地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
フランクフルトにある隠れた名建築:Ferdinand Kramerによるフランクフルト大学薬学部棟
忙しい‥‥なんか最近妙に忙しい!



最近はブリュッセルに行ったり、フランクフルトへ行ったり、はたまたその間にバルセロナで来月開かれる国際会議(IBMスマートシティ会議とバルセロナ・スマートシティ国際会議)の為のプレミーティングに、(強制的に)参加させられたりと、なんだか目まぐるしい毎日を送っています。



そんな超多忙な日々なんだけど、足早に過ぎていく時間の中で忘れてはならないことも多々起こっている訳で、その様な出来事をメモ程度に書き留めておこうかなと思います。

先々週のことになるのですが、所用でフランクフルトへ行った時のこと(夏休み明けから数えてもう3回目!)、意外にもプロジェクトの打ち合わせが早く終わったので、「この機会を逃すべからず!」くらいの勢いで市内にある幾つかの美術館へ行ってきました。



フランクフルト市内には見るべき美術館が幾つかあって、それらの多くがマイン川沿いに行儀良く並んでいるんだけど、例えばフランドル絵画のコレクションでは世界屈指の規模を誇るシュテーデル美術館(Städel museum)、ドイツ映画博物館(Deutsches Film Museum)、更にはドイツ建築の紹介を中心としたドイツ建築博物館(Deutsches Architektur Museum)なんてのもあったりするんですね。



ちなみに上の写真は約1年前にシュテーデル美術館を訪れた時にツイートしたものなんだけど、あれよあれよという間にリツイートされまくって、1年経った今でも時々現れている「つぶやき」です。 ←「あの写真、何処で撮ったんですかー?」って良く訊かれるんですが、ずばり、シュテーデル美術館2階奥にあるルノアール(絵画)の前で撮りました。



もう1つちなみに、このシュテーデル美術館は最近リノベーションが施され、地下空間が新しく付加されたのですが、これがまたシザ‥‥ひいてはアールトの甘いコピーに見えない事も無い‥‥と言ったら意地悪過ぎるでしょうか(苦笑)。



そんな中、今回はリチャード・マイヤー設計で知られるフランクフルト工芸美術館(Museum für Angewandte Kunst)に行ってきました。とは言っても、この美術館の空間構成についてはココで紹介するほどでもなく‥‥かと言って展示品もそれほど面白い訳でも無いんだけど、僕が今回ここを訪れた理由、それは久しぶりに倉俣史朗さんの椅子(How High the Moon)を見たかったからなんですね。


(倉俣史朗作、How High the Moon)
←倉俣史朗さん、僕が中学生くらいの時に亡くなったのですが、たまたまその当時テレビを見ていたら、「彼が亡くなった」というニュースと共に、彼の代表作とも言える「ミスブランチ」がテレビに映し出され、「こ、こんな椅子が世の中に存在するのかー!」と眼を奪われた事を今でもハッキリ覚えています。


(倉俣史朗作、ミス・ブランチ)
それ以来、彼の作品の大ファンになり、ことある毎に展覧会へ行ったり、海外に散らばっている彼の作品を見て廻ったりと、倉俣巡礼を繰り返しているという訳なんですね。ちなみに、初めてアルバイトをして頂いた給料で購入したのが、実は倉俣史朗さんの照明(オバQ)だったと言う事も今となっては良い思い出です。 ←本当はミス・ブランチが欲しかったんだけど、高かったんですよ(汗)。


(倉俣史朗作、オバQ)
そんなこんなで、今回も久しぶりにこの美術館に彼の作品を見に来たんだけど、「あー、これ以外に見るもの無いなー」とか思ってたら、なんかあっちの方に建築系の特別展示を発見‥‥。



展覧会場のど真ん中に位置している大きなパネルに船が映ってる事から、「あー、近代建築系かなー?」とか思いつつ、少し見て回っていたら、コレが結構面白くてビックリ!僕は全く知らなかったのですが、20世紀初頭から80年代くらいまでドイツで活躍したFerdinand Kramerと言う建築家なんだそうです。



当時撮られたと見られる大きな白黒写真が展示されていたのですが、これが彼の代表作っぽくて、写真で見る限り、「これは一度この眼で見てみたい!」そう思わせるに十分な質を持っている様に思えたんですね。 ←‥‥なんか最近、表面をゴチャゴチャと操作しただけの建築や、写真写りが良さそうなだけの建築が多いんだけど、そんな中、わざわざお金と時間を掛けてまで「実際訪れてみたい!この眼で見てみたい!」と僕に思わせてくれる建築って、そうそう無いものなんですよ。

「まあー、でもなー、写真が白黒だし、雰囲気も昔の建物っぽいので、さすがにもう残ってないよなー」とか思いつつ、ダメ元で学芸員の人に聞いてみたら、「ハイ、ありますよ。フランクフルト市内です」との意外な答えが!「えー、これ、まだ残ってるの!!し、しかもフランクフルト市内???」。



で、詳しく聞いてみたら、どうやらこの建築はフランクフルト大学薬学部の建物なんだとか。更に更に、その学芸員の人、大変親切にも地図まで書いてくれた上に、大学図書館に連絡まで取ってくれて至れり尽くせり! ←何でも、遠い島国から来た日本人がドイツの建築家にこんなに興味を持ってくれたのが心底嬉しかったのだとか。

という訳で早速行ってきました。

市内を走っている地下鉄U4線に乗りBockenheimer Warte駅で下車すると、眼の前に広がっているのがフランクフルト大学のキャンパスです。



この大学、正式名称はヨハン・ヴォルフガング・ゲーテ大学フランクフルト・アム・マイン(Johann Wolfgang Goethe-Universität Frankfurt am Main)と言うそうなんだけど、日本を含む欧米では「フランクフルト大学」という通称で通っているので、こちらを用いる事にします。

「ん‥‥?フランクフルト大学?」と思った人はかなり勘が良い。そーなんです!この大学こそ、あのハーバーマスを擁するフランクフルト学派の拠点なんですね(地中海ブログ:美術の商品化と公共空間: Manuel J. Borja-Villel)。大学創設は1901年に遡るらしく、元々はこの辺りにキャンパスが広がっていたそうなんだけど、学生数の増加に伴い、近年は郊外へとキャンパスを移転したそうです。

最寄り駅を降りて歩くこと10分、この辺りには結構古い建物が残ってて、この建築(下記写真)もFerdinand Kramerによる作品なんだとか。



そこから更に歩くこと2分、見えてきました、それらしい建物が!



