリア半島で行なわれるこの選挙は、欧州中で勃興してきている左派勢力の今後の動きを占う前哨戦と見なされている為に、ヨーロッパ中が固唾を飲んで見守っているという状況となっています。

もっと言っちゃうと、欧州の左派勢力がバルセロナに期待しているのは、ラテンアメリカの改革でポルトアレグレが担った役割を果たしてくれるのでは、、、ということなのです。

だからスペインの保守系メディアは、PODEMOS(左派)をベネズエラと重ねながら異常とも言える批判を繰り返すんですね。例えば、CiUがバックについてるLa Vangurdia紙なんかは、「バルセロナで力を付けてきている統一左派戦線(Barcelona En Comu)はビンラディンが愛読していた本の著者、チョムスキーが支援している」とかいう記事を掲載したりするわけですよ。

更に更に、個人的に非常に興味深いのが、今回の選挙の台風の目となっているBarcelona En Comuから立候補しているメルセデスちゃんとムンタネールさん。メルセデスちゃん、実は僕がバルセロナ市役所で働いていた時の同僚で隣の席だった子(笑)、ムンタネールさんは現役の建築史家で、バルセロナの都市計画(バルセロナモデル)を扱った僕の修士の公開審査に駆け付けてくれた仲だったりします。

‥‥と、そんなことを書いていたらそろそろ結果が出てきたようです。

予想通り、バルセロナでは統一左派戦線(Barcelona En Comu)が勝利した模様。第二党にはCiU(カタルーニャ保守)が付けています。

詳しい結果と分析などについては結果が全て出揃った明日以降に回すとします。

追記:
今回の統一地方選挙の結果によってスペインの政治状況はこんな感じになりました:



今回の選挙の一番の特徴はPODEMOSを中心とした左派系の弾頭と国民党(PP)の大敗北。特に24年間守ってきたマドリード市の政権交代はPPにとって大きな痛手。そしてバルセロナ市の政権交代。バルセロナ市については、フランコ政権後35年近く労働左派党(PSC)が長期政権を維持していたので、2011年から続いていたCiU(カタルーニャ保守党)による右派政権の方が寧ろ異常事態だったと思います。そういう観点から言うと、今回の選挙で左派系が政権に戻ってきたのはバルセロナ市にとってみれば機能が正常化する、、、と言えない事もない。しかし戻ってきたのがPSCではなく統一左派戦線(Barcelona En Comu)だったということが事態を混乱させているかな、、、と。

PSC内部では当然「自分たちが」という思いが強かったはずで、まさか自分たち以外の左派系が政権を握るなんて予想もしていなかったのでは、、、。

とは言っても、今回、Barcelona En Comuが獲得した議席は11議席なので、過半数の21議席には遠く及ばず、他の政党との連立が予想されています。

個人的に懸念しているのは、Barcelona En Comuのメンバーの殆どが政治には全くのど素人という点。上述の僕の友達に始まり、建築史家(大学教授)などが集まった(政治的には)素人集団ですからね。

まあそれでも、経済効率だけを優先するが為に、街中の伝統的な老舗を潰す政策を取り入れたり、観光客を惹き寄せる為に、それまでは専用住居だった所を格安ホテルに変えたりといった、CiUの無茶苦茶な政策にはこれで一先ず蹴りがつきそうなのは嬉しい限りです。

| スペイン政治 | 06:31 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
国際博物館の日2015:リニューアル後のカタルーニャ美術館(MNAC)
毎年5月18日は「国際博物館の日」ということで、先週の土曜日はバルセロナ市内に点在する80を超える博物館・美術館が午後19時から午前1時まで入場無料でした。



このイベントは40を超える地域で開催されていた為、週末の夜を博物館・美術館で楽しく過ごした人達が世界中で大勢いたことだろうと想像します。



カタルーニャ美術館(バルセロナ)では、午後22時を回った頃から音楽が流れ始め、ホールが巨大ディスコに様変わり!みんなで楽しげにサルサを踊って夜を更かしたんですね。ちなみに上の写真は午前0時を回ったところを撮影したもので、この宴が午前1時まで続くという熱狂振り(笑)。いつものことながら、「カタラン人達の人生を楽しむエネルギー」には驚かされます。 ←多分、人生を楽しむことに掛けてはカタラン人の右に出る民族はいないんじゃないのでしょうか?そして僕がいつも感心してしまうのは、その為の装置やインフラが、市側(官)によって整備されているということ。そう、この街ではバルセロナという都市全体が、「人生を楽しむ為にデザインされている」かの様なのです。

今回の「真夜中の博物館」という企画もその一つで、グローバルに展開してるそのイベントを、ローカルな事情に合わせているところが大変興味深いかな、、、と。世界広しと言えども、夜中の1時まで博物館・美術館を開放している地方は少ないと思うんですね。一見どこの地域においても同じに見えるイベントの中に「ちょっとした差異を発見する」、そのちょっとした違いのことを我々は文化と呼んでいるのです(地中海ブログ:バルセロナで売ってるプリングルズの生ハム味に見るグローバルとローカルの問題)。



という訳で、今年はモンジュイックの丘の上に聳え立つカタルーニャ美術館に行ってきました。去年、ディレクターが代わり、美術館全体に及ぶ大規模なリニューアルをしてからは初来館です!
←館長選出については一悶着あったみたいで、結局、元ピカソ美術館の館長だったセラさんが就任されたみたいです。セラさんと言えば7年前にピカソ美術館の館長に「突然」抜擢された際、「ナルシス・セラ(民主化後初のバルセロナ市長であり、スペイン副首相も勤めた大物政治家)の甥だからだろう」と、カタルーニャ社会全体を巻き込んだ大論争が記憶に新しいのですが、その批判をバネに次々と新機軸を打ち出し、ピカソ美術館を未だかつてないほど魅力的にした行動派。その辺の事情については、以前の記事に書きました(地中海ブログ:バルセロナ・ピカソ美術館の企画展:「秘められたイメージ:ピカソと春画」その1:ピカソ美術館が好企画展を連発する裏事情)。

さて、カタルーニャ美術館のリニューアルに伴い、僕が大変楽しみにしてきた作品がこちらです:



1978年にバルセロナのIBM社屋の為にジョアン・ミロが製作したセラミックの壁画なんですね。ミロ独特の世界観がセラミックのねっとりとした質感と相俟って、非常に不思議な雰囲気を醸し出しています。



後ろでは学芸員のかたがJosep Llimonaの彫刻を丁寧に説明されていました。そう、国際博物館の日に伴う真夜中の博物館イベントでは、各博物館・美術館の学芸員の方々が15分おきくらいにツアーを敢行し、各博物館・美術館が保有するコレクションの魅力を存分に説明してくれるのです!