緑豊かな中に静かに佇んでいる姿は、金融都市フランクフルトの喧噪からは想像も付かないほどゆったりとした時間が流れています。この日は週末だった為、学生さんは誰もいなくて建物内は空っぽ。下の庭には裏から廻れそうだったので、そちらから行ってみる事に。



な、なんか物々しい雰囲気の裏側‥‥。



そこを曲がるとヨーロッパ随一の金融都市「フランクフルト」が顔を現します。それらの超高層と比較すると、正に「都会のオアシス」と呼ぶに相応しい雰囲気のポケットパークが姿を現します。



で、そこを曲がると現れるのがこの風景:



じゃーん!こ、これだー!しっかりとした本体部分にブリッジが架かっていて、この建築に流れる「物語」の「余韻部分」とでも言うべき四角い箱がくっ付いています。



真っ白な躯体に全面ガラス張りの四角い箱。



言うまでもなく、この小さな四角い箱と、それを繋ぐブリッジがこの建築の肝なんだけど、正にこの小さな箱がこの建築の質を「決定的なもの」にし、この何でも無い平凡な建築を「唯一無二の存在」にしているのです。



よーく見ると、大変注意深くデザインされていて、例えばこの箱の立面を「一枚の壁である」かの如くに強調する為に、こんなデザイン上の工夫がされていたりするんですね。



今度は反対側から見てみます:



50年以上の歳月を経て、ここの自然と素晴らしく同化しているのが見て取れます。

今度はもう一度上に戻って、正面からこの建築を見てみます。



先程のブリッジの部分です。渡ってみます。



右手側には先程の中庭と、しっかりとした基盤である高層棟。



左手側にはガラスを通して階段が見えます。



‥‥建築とは、何かしら建築家がやりたい1つのアイデアがハッキリと眼に見える形で実現出来ていれば良い建築である‥‥と、僕はそう思っています。

今回訪れたフランクフルト大学薬学部棟のアイデアは大変明快且つシンプル、更に言うなら、その表現としても「これだ、これだ!」と大声で自分を売り込むのではなく、大変謙虚な姿勢を貫き、パッと一目見ただけでは見過ごしてしまう様な、そんなごく普通の佇まいをしているんですね。



もっと言っちゃうなら、この「四角い箱をブリッジで繋ぐ」という掛替えの無いアイデア、たった1つの為に、この建築は最上級の質を伴った建築に昇華しているのです。



素晴らしい、本当に素晴らしい建築だと思います。

こんな建築が今まで日本に紹介されていなかった事、こんな素晴らしい建築を建てた建築家が殆ど無名のままでいること‥‥。

この様な予定調和的ではない体験が出来るからこそ、僕はヨーロッパの街を訪れ続けているのであり、この様なヨーロッパの深淵に不意に出逢える事こそ、ヨーロッパ旅行の醍醐味でもあるのです。
| 旅行記:建築 | 04:06 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
リアル・ドラゴンボールっぽい、ブリュッセル万博(1958年)の置き土産、アトミウム(Atomium)
今週はブリュッセルに来ています。
←バルセロナのスマートシティ政策に関する講演会(レクチャー)を欧州委員会関連で頼まれたので。



EUプロジェクトの関係などから、ボストンへ行く前は毎月一回、ひどい時になると1ヶ月に3回くらい来てたブリュッセルなんだけど(地中海ブログ:EUプロジェクト交通分野説明会2010、地中海ブログ:2010年、今年最初のブリュッセル出張その2:バイリンガルを通り越してトリリンガルになる日本人達:なんちゃってトリリンガルが変えるかもしれないヨーロッパの風景、地中海ブログ:ブリュッセル出張:Infoday 2010:バルセロナ空港管制官の仮病騒動とか)、この街を訪れるのは実に1年ぶりだと言うことが先程判明!まあ、1年も経つと見慣れていた風景が色々と変わっていたり、知らないレストランが続々とオープンしていたりと、久しぶりのブリュッセルの街並の変化を楽しんでいたりします。



今回僕が行ったプレゼンテーションやその内容などについては、また別の機会にゆっくりと書いていこうかなと思ってるんだけど、一言だけコメントしておくと、今回一緒になった登壇者の中で、「ほぉー、これは!」と僕に思われてくれる興味深い取り組みをしていたのは(やはり)横浜市でした。
←知ってる人は知ってるかもしれないけど、「横浜市のスマートシティへの取り組み」って欧州におけるスマートシティ賞を結構受賞してたりするんですね。ちなみにこの分野で主導権を握ろうと、バルセロナが3年程前に作った「スマートシティ国際会議」第一回目のキースピーカーとして招かれたのが(僕がMITで所属しているラボの所長)Carloさん(スマートシティの世界的権威)であり、彼にオープニング・スピーチをしてもらう事でこの会議に権威付けを行うという戦略をバルセロナが敷いていた事は以前のエントリで書いた通りです(地中海ブログ:バルセロナのバス路線変更プロジェクト担当してたけど、何か質問ある?バルセロナの都市形態を最大限活かした都市モビリティ計画、地中海ブログ:スマートシティ国際会議(Smart City Expo: World Congress)に出席して思った事その1:バルセロナ国際見本市会場(Fira Barcelona)の印象)。ちなみに、今年京都で行われたスマートシティ国際会議も全く同じ路線を敷いていて、Carloさんをスピーカーに招いていました←その件でカルロには日本へ行く前に、京都について、はたまた日本のスマートシティに関する取り組みについて散々質問されたりしました(苦笑)。もう1つちなみに、その第一回会議で世界スマートシティ大賞に輝いたのが何を隠そう横浜市の取り組みだったりします。



レクチャーの翌日は、地元ブリュッセルのICT関連の研究者が「どうしても意見交換したいのですが‥‥」とメールを送ってきてくれていたので、朝からお昼までは市内でミーティング三昧。帰りの飛行機が結構遅い時間だったので、ミーティングが終わってから空港へ向かうまでの時間を利用して、ちょっとした観光をしてきました。まあ、とは言っても、ブリュッセルは今までに何十回も来てるし、「主要な観光地は殆ど廻ったからなー」とか思いつつ、地図を見ていたら一カ所行っていない所を発見!な、なんとあろう事か、ブリュッセルで最も観光客を惹き付けているモニュメントの一つ、アトミウムに行っていない事に気が付いてしまったのです!



1958年にブリュッセルで開催された万国博覧会のシンボルとして創られたこのアトミウムは直径18メートルの9個の球体とそれらを繋ぐ12の辺で構成されています。この形状は鉄の結晶構造(体心立方格子構造)を表しているらしく、モニュメントの高さは103メートルにも及び、実際の鉄の結晶構造を1650億倍に拡大したものなんだとか。ヘェー、ヘェー、ヘェー。2004年にリフォームの為に一旦閉館し、再び開館したが2006年。それ以来、小便小僧と並び、ブリュッセルを代表するモニュメントとしての地位を確立しているんですね。「こんな魅力的なモニュメントを訪れて無いとは建築家の恥!」という訳で早速行ってきました。

いつもならここで、この建築へのアクセスの仕方=「建築の歩き方」から始めるんだけど、この建築には市内から地下鉄で簡単にアクセス出来る為、今回は「必要無し」と判断。最寄り駅は地下鉄のHeysel駅。駅を降りて地下鉄構内を出ると広がっているのがこの風景です:



じゃーん!木々の間から垣間見える巨大なボールと、それらを繋ぐ鉄の棒が創り出す風景は、正に「非現実的」という言葉が相応しいかと思います。



このアトミウムは理科室に置いてある模型を巨大化した様な、そんな大変奇妙な感覚を僕に生じさせます。ちなみに、バルセロナの山手側、セルトが手掛けたパリ万博のスペイン館(1937年)の真ん前にマッチ棒を巨大化したアート作品があるんだけど(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その3:ホセ・ルイ・セルト(Josep Lluis Sert)のパリ万博スペイン共和国館)、これはオールデンバーグとバン・ブルッゲンによる彫刻作品で、コンセプトとしては、アメリカのポップアートの一潮流であった「我々が普段見慣れている日常生活品を巨大化する事」によって、我々の意識下に浸透している潜在意識の意味を問うと言う、そんな大層なモノだったりします(笑)。



そんな事を思いつつ、どんどん近づいて行ってみます:



足下まできました。か、かなりデカイ。で、見上げるとこの風景:



うーん、巨大な銀色のボールが9つ。正にリアル・ドラゴンボール(笑)。7つじゃなくて9つだけど‥‥。僕が訪れた時は微妙に空が曇ってて、巨大なボールが空中に浮いているという超非現実的な風景の中、「い、いでよシェンロン!」とか唱えたら、本当に龍が出てきそうな雰囲気でした(笑)。



とまあ、冗談はこれくらいにして、イヨイヨ中に入って行ってみます。ちなみに入場料は11ユーロ!「た、たかい!!」‥‥とブツブツ文句を言いながらも入場料を支払いエントランスを潜ると、ベルギーで絶大な人気を誇る冒険漫画の主人公、タンタン(TINTIN)が出迎えてくれ、彼と一緒に強制的に写真を撮らされるんですね(タンタンについてはコチラ:地中海ブログ:クリスチャン・ド・ポルザンパルク(Christian de Portzamparc)のエルジェ美術館(Musee Herge)はなかなか良かった)。



←後に判明するのですが、この写真、出口で10€くらいで売ってました←結構セコイ商売してるなー(苦笑)。

さて、僕が非常に感心したのがこの建築の巡回方法です。←職業柄、建築や美術館の中で人がどう動くか?という事についつい眼が行ってしまうのです(地中海ブログ:ウィーン旅行その9:シェーンブルン宮殿(Schloss Schonbrunn)のオーディオガイドに見る最も進んだ観光システム/無意識下による人の流れのコントロール)。



エントランスを入った直ぐの所にはエレベーターが設置されていて、先ずは強制的に最上階まで運ばれます。で、このエレベーター、天井がガラス張りになっていて、そこからチューブ内の構造が見えるんだけど、これがカッコイイんだな!



上の写真がエレベーターが止まってる所。当時使われていたチューブ内の構造がありありと見えるんだけど、こんな風景滅多に見えるものじゃあありません。更に更に、エレベーターが動き出すともっと凄いんです!