そんな中、今回のリニューアルで非常に嬉しかったのは、Fortunyの作品が増えていたことかな。



カタルーニャ出身の画家としては、ピカソ、ダリ、ミロなどを始め、ルシニョール(Santiago Rusiñol)やラモン・カザス(Ramon Casas)などが知られていると思うのですが、大変不思議なことにMariano Fortuny(マリアノ・フォルトゥーニ)ほどの画家が何故か日本には全く紹介されていないのです。



カタルーニャ美術館では以前は6点前後が展示されていただけだったのに、今回のリニューアルに伴い展示作品数が20点前後に増えていました。これは大変嬉しい誤算!

と、テンションが上がってきたところで、一階のロマネスク部門へGO!



ロマネスク・コレクションの数と質で世界的に知られてるカタルーニャ美術館なのですが、ここのロマネスク・コレクションが素晴らしいのは、その展示方法にも起因していて、来館者にオリジナルの気分を味わってもらおうと、教会のアプスを作って、そこに展示するという工夫をしています。



教会の小窓とかも忠実に再現してあって、あたかも本当に現地に来ているかの様な気分に。裏側はこんな感じになっています:



祭壇の前面部分を飾る板絵のコレクションも素晴らしい。数多ある板絵の中でも、僕のお気に入りがこちらです:



ドゥロ(Durro)のサン・キルク聖堂に飾られていた板絵です。3世紀の末頃、シリアで殉教した聖女ユリッタとその息子である聖キリスクを描いた板絵なんだとか。へぇー、へぇー、へぇー。



熱湯でグツグツと煮られたり、ノコギリで切り刻まれたりと、テーマ的にはかなり残酷なんだけど、それがコミカルに、、、というか、ロマネスク風に描かれると、かなり微笑ましく見えてくるから不思議です。そしてこちら:



ラ・セウ・ドゥルジェイの教区教会にあった祭壇板絵(12世紀初頭)。12使徒をピラミッド状に配置した構図といい、黄色と赤色を基調とする鮮烈な色彩が魅力的。お次は壁画:



ラ・ギンゲタのサンタ・マリア聖堂の壁画。6翼多眼の天使セラフィムが素敵すぎる。



よーく見ると、翼に付いた眼がかなり不気味なんだけど、なんか微笑ましい。そしてそして、このカタルーニャ美術館が誇るお宝中のお宝がこちらです:



タウイのサン・クリメント聖堂の内陣を飾っていた「栄光のキリスト」の登場〜。「我は世の光」と記された書物を持っています。

こんな素晴らし過ぎるロマネスク美術なのですが、カタルーニャが自国のお宝に意識的になったのはごく最近、しかもそれは「再発見されたものであった」ということは以前のエントリで詳しく書いた通りです(地中海ブログ:国際博物館の日(International Museum Day):世界屈指のロマネスク美術コレクションが凄いカタルーニャ州美術館(MNAC)



カタルーニャのロマネスク研究は、モデルニスモ期の建築家、プッチ・イ・カダファルクが1909年から1918年にかけて表した大著「カタルーニャのロマネスク建築」という本がその基礎を築いたということになっていて、フェルナンド・ブローデルなんかも「地中海」の中で言及していたりするんですね。



しかしですね、実はそれ以前にロマネスク研究の筋道を付けた人物がいたということは案外知られてなくって、近年進んでいる現地での研究成果によると、その道筋を立てたのは、プッチの師匠でありガウディのライバルでもあったドメネク・イ・ムンタネールであったということが明らかにされつつあります。



上の写真は、19世紀当時のサン・クリメント教会の「栄光のキリスト」が当時 どの様に扱われていたかを生々しく表しています。そう、あたかもその絵画を隠すかの様に、異物が貼り付けられているのを見ることが出来るんですね。

僕たちの価値観や美意識というものが如何に時代によって激しく変わっていくかということを指し示しているかの様で、非常に考えさせられる一枚だと思います。だからこそ我々は歴史に学ぶ必要があるということを再認識させてくれたりもするのです。



更に更に、鋭い人はもう気が付いたかとは思うのですが、もともと山奥に打ち捨てられていたロマネスクの壁画が何故この美術館に大量に保存されているのか‥‥???つまりは、山奥の教会堂などで手入れもされずに打ち捨てられていた壁画などを、よく言えば「芸術作品と見做し、後世に伝える為に保存した」、悪く言えば「もともとあった場所から引き剥がしてきた」ということなんですね。

‥‥と、こんな感じで、ここのロマネスク・コレクションを見ていると色んな事を考えさせられる訳なのですが、今回のリニューアルを経てもう一つ「考えさせられること」が増えました。それがこちら:



祭壇の左奥に見える十字の絵画、あれ、何か分かりますか?僕は見た瞬間、自分の眼を疑いましたが‥‥あれは紛れもなくタピエスです(地中海ブログ:スペインの新聞(La Vanguardia)のオマケが凄い!ダリ、ミロ、ガウディなど12種類のマグカップ)。そう、今回のリニューアルでは、ロマネスク美術と同じ空間に現代美術を飾るというかなり大胆な決断がされているのです。



横にあった説明を見てみると、「カタルーニャの前衛と伝統が織りなす対話」とある。まあ、実際、タピエスがロマネスク好きだったことは専門家の間では周知の事実だし、ここへロマネスクを見に来た人が、現代美術に興味を持つキッカケになるかもしれない。なにより、こういう「攻めてる感じ」は、僕は嫌いじゃありません。

と、そんなことを考えながら作品を見ていたら、結局閉館(午前1時)まで居てしまいました。



ちょっとお腹が空いたので、近所のバルで軽食、家に着いたら3時過ぎだった。それでも公共空間には人が溢れ、「夜はこれから」と言わんばかりに盛り上がっている‥‥。

これこそ、地中海都市の生活の質の高さであり、この都市の正しい楽しみ方だと、僕はそう思います。
| スペイン美術 | 07:31 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ローマ旅行2015その3:サン・ピエトロ大聖堂のバルダッキーノと聖ペテロの司教座(ベルニーニ)
カトリックの総本山、ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂に行ってきました。



ここに来るといつも思うのですが、とにかくデカイですね(笑)。カタルーニャでは「大きいことはいいことだ」みたいな風潮があるけど、大きさだけでここまで人を圧倒出来るのは、それはそれですごい事だと思います。



外のボリュームもすごいけど、中の空間はもっとすごい!それがこちら:



もう、ココまで来ると想像を絶します。かなり人間離れしたスケールです。そして前方に見えるのが今回お目当てのあれです:



ベルニーニ(Gian Lorenzo Bernini)デザインによる、聖ペテロの墓の上にある主祭壇を覆うブロンズの天蓋「バルダッキーノ(baldachin)」の登場〜。これは大聖堂の交差部に位置し、更にその向こう側に見える「教皇の座」を示すものでもあり、この大聖堂の中心であるばかりでなく、言うなれば全世界のカトリックの中心を指し示しているんだそうです。

そんな神の領域の如くの仕事を請け負っちゃったベルニーニ。しかしそこはさすが天才、きっちりとデザインの力で返答しています。



デザイン的には先ず、高さ29メートルにも及ぶ4本の捩れ柱が直立しているところから始まっています。そのダイナミックさは、近くに寄るとより一層迫力を増します。更にこのモニュメントは人間的スケールを逸脱した大聖堂のドームと我々の身体スケールを繋ぐ役割を果たしているとも思うんですね。この台座がここにあるのと無いのとでは、この空間から我々が受ける感覚は大違い!

そしてこのバルダッキーノを通してあちらに見えるのがこちら:



聖ペテロの司教座です。デザインは勿論我らがベルニーニ。

「楽しみだー」とか思って近寄ろうとしたところ、ミサがあるとの事でバルダッキーノから向こうは信者の皆さんしか通行は許可されないとかなんとか‥‥。な、なんか、6年前に来た時も同じ様な理由で近寄れなかった記憶が‥‥。

まあ、仕様がないので少し遠くから椅子のデザインを眺めていたのですが、このデザインがまた素晴らしいんだな:



金色の部分に注目。多分、太陽の光とか天使の光とかを表しているのだと思うのですが、それらが四角い枠をはみ出してあたかも生き物のように振舞っています。つまり灰色の大理石で出来た、比較的カチッとした四角形の部分を「地」として、その枠から元気よく天使達や光が噴出しているという表現になっているんですね。

このデザインを初めて見たのは前々回、8年前のローマ旅行の時が始めてだったのですが、その時の感動を僕は当時のブログに、こんな風に書いています:

「‥‥僕が行った時は丁度法皇様が何か読んでてそれを信者の人たちが熱心に聞いているという場面。その法王様が居る一番奥の壁面一杯にベルニーニ作の巨大椅子があります。それがすごかった。先ず長方形のような窓枠が地としてありその中に雲か天使か分からないもやもやした黄金の塊が上から積もっていくという構図。この塊が上の方だと窓枠の中に納まっているんだけど、それが徐々に下に行くに従ってはみ出てくる。とても良く力動感というものを表していると思います。

昔、渡辺先生と一緒に「ルネサンスとバロック」と言う本を読んだのですがその時に「ベルフリンはあたかもルネサンスが生き物のように意識を持ってバロックに移り変わっていく様子を生き生きと描いている」とかなんとか言われてたけど、その時は正直言って何?みたいな感じだった。サンカルロアレクワットロ・ フォンターネとか例に挙げられてたけどあまり心には響かなかった。しかし今回のこの法王の椅子を見てベルニーニに対する意識が激変しました。」


そう、これこそ予定調和的ではない旅行の醍醐味なのです。



テレビを通して知っていた知識を確認したり、本には載っていなかった発見をしたりする。何でもいいんです、とにかく自分の頭で考えて自分の五感で感じること、それが重要だと思うわけです。

僕がラッキーだったのは、幸か不幸か、大学であまり勉強をしなかったので(笑)、殆ど何も知らずにヨーロッパに来て、こちらで目にする事と言えば目新しい事ばかり。だから知識よりは感覚が先ずは「経験」として入ってきたんですね。つまりは、日本で言われている詰め込み教育とは全く逆なのです(別にだからと言って詰め込み教育が悪いとは思いませんが)。



だから美術館とか歩いていても、とりあえず見るのは絵それ自体。その絵の構図や色使い、そして僕の感覚に訴える魅力があった時、初めて誰の作品か?をプレートで確認するようにしています。それで損する事(せっかく行ったのに有名な画家の絵を見落とした)なんて日常茶飯事です。だけど、自分の感覚に訴えかけてくるものを自分なりに消化しているので、僕にはその方法が合っていると思っています。 それに有名画家の絵に必ずしも感動しなければいけないなんて事は無いはずです。



今回この椅子を見ていて、ベルフリンが言いたかった事、彼がその不朽の名著において表したかった事が、正に一撃の下に理解出来た、そんな気がしました(気がしただけかもしれませんが(笑))。

これこそ文学や小説には絶対に真似の出来ない、建築や彫刻といったヴィジュアル系芸術の真骨頂なのです。
| 旅行記:建築 | 16:53 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ローマ滞在2015その2:ローマを歩く楽しみ、バロック都市を訪ねる喜び
ローマを歩いていると、「この街ほど都市と建築の楽しみかた、そして集まって住むことの喜びを教えてくれる都市はない」と、そう思えてきます。



直線的な街並みの向こうに見える壮大なモニュメント、いたるところに設けられた楽しげな噴水、何の前触れも無く現れる教会たち‥‥。



そう、この街では、彫刻、建築、そして都市の街路網ネットワークがバロック音楽の如く様々に主題を変えながらも劇的な眺望を用意し、壮大な交響曲を奏でているかのようなんですね。



ルネサンスが静的、秩序、比例などによって特徴付けられ、閉じた世界を理想としていたとするならば、バロックは劇的、動的、ダイナミックと言った単語で特徴付けられ、開かれた世界を目指していたと言えるかと思います。そして僕にとって大変興味深いのは、バロック建築が都市デザイン=都市空間のデザインであり、アーバンデザインであるという事実なのです。例えばこちら:



泣く子も黙るバロックの2大巨匠の一人、ボッロミーニ(Francesco Borromini)の傑作、サン・カルロ・アッレ・クッワトロ・フォンターネ教会堂(San Carlino alle Quattro Fontane)です。2層に重ねられた壁面が波打ち、波打たれる事によって、あたかも人をその空間に招いたり拒否したりしているかのようです。そして建築単体のファサードのデザインが、その建築だけに留まらず、街の空間にも影響を与えているのを見て取ることが出来るかと思います。



ちなみに僕がこの教会堂で心底感動したのがこちら:



教会堂の入り口に備え付けられた大理石の階段なんだけど、この歪みは、今までにこの教会堂を訪れた何百万人という人達一人一人の小さな重みの積み重ねによってこんなにも変形してしまった跡なんですね。この凹みこそ、如何にこの建築がこの都市にとって必要なものなのか、ひいては我々の世界にとって価値あるものなのかということを表しているのだと思います。



上の写真はパンテオン(Pantheon)の直ぐ近くに建つ、サンティニャツィオ(Piazza Sant Ignazio)という建物の写真なのですが、ここでは大小3つの楕円を形取るように、壁面がウネウネしているのが見て取れるかと思います。

ここでは建築自体が主役というよりも寧ろ、建築がその場の背景を形成する事に貢献しています。そう、まるでこの建築は、目の前にある教会堂の階段部分と建物の凹みにより創られた舞台の「背景になりたがっている」かのようなのです。



こちらは、かの有名なスペイン広場(Piazza di Spagna)の写真なんだけど、階段が緩やかなカーブを描いている事によって、その先がナカナカ見えないようになっています。そうする事で「この先に何があるのか?」という期待感を増大させる仕掛けを作っているのです。



頂上に到着した目の前には圧倒的な存在感の教会が眼前に広がり、振り返り様にはこの風景:



大変見事な演出です。そして極め付けはこちら:



この風景はトレヴィの泉(Fontana di Trevi)の近く、ダタリア通り(Via di Dataria)からクイリナーレ広場(Piazza del Quirinale)へ向かって坂を上って行く途中の写真です。左側の建物が先ずはしっかりとした軸線を作っていて、それに対してもう一つの建物の軸を少しずらす事によって上昇感を作り出しています。そしてその感覚は第三の建物が現れる事によって更に増します:



更に更に、もう少し進むと右側の壁が円弧を描きながらも大階段が先細りしていく事によって、この風景が大階段の前に劇的な効果を持って現れてきます。



‥‥と、まあ、こんな感じで街を歩いていると様々な風景が立ち現れてくるのですが、ここで取り上げたのは、ローマに無数に点在する風景のごく一部に過ぎません。そんな事を心に留めながら街歩きをしてみると、観光ガイドには載っていない、また違ったローマが見えてくるはずです。

これこそバロック都市を訪れる楽しみであり、ローマを歩く喜びなのです。
| 旅行記:都市 | 02:02 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ローマ滞在2015年その1:カトリック両王(スペイン)の超わがままから生まれたブラマンテの傑作テンピエット(Tempietto)
とあるプロジェクトの為に、今週はローマに来ています。

最近は5月から始まる万博の準備の為にお隣のミラノに足を運んでいたのですが、ローマに来るのはなんと6年振り!空港に着いたのがお昼過ぎだったので、取り合えずテルミニ駅近くの適当なレストランに入ってマルガリータを頼んだら出てきたのがコチラ:



で、デカイ!そして美味しい!!生地はパリパリで、チーズはとろとろ。そこにトマトの酸味がバッチリ効いてて言うこと無し!そしてこれが8ユーロだっていうんだから信じられません。ピザを食べてホテルへ向かう途中、アイスクリームのお店があったので寄ってみたら、今度はこんなのが出てきました:



うーん、イタリア人、美味しいもの食べてるなー。

‥‥と、初日から美味しいモノばかり食べててもアレなので(笑)、ホテルにチェックインしたその足で早速打ち合わせへ。今回はローマ市内が一望出来るモンジュイックの丘ならぬ、ジャニコロの丘に聳え立つスペイン王立アカデミーにて打ち合わせです。



‥‥ジャニコロの丘?‥‥スペイの王立アカデミー??‥‥と言えば当然こちら:



じゃーん!そう、ルネサンス建築の1つの頂点を指し示すと言われているブラマンテの傑作、テンピエット(Tempietto)なんですね。

「‥‥な、なぜスペイン王立アカデミーにテンピエットが???」と思った人はかなり勘が良い。そーなんです!ローマにある超有名建築テンピエットは、実はスペインと非常に縁の深い建築となっているのです!何故かというと、15世紀に地中海で絶大な権力を誇っていたカトリック両王(イザベル1世&フェルナンド2世)が、「この場所(ジャニコロの丘)をペトロが磷付にされた場所にしなきゃイヤダイヤダ」と駄々をこね、そのワガママがそのまま現実になっちゃったからです(笑)。
←かなり簡略化して書いてるけど、本質的にはこんな感じ。
←でも、そんなワガママが歴史的傑作を生み出したんだから、「スペイン人のワガママもたまには役に立つ」‥‥ということにしておこうwww

もう1つ序でに書いちゃうと、この小さな建築を見て、(当時)法皇に即位したばかりのユリウス二世はブラマンテの力量を見抜き、史上最大のプロジェクトであるヴァチカンの聖ペトロ大聖堂の建設を任せたっていうんだから、「カトリック両王のわがまま、どこまで歴史に影響を与えてるの??」って話なのです(笑)。



そんなこんなで、取り合えず、脇にある門から入って行ってみます。かなり控えめに備え付けられた門を潜ると最初に目に飛び来んでくるのがこの風景:



じゃーん!小振りながらも素晴らしくバランスが取れた建築の登場〜。円形の平面の周囲にドリス式の柱廊を巡らし、その上にドームが載るっていう大変明快な構成。何重にも円が円を包み込み、中に入っているだろう大切なモノをスゴく大事に守っている、そんな表現になっているのが見て取れます。



その様な物語は、先ずは足下に広がる6段の階段から始まっています。この階段が「ここまでの世界」と、「そこからの世界」を明確に隔て、その領域へと入って行く人達の「心の準備をする空間」となっているんですね。そんな、「これから入って行くぞ」という気持ちを整えた所で入ってみると、天井には非常にポップな装飾が:



床面にはこれまた見事なタイルが広がっています。



とは言っても、この建築は内部空間というよりも寧ろ、外から眺めるためのモニュメントとして計画されたものなので、どちらかと言うと塔のようなマッスが強調されているかな‥‥と。

ブラマンテの当初の計画によると、この建物を取り囲む中庭も円形になり、柱廊を巡らすはずだったのだとか。そうすると、円が円を取り囲み、それをまた円が包み込むという同心円状の素晴らしい建築空間が出来上がっていただろう‥‥と想像するのもまた楽しいですね。



‥‥と、ここまで見学した所で、「ミーティング第二部が始まるよー」と秘書の子が呼んでる‥‥。

という訳で、今回のローマ滞在は結構キツキツのスケジュール且つ、仕事がメインなのでどこまで観光が出来るかは解りませんが、幾つか見たいものを絞ってこの機会に見ておきたいと思います。