じゃーん!こんな感じで気分は正に60年代にタイムスリップ!!こんな風景を楽しんでいると30秒ほどで屋上に到着〜。



屋上はブリュッセルが一望出来る展望台になっています。更にそこから階段で上がっていくと(お約束通り)レストランになっているんですね。



こちらも当時の構造体を露出させ、現代的な材料やデザインと上手く組み合わせる事によって大変独特な雰囲気を醸し出しているのが分かります。



更にその上階には特別席(?)みたいなのがあって、まるでスタートレックに登場した船内を思わせるかの様な風景になっています。で、ここを見終わると先程のエレベーターに乗せられ、再び一階へ。



ここからはエスカレーターと階段を使って1つ1つ球体の中を移動していく事になるんだけど、このエスカレーターのデザインがコレ又レトロな感じで最高でした。



1つ1つのボールの中にはそれぞれのテーマが設定されていて、それに関するちょっとした展示が企画されています。例えばこちらはブリュッセル万国博覧会が開かれた当時(1958年)の様子を写真や映像で伝えるコーナー。その当時、科学技術が「如何にバラ色の未来を約束するものだったか?」、「如何に人々に夢と希望を与えるものだったか?」という事がビシビシ伝わってくる内容となっています。そしてまた別の通路へ。



この通路も素晴らしくレトロ・フューチャー!!全ての球体を見終わり下階へ降りて行く時はエスカレーターを使う事になるんだけど、そこが一番凄かった!



映像と音を駆使して、我々を過去へとタイムスリップさせてくれるんですね。



‥‥万国博覧会というのは元々ヨーロッパ帝国主義のプロパガンダ装置、つまりは「国家の広告」として発明され発展してきたが故に、会場に設置されたモニュメントや展示物を通して常にその時代時代の国家、産業、そして大衆との関係を表し続けてきたという歴史があります。史上初の万博であった1851年のロンドン万博では、その当時の技術の粋をつぎ込んだクリスタルパレスが生まれ、1899年のパリ万博ではエッフェル塔が発明され、更に1967年のモントリオール万博ではフライ・オットーのネット構造物が生まれたりしています。

つまり万博というのはその構造物と、その構造物の「物理的なサイズ」によって、その国家の技術と経済力の一大プレゼンテーションとして機能してきた訳なのです。

この様な状況(つまりは万博の為に建設されたモニュメントが担う機能)に変化が現れ初めたのが1964年のニューヨーク万博。この万博では、会場構成を担当したのがディズー社であり、その会場や風景は「技術が生み出すバラ色の世界」というよりは寧ろ、遊園地やテーマパークと言った様相を呈していたのです。その後、1968年にパリ革命が起こり権威の失墜が始まります。更には1970年の大阪万博では、国家のアンチである筈の前衛芸術家が国家に利用され始めるという逆転現象が起こり始め‥‥という様に続いていくんだけど、この話をし出すと長くなるので又今度。

簡単に要約すると、ある時期までは万博というのはその国における最新テクノロジーとその国の威信を掛けた世界最先端のものを展示する祭典だったんだけど、ある時期を境に巨大なテーマパークの様なものに変わっていきました。その背景にあるのは、我々が以前の様には「科学の進歩の力を信じられなくなった」という事が挙げられると思います。つまりは「21世紀になったら車は空を飛んだり透明チューブの中を走ったり、はたまた宇宙旅行が当たり前で、人類は宇宙ステーションに住んで地球の人口増加は解決されたり‥‥」と言った様な「科学技術がもたらしてくれる夢の未来、明るいバラ色の未来は来ない」という事をいつの間にか悟ってしまった訳なんですね。



それらを背景として近年起こってきている事‥‥それは現代の世の中に希望を見い出せなくなった世代が「バラ色の未来を夢見ていた過去に強い憧れを見い出す」という逆転現象なのです。もっと簡単に言っちゃうと、「明るい未来を想像し、夢を見ていた過去は良かったよなー」みたいな、そんな感覚なのです。

近年日本の社会で起こっている諸現象は、この様な「ロストフューチャー論」で結構説明出来て、例えば去年大旋風を引き起こした「あまちゃん」なんかは、日本が圧倒的に輝いていた80年代のアイドル映像などを取り混ぜながら、それらを大変巧妙に物語に組み込んだ事によって成功した事例だと、僕は思っています(地中海ブログ:多度大社から歩いて3分の所にある皇室御用達の鯉料理の老舗、大黒屋)。



ブリュッセル万博(1958年)のシンボルとして建設された今回のアトミウムは、明らかにこの路線上に乗っているモニュメントです。故にその当時の社会に充満していた科学技術に対する信頼、科学技術が切り開くバラ色の未来、その様な雰囲気をこのモニュメントは「建築として」表象しているのです。だからこそ、この建築を訪れた我々はこれ程までに過去の雰囲気を「体験として」感じることが出来るのであり、この建築はこれ程までに我々の心を過去へとタイムスリップさせてくれるのだと思います。

一風変わってたけど、面白い建築体験でした。
| 旅行記:建築 | 02:06 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
本邦初公開!ガリシア地方の山奥にリアル風の谷があった!エルミータ修道院(Santuario de Nuestra Senora de las Ermitas)
ガリシア地方のド田舎でのんびりとバケーションを満喫中だったんだけど、「どうしても(講演会&ミーティングに)来て欲しいのですが‥‥」みたいなメールが某所から送られてきて、「バカンス中なので‥‥」と断ったら、「そこを何とか‥‥」と言われてしまい、渋々人口500人の村からヨーロッパ金融の中心都市、フランクフルトへ。
←バカンスを謳歌する事を人生最大の楽しみにしているスペイン人だったら100%断ると思う。←っていうか、そもそも彼らはバケーション中はメールをチェックしないと思う←来年から僕もそうしよう(笑)。



という訳で、もう既にバルセロナに帰ってきているのですが、ちょっと時間を遡り、バカンス中に起こった出来事をメモ程度に書いておこうかなと思います(FacebookやTwitterと違い、ここがブログの良い所だと思う。過去の記憶をきちんと蓄積出来て、グーグルでも検索可能なので)。先ずはやっぱりガリシア名物、タコの話題から!



「ガリシアと言ったらタコ煮」と言うくらいスペインでは非常に有名なタコ煮なのですが、スペイン随一の港湾都市ビーゴ市(Vigo)に行った際に地元出身の知り合いが「ここで出される料理は絶品!」と、連れて行ってくれたレストラン、そこで出てきたタコ煮が凄かった→→→!!!



タコ丸ごと一匹(笑)!長年、色んなレストランでタコ煮を食べ歩いてるけど、タコが丸ごと一匹出てくるなんて聞いた事がありません。しかも美味しい!堅すぎず、柔らか過ぎず、絶妙な歯ごたえ!!さ、さすがタコ煮の聖地、ガリシア‥‥。恐るべしです。



さて、そんなガリシア地方なのですが、海産物やワインもさる事ながら、この地方の魅力といえば、非常に豊かな自然環境だと僕は思います。乾燥しきっているスペイン南部のアンダルシア地方とは違い、一年を通して比較的降水量が多い事で知られるガリシア地方というのは、何処に行っても深い緑に囲まれ、僕達の心を豊かにしてくれる大自然に出逢う事が出来ちゃうんですね。



ちなみにいま現在、バルセロナを中心とするカタルーニャ地方では独立への気運が非常に高まってるんだけど、大変興味深い事に(というか同じ国(スペイン)だとは思えない程に)ガリシア地方では「独立」と言う言葉とは無縁の社会文化が展開されています。例えばカタルーニャでは「カタラン語をしゃべる事/しゃべれる事」が1つのステータスの様に考えられていて、若者の間では一種のファッションの様になっていたりするのですが、ガリシアでは逆に、「ガリシア語をしゃべる事がネガティブに捉えられる事がある」と言った様な認識が社会全体に蔓延っています(地中海ブログ:スペイン語の難しさに見るスペインの多様性:ガリシア語とカステリャーノ語)。

‥‥あー、また脱線してしまった。ガリシア地方については大変興味深い社会・経済・文化・政治・歴史がある割には日本語での情報が少なく‥‥。これを機に、意識的に書いていこうかな。

‥‥と、そんな事を思っていたら知り合いが、「近くに面白い教会があるよー」とか言い出した‥‥。なんでもその教会の創設は18世紀初頭らしく、昔からこの辺りに住んでる人達の「ローカルな聖地」になっているのだとか‥‥。

そんな事を聞いてしまったら行かない訳にはいきません!という訳で早速行ってきたのですが、これがビックリ!な、なんとこの教会、深い深―い谷の底に教会堂が位置しているという、「風の谷形式」を取っているじゃ無いですかー!
←風の谷形式とは、僕が勝手に名付けた建築タイプです(笑)。


(谷の上方から見たセナンク修道院)

これは正に5年ほど前に南フランスはエクス・アン・プロヴァンスで見たプロヴァンス3姉妹の次女、セナンク修道院と形式的には一緒です(地中海ブログ:風の谷のセナンク修道院:天空の城の後に見る風の谷:リアル宮崎駿ワールド)。


(ル・トロネ修道院内部)

ちなみに同じプロヴァンス地方に位置している、建築家なら誰しも憧れるル・トロネ修道院には、感動し過ぎて4日間連続で行ってしまいました(地中海ブログ:プロヴァンス旅行その5:ル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)の回廊に見る光について:地中海ブログ:プロヴァンス旅行その4:ル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)の窓に見る神業的デザイン:地中海ブログ:プロヴァンス旅行その6:ル・トロネ修道院の絶景スポット発見!)。


(セナンク修道院から徒歩1時間弱の所にあるリアル・ラピュタっぽい様相を呈する天空の城ゴルド村)

今回のエルミータ修道院とセナンク修道院の大きな違い、それはセナンク修道院が世界的な観光名所であり、毎日大量の観光客で溢れ返っているのに比べ、エルミータ修道院の方は、スペイン国内にすらその存在を殆ど知られること無く、人知れずひっそりと佇んでいるという点かなと思われます。そりゃ、そうだよなー。近郊の街までバルセロナから電車で12時間、ビーゴからだって4時間、更にそこから車で1時間弱ですからね。地元の人以外で態々こんな所に来るなんて僕くらい(笑)。
←「cruasan‥‥相当暇だな!」とか言う声が聞こえてきそうですが‥‥(笑)

という訳で早速レッツゴー!(あ、ちなみにこの修道院、本邦初公開です)。

エルミータ修道院へは僕が滞在している村から山間を縫う様にクネクネと山道をひたすら走って行くだけなんだけど、それこそ気分はこんな感じ:

「緑の中を走り抜けてく真っ赤なポルシェ〜♪」 ←じゃなくて、真っ白なオペル(OPEL)ww←しかもかなりポンコツ(笑)。



濃い緑の中を走る事、約30分‥‥「あ、あそこー」と知り合いが教えてくれたのがこの風景:



え、どこどこ‥‥?←眼が悪いのであまり良く見えない‥‥もうちょっと近寄ってみます:



あー、ほんとだー!教会っぽいのがある!しかもちょっとした村っぽいのも形成されてる!!上から見ると、谷底のどの部分に教会が建っているのか?また、周りの家々が教会に対してどの様な布陣を敷いているのか?がハッキリと分かって大変興味深いですね。‥‥と、ここで車を降りてみたら、天気も良いし、それほど暑くも無いし、何よりお昼まではまだちょっと時間があったので、谷底までは歩いて行く事に。



谷の頂きから谷底までは車一台通ったら一杯になってしまうくらい狭い道がスリバチ状にグルグルと走っているんだけど、その道なりに歩いていくと、自ずと谷の底=目的地である教会に到着する様になっています。



で、「僕が非常に面白いなー」と思ったのが、歩いて行くにつれて教会の姿が違って見えてくるというポイントなんですね。まあ、当然と言えば当然なんだけど、少し歩くとさっきまで見ていた教会とは全く違う様相を呈してくる訳ですよ!