あー、楽しみだー!
| 旅行記:建築 | 05:14 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ルーヴル美術館、来館者調査/分析:学術論文がファイナンシャルタイムズに紹介されました。
先週のことなのですが、昨年末に発表したルーヴル美術館来館者調査に関する学術論文(地中海ブログ:ルーヴル美術館、来館者調査/分析:学術論文第一弾、出ました!)がファイナンシャルタイムズ(英国)に紹介されました。



僕の論文を紹介してくれたのは、スマートシティの世界的権威として知られているカルロ・ラッティさん。



ゴダールの映画のワンシーンを引用しつつ、「今までにない画期的なシステムであり、今後の博物館/美術館の来館者の行動において新たなる知見をもたらすものと期待される」みたいな感じで話してくれています。

何を隠そうカルロさん、去年の3月に京都で行われたスマートシティ国際会議にキースピーカーとして招かれ、すでに来日済み。そんなカルロさんは2004年、スペース・シンタックス(Space Syntax)の手法を批判した論文(Environment & Planning Bに掲載)で世に出てきたんだけど、科学的に得られた専門的な結果を、一般の人達(つまり素人の人達)に分かり易く読ませる「彼の技術」にはいつも唸らされます。ちなみに彼のスペース・シンタックスに関する論文が出た当時、Bill Hillier(スペース・シンタックスの創設者)とMicheal Batty(ロンドンにある空間分析研究所(CASA)の所長でありカルロさんの博論指導教官)の間で凄まじい論争が繰り広げられたことは記憶に新しいところだったりします。


(上の写真はスペインの新聞に紹介された記事)

ルーヴルの論文を発表してからというもの、様々な方面の方々から沢山のメールを頂き、この3ヶ月間で、スペイン、フランス、イタリアを含めた4カ国の主要紙や雑誌で紹介されるという大変嬉しい状況になりつつあります。

前にも書いたのですが、プロジェクトを立ち上げてセンサーを作って設置して、更には取得したビックデータを定量分析して論文に纏めてジャーナルに発表するのって、本当に、(本当に)大変で、僕一人の力では到底ここまで辿り着くことは出来ませんでした。

そんな苦労の甲斐あってか、いま博物館/美術館の分野でこれだけ世界的な話題になっているのは本当に嬉しいんだけど、それ以上に、今までお世話になった人達にほんの少しだけ恩返し出来た様な気がしていて、そちらの方が嬉しかったりします。
←いや、ほんと、お世話になったんですよ、みなさんに!

更に更に、欧米のいくつかの博物館からは「今後の来館者調査に関してご相談したいのですが、、、」みたいなお誘いが来ていたりして、忙しいなりにも大変嬉しい状況だったりするんですね。
←この手法が世界的なスタンダードになりつつあるかも‥‥という大風呂敷を広げてみよう(笑)。

ひょんなことから関わることになってしまったミラノ万博(今年の5月からミラノで万博が開催されるって知ってる人、どれだけいますか?こんなに盛り上がりに欠ける万博も珍しいのでは???)の有り得ない状況に頭が痛い今日この頃ではあるんだけど、とりあえず今日は、海産物(地中海の恵み)とワインで乾杯しよう。←ビール飲めないので(笑)。


| 大学・研究 | 22:28 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
皇室御用達の鯉料理の老舗、大黒屋その2
前回のエントリで書いたように、今年の年末年始は日本で過ごしていました(地中海ブログ:新年あけましておめでとうございます2015)。

ヨーロッパの元旦というのは、基本的にどの都市でも1月1日の0時と同時に「これでもか!」というくらい花火を打ち上げまくって始まります。どれくらい打ち上げるのかというと、それこそ「サグラダファミリア、壊れるんじゃないの?」っていうくらい打ち上げるんですね(笑)。



そんなヨーロッパにおける元旦の思い出として記憶に新しい所では、3年くらい前に過ごしたパリでのこと、、、「まあ、一応パリに来てるんだし、シャンゼリゼ通りでも見に行ってみるか」ということで、午前0時の花火に合わせて外出したら、もう凄い人、人、人!そんな中、「若者グループがあっちの方で騒いでるなー」とか思ってたら、そのうち警官隊と揉み合いになり、あろうことか催涙弾を投げつける始末!その近辺にいた人みんな涙目(苦笑)。僕もその時、生まれて始めて催涙弾とか受けたんだけど、眼がショボショボするわ、鼻水は出るわで、散々な年明けだったことを今でも覚えています。

さて、我がcruasan家は一年を通して「何月何日はココへ行く!」みたいな年中行事が目白押しで、それこそ物心つかない頃から「無理矢理」色んな所へ連れて行かれてたんだけど(苦笑)、何を隠そう、そんな年中行事が最も集中しているのが年末年始なんですね。

どんな年中行事か?
←ズバリ、食べ三昧の毎日です(笑)。



一月一日のなだ万(日本料理の老舗)のお正月ランチに始まり、1月4日の下呂温泉にいたるまで、もう食べまくり。特に1月2日に訪れる多度大社(三重県)へのお参りと、その麓にある鯉料理のお店(大黒屋)での会食は、それこそ僕が生まれる前から何十年と続けている伝統ですらあります。



 「馬が崖を掛け上がれるかどうか?」で、その年の豊穣を占うとされる「上げ馬神事」で有名な多度大社なんだけど、その麓には歴史の重みを感じさせるのに十分な風景が未だに残っています。そんな旧街道を歩いて行くこと10分、見えてきました、お馬さんが駆け上がる崖が:



これ、駆け上がるの大変だよなー。僕が馬なら絶対無理!(笑)。で、こちらがそのお馬さん:



今日は元旦なのでお正月っぽい服を着ています。白馬だし、服が青くて高貴っぽいので、暴れん坊将軍が乗ってる馬っぽいなー(笑)。目の前には角切りにされた人参が載ったお皿が置いてあって、100円払うと一皿あげることが出来ちゃいます。このお馬さんに人参をあげて、おみくじをひいたり、抹茶を飲んだりしていると、そろそろランチの時間に、、、。という訳で、先ほどの街道をもう一度歩いていくと表れてくるのが今回目指すべき建築です:



じゃーん、堂々たる門構えの鯉料理の名店、大黒屋の登場〜。創業280年というこの大黒屋は、「皇室御用達の料亭」として知られているんですね。ただ‥‥このお店の前を通り掛かった人達が、このお店を「鯉料理のレストラン」と認識し、鯉を求めて入ってくる‥‥とは到底思えません。お品書きも無いし、何よりこの立派過ぎる門構えが、このお店の前を通る人々の足を惹き止め、門の中へと誘い込みながらも、全く関係の無い人達をはじき返す力強さを兼ね備えているからです。



このような表現は東西の違いこそあれ、ファサードが波打つ事により、人々を惹き寄せては打ち返すバロック建築の最高峰、サン・カルリーノ・クワットロ・フォンターネ教会に通じるところがあるのかもしれません(地中海ブログ:サン・カルリーノ・アッレ・クアットロ・フォンターネ教会(San Carlino alle Quattro Fontane)から学ぶ歴史の重み:現地へ行ってみて始めて分かる事は山程ある



もっと言っちゃうと、この門構えをチラッと見ただけでも、この建築、ひいてはこのお店が徒者ではないことが分かってしまうんですね。この門から中庭空間へは視線が一直線に抜けてるんだけど、この空間では来館者をエントランスまでダイレクトに進ませるのではなく、効果的に石畳を使う事によって、「わざわざ」右寄りに進行方向を曲げているのが見て取れるからです。

また、真っ正面に見える風景(=エントランスの空間構成)を一度に全て見せるのではなく、中央左寄りに「敢えて」樹を植える事により、あちら側の風景を遮りながらも、クライマックス的空間に対する来館者の期待感を高めてもいるのです。



この辺のアプローチ空間の妙については以前のエントリでも書いた気がするんだけど、先日訪れた京都にある村野藤吾の佳水園、もしくはスペインとポルトガルの国境付近に位置するアルヴァロ・シザ設計によるヴィアナ・ド・カストロ図書館にも通じる所があるかと思います(地中海ブログ:アルヴァロ・シザの建築:ヴィアナ・ド・カストロ図書館その1:外部空間(アプローチ)について)。



様々な文化圏における表象文化の比較という観点で見ていくと、自ずと「日本建築の特徴」みたいなものが浮かび上がってくると思うんだけど、それは「建築が完全に開く」のではなく、かと言って「完全に閉じてしまう」のでもない「曖昧な境界」とそれを可能にする皮膜、そしてその様な皮膜が何重にも折り重なる事によって襞の様になり、その中に存在する「奥」を大切に守っていることだったりするのです。

 「奥」とは日本文化の核に位置するアイデアであり、我々の日常生活の至る所に見られる事象でもあります(槙文彦さんが詳しく書かれています)。ふとデパートなどで買い物をした際、包み紙を開けると箱が現れ、その箱も包装紙に包まれていて、それを取り除いて箱を開けると、更に包装紙が現れ、「いつになっても中身に辿り着けない」‥‥みたいな(笑)。もしくは神社などで売られている「お守り」も「奥」が存在する事によって成り立っているものですね。

あー、また脱線してしまった‥‥。
と、とりあえず中へと入って行きます。



真っ赤な絨毯があちら側へと我々を誘う、エントランス空間の登場〜。



右手側にはお正月らしい立派なお飾りが我々を出迎えてくれます。ここにこの真っ赤な絨毯があるのと無いのとでは大違いで、あちら側に見える中庭の緑色を「補色として」活き活きさせるという仕掛けでもあるんですね。この赤絨毯に誘われるがままにココで靴を脱ぎ、奥へと入って行くと広がっているのがこの風景:



前日に降った雪がちらほらと残っている、大変美しい日本庭園です。もうホント、何十年も前から変わらない風景がココには広がっています。



このお庭を眺めながら左手側に進んで行くと、その突き当たりには「待合室」があるんだけど、その待合室は皇族の方々が来た時にしか開けないということを以前聞いたことがあります。しかしですね、それこそ20年くらい前のこと、たまたま僕達の部屋がまだ準備中だった為、その開かずの待合室に通されたことが一度だけありました。



個人的に歴史の年号を覚えたりするのは苦手なんだけど、一度見た風景などはまるで写真にパシャっと撮った様に鮮明に覚えることが出来る僕の記憶によると、大変良く設えられたそのお部屋の真ん中には戦国時代の甲冑が飾られ、木を基調とした大変質の高い空間が広がっていた事を今でも鮮明に覚えています。



さて、この料亭は中庭空間を中心に構成されていて、ほぼ全てのお部屋からこの素晴らしい庭を眺めて食事を楽しむことが出来るのですが、この長―い廊下を歩いて行き、さっき入ってきた赤絨毯が敷いてあるエントランス空間を反対側から見返してみます:



狸の後ろ姿(笑)。裏側からみると、先ほど通ってきたエントランス空間の構成が「如何に直線的ではないか」がよーく見て取れるかと思います。



ほら、真っ赤な絨毯に対して、その脇に植えられている樹があちら側へ視線を抜けるのを邪魔してるでしょ?



cruasan家はこの中庭の真ん中付近の部屋をいつも取ってあるのですが(上の写真に見える障子のお部屋)、昔は一番奥の部屋、ちょうど狸の裏側くらいの部屋を予約してあって、料理を楽しみながらも下駄を履いて中庭を歩き回るのが、この料亭で食事をする1つの楽しみでした。でも、最近みんな歳をとってきた為に、中庭を歩き回るよりは、お手洗いが近い部屋がいいらしい(苦笑)。 ←ということで、中庭の真ん中付近の部屋になったそうです。

そんなこんなでお庭を堪能していたら、先付けが運ばれてきました:



毎年大変楽しみにしている鯉のすり身の揚げ団子と頬肉です。この鯉のすり身の揚げ団子が絶品で、小さい頃はこればかり注文してたんだけど、いまにして思えば、そんな融通が利いたのも古き良き時代だったのかな‥‥と、そう思います。



続いて出てきたのが、鯉の鱗の酢の物と、鱗の唐揚げです。



鯉の鱗の唐揚げなんて、このお店以外では見たことがありません。サクサクで美味しい〜。



そしてそして、出てきました!このお店に来たら絶対に味わって頂きたい一品!白みそ仕立ての鯉こく!!いままで色んな所で鯉こくを食べてきたんだけど、これほど味わい深い鯉こくは本当に珍しいと思います。



で、こちらが鯉の洗い。このお店では酢味噌ではなく、ワサビ醤油で頂きます。

普通、鯉というと独特の臭みがあるものなんだけど、創業280年を誇るこのお店の知恵と経験から、群馬から仕入れた鯉を屋敷内にある池に餌無しの状態で2ヶ月ものあいだ泳がすことによって、鯉独特の臭みをさっぱりと消しながらも、身を引き締めているのだとか。上の写真で身が縮れているのが分かるかと思うんだけど、これは新鮮な魚の身を洗った場合にしか出ない現象なんですね。つまり最高のクオリティだという事です。