ほら、こんな感じで、さっきまでは凄く遠くに見えていた教会が、今はちょっと大きくなりました(笑)。



更にさっきまで見ていた方向、角度とは違う教会の顔も見えてきちゃったりします。



‥‥これは僕の個人的な性格であり資質でもあると思うんだけど、僕はこの様な、日常の風景の中に見え隠れするチョットした差異、「パッと見」は一緒なんだけど、「よーく見るとホンのちょっとだけ違う」‥‥そんな所にとっても感動してしまいます。



それが良い事なのか悪い事なのか、それは僕には分からないし、そんな事は僕にとってはどうでも良いことなのです。そうではなくて、「僕の眼には世界はこう見えている」、「こういう風に僕は世界を切り取っていて、世の中にはこんな風に世界を見てる人がいる」、そう言っているだけなのです。



多分、こんな些細なこと(つまりはちょっと歩いたら教会がホンのちょっとだけ違って見えるということ)は、世界の大多数の人にとってはどうでも良い事だし、多くの人達は、それこそ何も気が付かないままに過ぎ去っていく1つの風景でしか無いのだと思います。でも、こういうちょっと違った見方をするマイノリティ、そういう多様な人々が集まりながら我々の社会というものは形成されているが故に、僕達の世界は面白いのだし、非常に魅力的だと思うのです。



さて、あちら側の斜面には、ワインを作る為のちょっとした葡萄畑が見えちゃいます。更に更に、道のあちらこちらでは様々な植物を見る事が出来て、ここになっているのなんて、そう、栗です!



かなり下の方まで降りてくるとちょっとした小川がありました。



上空を見上げれば、雲1つない快晴。正にスペイン晴れ(笑)。



そんなことを思っていたら、不意に出会すのがこの風景:



じゃーん!ようやく教会の足下まで到着〜。教会まではあと一歩なんだけど、ここからが結構大変だった!物凄い急な坂を上らなきゃならなくて、ホント、つまずいたらそのまま谷底までまっしぐら‥‥みたいな(笑)。



面白いのは、教会の周りに住居群が出来ていて、この教会を中心とした小さな村が形成されている事です。「あー、ヨーロッパの街というのは、やっぱり教会を中心に形成されてきたんだなー」と改めて思わされる瞬間です。



なんて言ったって、鐘の音が聞こえないエリアは浄化されていないので「悪魔が出る地域」と認識されていますからね。←スペインってリアルに王様とか居るし、お城とかあるし、正にドラクエの世界、そのものです(笑)。

そしてとうとう目的地である教会に到着〜。うーん、なんとも感慨深い。



教会に行く意味。それは勿論、お祈りをしに行く訳なのですが、それよりも何よりも、そこに到達するまでに色んな事を考え、色んな思いを巡らしながら歩く事、そしてその途中に展開している風景を心に刻みつける事、それが重要なんじゃないのかな?

現代社会を生きる僕達には、それこそ車という大変便利な文明の利器が利用可能なので、どんな辺境だって、来ようと思えばそれこそ何十分、何時間という比較的短い時間単位で訪れる事が出来ます。しかしですね、この教会が創られた何世紀も前にはそんな便利なものは無かった訳で、もっと言うなら、夜道を照らす街灯も何も無い訳で、そんな中を遠くの村から何日も掛けて歩いてくる信者の人達は、さぞかしこの教会が有り難かったことだろうと想像するんですね。



ジュースが飲みたいと思ったら近くのコンビニで買ってみたり、何処かに行きたいと思ったら新幹線に乗って日本一周だって出来てしまう今の世の中。そんな現代文明から少し離れ、こうして歩いてみるだけでも、今まではナカナカ見えなかった事象が見えてきたり、車に乗っていては気が付かなかった風景が見えてきたりと、人生が又1つ豊かになった気がします。

良かった、非常に良かった!来年もまた来てみよう。
| 旅行記:都市 | 04:08 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ガリシア地方でのド田舎生活:コウノトリの巣ってこんなに大きいって知ってた?
先日から始まったガリシア地方でのド田舎生活。

都会で生活していては絶対に見ることが出来ないモノ/体験出来ないコトに出逢えてしまうのがココで暮らす醍醐味だと思うんだけど、僕がこの村に来て大変驚いた事の1つがコチラです:



直径1メートルを超えると思われるコウノトリ(スペイン語ではcigüeñaと言います)の巣なんですね。この地方にはこの様なコウノトリの巣が、教会や集合住宅の屋根、はたまたお店の軒先など、至る所で見られます。



日本では「赤ちゃんを運んでくる」という逸話と共に知られているコウノトリなんだけど、この鳥がこんなにも大きな巣を作るなんて知っている人はあまりいないのではないでしょうか?(←これこそ正に、建築家無しの建築!) 実際僕はこの田舎に来るまで、コウノトリの巣をこの眼で見る事になるなんて夢にも思わなかったし、コウノトリという鳥自体、見た事ありませんでした(笑)。

ちなみに(日本と同様に)スペインでも、「コウノトリは赤ちゃんを運んでくる」という逸話と共に知られてるんだけど、スペインのコウノトリは「赤ちゃんを「パリ」から運んでくる」という事になってるらしい(驚)。 ←「って事はスペイン人と言うのはフランス人なのー!?」とか、知り合いが言ってて、ちょっと面白かった(笑)。

ちなみに僕が滞在している家のお隣さん、クララお婆ちゃんの家の地下にはこんなのがいたりします:



丸々と太った2匹の豚ちゃん(笑)。全長1メートルくらいあって、驚くほど元気がいいww。聞いた所によると、毎年11月くらいに知り合いから子豚ちゃんを貰ってきて、その子豚ちゃんを1年くらいかけて育てるらしい。で、その豚ちゃん達、10月になったらこんな風になっちゃいます:



←生ハムでーす(笑)。ちなみに、豚ちゃんの後ろ脚からとれるのが生ハム(Jamon)、前脚からとれるハムをLaconと言います。つまり一匹の豚ちゃんからは2本の生ハムと2本のLacon、合計4本ものハムがとれるということなんですね。もう1つちなみに、日本でも大人気の「ベジョータ」とは、ドングリの実だけを食べて育った最高品質の黒豚ちゃん、その後ろ脚から作った生ハムの事を指します←どうでもいいマメ知識終わり(笑)。



毎日お昼前になると、向かいのチャベラお婆ちゃんの家の庭になっているイチジクをもらいに行きます←食後のデザートにするため。



その帰り道、村で唯一のパン屋さんにパンを買いに行きます。ちなみにこのパン屋さんでは、昔ながらのパン釜でパンを焼いているので、13時頃にパンを買いに行くと、それこそ出来立てホカホカのパンが貰えちゃいます(地中海ブログ:パン屋さんのパン窯は何故残っているのか?という問題は、もしかしたらバルセロナの旧工場跡地再生計画を通した都市再活性化と通ずる所があるのかも、とか思ったりして)。

このパンにバターと蜂蜜をぬって食べると、もう最高〜。

日本の一流レストランや星付きレストラン(バルセロナ)で出てくる料理に舌鼓を打つのもいいけど、こんな風に自分達の身近で獲れたものをテーブルに並べるという生活も、また悪くは無いかなと思います。

‥‥とココまで書くと、「な、何―!cruasanのやつ、現代社会は疲れるから、「みんなで原始の生活に戻ろう!」って言ってるんじゃないのー?」って思う人がいるかも知れませんが、そうではありません。そうではなくて、このような生活、我々が知っている尺度とは別の尺度で動いている社会というものが存在し、そこでは我々現代人とは全く違った価値観で全てのものが動いていると言う、ただ、その事を知ってほしいのです。



‥‥この村に身を置いていると、研究室(ボストン)の同僚(ブラジル人)が言っていた言葉を思い出します:

ブラジル人同僚:ブラジルにはAmazon(ネット通販)が無いんだよねー。
フランス人同僚:でもブラジルには本物のアマゾン(熱帯雨林)があるじゃない!


この会話を聞いていて、どちらの「アマゾン」があった方が我々(=人間)にとって幸せなのか‥‥ちょっと考えてしまいました。

‥‥いかん、いかん、何も考えずに「ボーっとする」ことがこのバケーションの目的だった(笑)。バナナ食べて寝よ。
| 旅行記:都市 | 01:03 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
今日から夏休み!ガリシア地方のど田舎で過ごす2014年の夏
ボストン→ニューヨーク→名古屋→ソウル→アムステルダムと、地球を約1周して、ようやく一昨日バルセロナに戻ってきました。



7月下旬にボストンを発って以来、この一ヶ月の間に6カ所の空港を利用する機会があったのですが、その際、幾つか気が付いたことをメモ程度に書き留めておこうかなと思います。

先ず、それら殆どの空港でwifiが利用可能(勿論無料)だったと言うこと。そしてその中でも唯一、無料wifiを提供していなかったのが、何と!ニューヨークのJFK空港!!ニューヨーク=大都会=「wifi無料提供は当たり前」くらいに思っていたので、この事実は個人的にはかなり衝撃的でした。



また、以前書いた様に(地中海ブログ:アムステルダム出張:如何に訪問者にスキマの時間を使って街へ出るというインセンティブを働かせるか?:スキポール空港(Schiphol Airport)の場合)、スキポール空港(アムステルダム)は、自国の特徴を全面に押し出していて、(オランダらしく)チューリップを大々的に空港で売っていたり、空港内に美術館を完備していたり(フェルメール関連の広告付き)、はたまたシャワー室があったりと(一回700円くらい)、長時間滞在していても全く退屈しない造りになっていて、空港という機能を「その都市における玄関口」とキチンと認識している辺り、「さすがヨーロッパを代表する国際空港を名乗るに相応しい格を持っている」と再確認しましたね。



そしてもう一カ所、今回の地球横断移動に際して僕が非常に感心したのが、ソウル(韓国)の玄関口、仁川空港の素晴らしさだったんですね。



何がそんなに素晴らしかったかって、空港自体が非常に機能的且つショッピング通りの充実さもさることながら、空港の至る所に韓国伝統芸能を扱ったお店や体験コーナーみたいなのが用意されていて、様々なデモンストレーションをやっていたりするのです。これは仁川空港で長時間トランジット待ちをしていた一人の空港利用者として、非常に嬉しかったなー。

だいたい空港でトランジット待ちをしている人達って、ショッピング以外、その時間帯は特に何をする訳でもなく(なかにはパソコンを広げたりして働いてる人もいますが)、退屈な時間を過ごしている事だろうと想像します。この様な隙間時間に目を付け、自国の文化に興味を持ってもらえる仕掛けを創り出し、トランジット待ちの人々に働きかけるというのは、非常に上手い戦略だと僕は思います。

さて、そんなこんなで各都市の空港を回りつつ、一昨日、約8ヶ月ぶりにバルセロナに帰ってきた訳なのですが、記念すべき帰国日初日にする事と言えば、やっぱりコレ:



近所のカフェに行き、久しぶりの帰国を祝ってコーヒーとクロワッサンで一人で勝手に乾杯!(僕、ビール飲めないので(笑))。どんなに長くこの地を離れていても、コーヒーとクロワッサンを食べるだけで、瞬時に地中海の生活リズムに引き戻されるから人間って不思議です。更に言うなら、この8ヶ月間、殆どスペイン語を話さなかったのに、半日もすると又もとの様に聞いたり話せたり出来る様になるというのは、「一度身に付けた言語は、一生忘れる事は無い」という何処かで聞いた格言を自分自身の体験として蓄積出来たというのは非常に貴重だったと思います。