続いては鯉の塩焼き。レモンと酢を少しだけたらして食べると、もう最高。そして去年から料理のラインナップに追加されたのがこちら:



あばらのミソ焼き‥‥かな(?)
←いや、このお店、お品書きもなければ、特に何も説明してくれないので、自分が何を食べているのか、イマイチ良く分からないのです(笑)。そしてそして、この料亭のメイン料理がこちら:



鯉の素揚げの和風あんかけ風の登場〜。鯉が丸ごと一匹揚げてあり、そこへ野菜炒めあんかけを載せた一品!お、美味し過ぎる〜。

最後は勿論、ご飯とお味噌汁なんだけど、この鯉のあんかけが美味し過ぎて、ご飯の写真撮るの、忘れたー(笑)。

満足、大満足です。

この料亭の良い所は、料理の質もさることながら、それらが運ばれて来る間に中庭へ出て行って庭園の風景を思う存分楽しめる所かな、、、と思います。そしてこういう体験から僕が学んだこと、それは「食事を楽しむということ」は、なにも料理の味だけでなく、そこから見える風景、音、雰囲気など、我々の五感全てを使った総合芸術なのだということです。



大変美味しゅうございました!
星、三つです!!!
| 地球の食べ歩き方 | 10:18 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
新年あけましておめでとうございます2015
新年あけましておめでとうございます。



ここ数年、年末年始はボストン、ローマ、ロンドン、パリなどヨーロッパ各地で過ごすことが多かったのですが、今年は2015年の始まりを日本(名古屋)の実家で過ごしています。

昨年(2014年)は6ヶ月をアメリカ(ボストン)、5ヶ月をバルセロナ、そして残りの一ヶ月を日本で過ごし、ドタバタと足早に時間だけが経過していく毎日だった様に思うんだけど、そんな中でも印象深かったのは、やっぱりボストン滞在だったかな、、、と思います。



今回は2回目ということもあり、一昨年よりは勝手が分かってはいたのですが、やはり異国の地で過ごすのは「それなりに大変だったなー」というのが正直な感想かな‥‥。でも、まあ、新しい発見があったり、素晴らしい出逢いがあったりと、僕の人生にとっては大変有意義な滞在であったことは間違いありません(地中海ブログ:ボストン/ケンブリッジ市のカフェ事情:美味しいコーヒー屋さんについて)。



建築関係で言えば、ルイス・カーンの建築は本当に素晴らしかった!(地中海ブログ:ルイス・カーンのフィリップ・エクセター・アカデミー図書館(Phillips Exeter Academy Library):もの凄いものを見てしまったパート3:「本を読むとはどういう事か?」と言う根源を考えさせられた空間体験、地中海ブログ:ルイス・カーンのイェール大学英国美術研究センター(Center for British Art and Studies, Yale University)、地中海ブログ:ルイス・カーンのイェール大学アートギャラリー(Yale University Art Gallery))。



ポルトガルでの教訓から、僕は建築を語る時は自分の眼で見たものしか信じない事にしていて(地中海ブログ:アルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)のインタビュー記事:シザ建築の特徴は一体何処からきたのか?)、他の人が何と言おうと、その建築を実際に訪れ、自分の5感で感じた事しか批評しないことにしているんですね。そんな僕の眼から見て、「ルイス・カーンの建築は本当に素晴らしかった」と、胸を張って言えると思います。 今度は是非、「最高に素晴らしい建築」と言われているキンベル美術館、そしてソークに行ってみたいと思っています。



バルセロナに帰ってきてからは、「待ちに待ったバケーション!」ということで、毎年恒例のガリシア地方(スペイン北部)に一ヶ月のバカンスへ行ってきました。今年の目玉は、何と言っても「リアル風の谷」よろしく、人知れずひっそりと佇んでいる修道院を発見出来た事でしょうか(地中海ブログ:本邦初公開!ガリシア地方の山奥にリアル風の谷があった!エルミータ修道院(Santuario de Nuestra Senora de las Ermitas))。



鶏の「コケコッコー!」という鳴き声と共に目を覚まし、庭で取れた野菜を食卓に並べる「田舎生活」を満喫していたら、それを妨害するかの様な電話がフランクフルトの銀行から掛かってきたりして、ブーブー文句を言いながらも向かったプレゼンテーションだったんだけど、日本では全く知られていない(と思われる)名建築に出逢ってしまうという、大変嬉しい誤算があったりしました(地中海ブログ:フランクフルトにある隠れた名建築:Ferdinand Kramerによるフランクフルト大学薬学部棟)。



そしてそして、11月には3年越しの論文がやっと陽の目を見るという大変嬉しいニュースが飛び込んできました(地中海ブログ:ルーヴル美術館、来館者調査/分析:学術論文第一弾、出ました!)。ちなみにこの論文、(自分で言うのも何なんだけど)欧米では結構話題になってて、(今のところ)フランス、イタリア、ドイツ、スペインの主要新聞や雑誌などからインタビューを受け、大々的に取り上げられる状況となっています。



そんなこんなで、「あー、去年も色々あったなー」とか思いつつ、ふと気が付くと、地中海ブログも今年で9年目を迎えることが出来ました。

最初の頃は単なるメモ程度のノリだったのですが、今では毎日約5000人ほどの人達に見て頂けるまでに成長し、ABcruasanとして公開しているTwitterも含めると、「1つの小さなメディアを形成しつつある」と言っても過言では無い状況になってきていると思います。



今年は去年までとは違ったスケールのプロジェクトが動き出したり、個人的に今まで踏み込んだことの無い領域に挑戦したりと、色々な意味で飛躍の年になるのでは?と期待をしています。いや、絶対そうします。

そして今年も「楽しい人生」、「豊かな毎日」を送ることをモットーに、毎日全力で生きて行こうと思っています。

今年も昨年同様、僕の独断と偏見で勝手なことを思いっ切り書いていこうと思っている「超わがままな」地中海ブログですが、引き続きご愛読頂ければ幸いです。

当ブログの読者の皆さんにとっても素敵な年となりますように。 そして今年も宜しくお願い致します!

Happy New Year!
Feliz Año Nuevo!(スペイン語)
Bon Any Nou!(カタラン語)
| 旅行記:建築 | 17:02 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ルーヴル美術館、来館者調査/分析:学術論文第一弾、出ました!


数年前から僕が独自に進めている、ルーヴル美術館(パリ)とのコレボレーション、その第一弾となる学術論文(ウェブ版)が、(やっと!)公開されました!!それに伴い、ルーヴル美術館とMITの協力の下、プロジェクトのwebページも創ったので、こちらも公開してみました。



今回掲載された論文のタイトルは「An analysis of visitors’ behavior in The Louvre Museum: a study using Bluetooth data:(邦訳)Bluetoothデータを用いた、ルーヴル美術館における来館者調査/分析」、掲載雑誌はEnvironment and Planning Bという、建築/都市計画/IT系ではトップを走る国際ジャーナルです。

年間来館者数世界一を誇る大規模美術館の代表格、ルーヴル美術館内において、来館者はいったい「どの様な作品を訪れているのか?」、「どの様な経路を通っているのか?」、はたまた「どの作品に何分くらい費やしているのか?」など、来館者の館内行動データが収集されたり分析されたりする事は非常に稀でした。

何故か?

何故ならそれらのデータを収集/分析する為には、「一人一人の来館者を個別にトラッキングする」、もしくは「来館者に個別インタビューやアンケートを行う」という様な手法に限られていた為に、莫大な調査費(人件費)が掛かるという理由などから敬遠されがちだったんですね。 ←少し考えてみれば分かることなのですが、ルーヴルの様な大規模美術館において、一人の来館者を入口から出口まで調査しようと思ったら、一人につき何時間もついて回らなければならなくなってしまうのです。



「この様な事態を克服し、なるべく人の手に頼らずに来館者の行動データを大規模スケールで収集する方法は無いものか‥‥?」

これが第一に掲げた問題提議でした(←論文の主軸となるリサーチ・クエスチョンとは違います)。そんな背景から僕が提案したのが、Bluetoothセンサーを用いたデータ収集法であり、この手法を用いる事によって、今までは非常に困難だった大規模美術館内における来館者の行動データを自動収集することが可能となったのです。更に、それら収集されたデータを定量的に解析する事によって、これまでは知られていなかった来館者の行動パターンを抽出し、「それら来館者の行動が如何に空間構造に影響を受けているか」、それを掘り下げることを試みました。 ←ちなみに複雑系ネットワーク分析のスペシャリスト集団、バラバシ・ラボとの恊働も実現しました。



思えばルーヴル美術館とのコラボレーションを始めたのは2010年春のこと。それまではバルセロナ市を中心とした都市内のモビリティを専門に扱っていたのですが(地中海ブログ:バルセロナのバス路線変更プロジェクト担当してたけど、何か質問ある?バルセロナの都市形態を最大限活かした都市モビリティ計画、地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?)、「そろそろ建築内部の歩行者分析もしてみたいなー」と思っていた所、知り合い経由でルーヴル美術館側からアプローチが!



正直言って、最初はあまり乗り気じゃ無かったんだけど、紆余曲折を経てこのオファーを受ける事に。それからというもの、研究計画を練り、自分でセンサーを創り出し、ルーヴル美術館の休館日(主に火曜日)にそれらセンサーを要所要所に配置し、数ヶ月に渡ってデータを取り続け、取得したデータを整理し、適切なコードを書きつつ統計的に解析し、更にはそれらの結果をきちんとした論文に纏める‥‥という一連の作業を通して、ようやく自分がやりたい事に一歩近づけた様な気がします。

とりあえず今日は、バルセロナでクロワッサンが一番美味しいと噂のカフェ、ESCRIBAにて、コーヒーとクロワッサンで一人で勝手に乾杯しよう!(←僕、ビール飲めないので(笑))。



論文概要:
都市観光が隆盛を極める中、各都市の美術館/博物館には毎日大量の観光客が押し寄せ、空間的なキャパシティーを凌駕する「超混雑化」という現象を引き起こしている。特定の作品に来館者が集中する高密度化は、来館者の博物館体験を劣化させる原因となる事がしばしば指摘されており、それらを緩和しようと様々な施策が試みられているのだが、それらを有効且つ適切に施行する為には、詳細で広範な事前調査が必要不可欠となっている。 本論文は、大規模美術館の代表格であるルーヴル美術館における来館者の行動分析を目的としている。特に、来館者の主要作品間の遷移移動とその確率分布、そして空間配置との間の相関分析を目的としている。データ収集法としては、来館者のプライバシーに十分配慮しながら設置されたBluetoothセンサーを用いる事が適切だと判断された。数ヶ月間に渡るデータ収集期間を経て、数百万というデータが集められ、それら大規模データを統計的に解析。一人一人の来館者が群衆となることによって引き起こされる館内混雑化のメカニズムが明らかにされたのである。 この論文が明らかにした所によると、短時間滞在者(1時間30分以下の滞在)と長時間滞在者(6時間以上)の館内行動は、我々が想像するよりも遥かに類似しているということが指し示された。長時間滞在者は、その滞在時間の長さから、複雑で多様なルートを選択すると推測されたのだが、実際には長時間滞在者も短時間滞在者も殆ど同じルートを通っていたのである。つまる所、長時間滞在者は只単に、短時間滞在者が滞在中に訪れる作品の数をホンの少し増やしたに過ぎなかったのだ。結果、両タイプの滞在者が通るルートは重複する事が殆どであり、それらの類似性/非類似性こそが、ルーヴル美術館内における来館者の不均等な空間配分の原因になっていたのである。これらの新たな知見は、今後の来館者の博物館体験の質を高める為のキーになると考えられている。

Abstract. Museums often suffer from so-called ‘hypercongestion’, wherein the number of visitors exceeds the capacity of the physical space of the museum. This can potentially be detrimental to the quality of visitors’ experiences, through disturbance by the behavior and presence of other visitors. Although this situation can be mitigated by managing visitors’ flow between spaces, a detailed analysis of visitor movement is required to realize fully and apply a proper solution to the problem. In this paper we analyze visitors’ sequential movements, the spatial layout, and the relationship between them in a largescale art museum―The Louvre Museum―using anonymized data collected through noninvasive Bluetooth sensors. This enables us to unveil some features of visitor behavior and spatial impact that shed some light on the mechanisms of museum overcrowding. The analysis reveals that the visiting styles of short-stay and long-stay visitors are not as significantly different as one might expect. Both types of visitors tend to visit a similar number of key locations in the museum while the longer-stay visitors just tend to do so more time extensively. In addition, we reveal that some ways of exploring the museum appear frequently for both types of visitors, although long-stay visitors might be expected to diversify much more, given the greater time spent in the museum. We suggest that these similarities and dissimilarities make for an uneven distribution of the number of visitors in the museum space. The findings increase the understanding of the unknown behaviors of visitors, which is key to improving the museum’s environment and visitor experience.
| 大学・研究 | 03:05 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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