という訳で、言葉も体も慣れてきて、本当ならここから、パエリア、生ハム、チーズなどを頬張りながら赤ワインに舌鼓を打ちつつ‥‥といきたい所なのですが、今回のバルセロナ滞在は1日だけ!実はいま、バルセロナからガリシア地方(スペイン北部)へと移動する特急電車の中にいます。理由は勿論、(毎年恒例になりつつある)ガリシア地方で夏のバケーションを満喫する為なんですね。



僕が乗ってるこの電車、バルセロナを出発してサラゴサ(地中海ブログ:サラゴサの都市戦略とかサラゴサ万博跡地とか)を経由し、バスク地方のビトリアを通り抜けガリシアに入るという進路をとるので、車窓からの風景が、大都会(バルセロナ)―土と砂しか無い乾き切った荒涼とした大地(サラゴサ)―緑豊かな土地(ガリシア地方)へと、鮮やかに変わっていく風景を楽しむ事が出来ちゃいます。個人的には、何年か前に都市計画/モビリティ計画/公共空間政策を担当したビトリア市を通ったりするので、ちょっと懐かしい感じもして、結構ノスタルジックな電車の旅だったりもするんですけどね(地中海ブログ:バルセロナのバス路線変更プロジェクト担当してたけど、何か質問ある?バルセロナの都市形態を最大限活かした都市モビリティ計画)。

人間の時間感覚って面白いもので、窓から真っ白な雲しか見えない飛行機の10時間はスゴく長く感じるのに、窓からの風景が刻一刻と変わっていく電車の旅の早いこと!‥‥バルセロナを出発して11時間後‥‥ガリシア地方のど田舎にある駅に降り立つと、眼の前に広がっているのがこの風景です:



イベリア半島最西部に位置するだけあって、午後20時だというのにこの明るさ!駅前の鉄塔には、今年もコウノトリが大きな大きな巣を作っていました。コウノトリがこんなに大きな巣を作るなんて、僕はこの田舎に来るまで全く知りませんでした。そしてちょっと丘を駆け上がればこの風景:



山々に囲まれつつ、湖の畔に佇んでいる、大変美しいこの村の全貌の登場です。

ローマ時代に起源があるというこの村には、その時代に造られた石橋が残っていたり、豚を自分の家の地下で飼っていたり、庭にちょっとしたワイン畑を持っていて、(お金儲けの為ではなく)家族が楽しむ分だけのワインを作っていたりと、外の世界とは全く違う、非常にゆったりとした時間が流れていたりします。



世界最先端を表明し、毎日が非常に慌ただしく過ぎ去っていく世界都市ボストン/ケンブリッジから帰ってきたばかりの今の僕の眼だからこそ、両都市のこの様な時間の流れ方の違いがより一層クリアに映るのかも知れません。



 「‥‥人間とは、変わっていくこと、変わらないこと、その2つの間で葛藤している生き物である‥‥」とは以前何処かで聞いた言葉なのですが、風景を含む全てのものが急激な早さで目紛るしく移り変わっていく現代社会において、それらとは全く違うリズムで時間が流れているこの村に、毎年僕は「変わらないこと」、「変わってはいけないことの大切さ」を自分の眼で確認しに来ているのかも知れません。



今日から暫くの間、教会の鐘の音と共にベッドに入り、鶏の鳴き声と共に目を覚ますド田舎生活が始まります。

今年も目一杯、楽しもーっと。
| 旅行記:都市 | 00:08 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
三谷幸喜が見せた静のデザイン:cruasanの古畑任三郎論
週末の夜、いつもの様にYoutubeを見てたら越路吹雪がカバーしていた「ラストダンスは私に」の動画を偶然発見!で、全く知らなかったんだけど、中森明菜が同曲をカバーしている事も発見しちゃって、その瞬間、僕の心の中でずっーと燻っていた「何か」が一本の糸でピーンと繋がった‥‥そんな感じを受けてしまいました。

 

僕は昔からテレビドラマが大好きで、80年代後半から2000年代前半くらいまでならほぼ全てのドラマを網羅しているという、(自慢なのか自慢じゃないのか)良く分からない自信を持ってるんだけど(笑)、そんな数多あるドラマの中でも特にお気に入りだったのが「古畑任三郎」なんですね。



古畑任三郎がテレビで放送され始めたのが1994年のこと、第二シーズンが1996年で、第三シーズンが1999年、最終回のファイナルに至っては2006年、その間なんと12年という超長寿ドラマ(驚)。で、このドラマの記念すべき最終回、しかもそのクライマックスで使われていた曲が、何を隠そう冒頭で紹介した「ラストダンスは私に」という曲だったのです。

繰り返し繰り返し、それこそ「画面に穴が空くんじゃないの?」って思うほど見たこのドラマなんだけど、第一話から順に見ていくにつれ、いつも僕の心に引っ掛かっていたことがありました。殺人トリックの解明と犯人逮捕に焦点が当てられている毎回話の中において、明らかに第一話と最終回だけは脚色が違っているのです。

とは言っても、「それが何故なのか?」、「どうしてそう思うのか?」を今まで上手く言葉で説明する事が出来なかったんだけど、今回たまたま「中森明菜が「ラストダンスは私に」をカバーしている」という事を発見するにつれ、古畑任三郎に纏わる1つの謎、ひいては三谷幸喜という人の類希なるデザインセンスに驚かされる事になってしまったのです。

と言う訳で(今回も)僕の独断と偏見を十二分に発揮して、至極勝手な「古畑任三郎論」を書いてみようと思うんだけど(地中海ブログ:映画:愛を読む人(The Reader):恥と罪悪感、感情と公平さについて)、その前に一言:

警告:ネタバレになる危険があるので、このドラマを未だ見てない人はここで読むのをストップしましょう。



結論から書いちゃうと、毎回難事件を巧妙な推理で解いていくこのドラマは(一見)刑事/推理モノの様に見えるんだけど、僕の見方によるとこのドラマは、古畑の恋愛物語で始まり、彼の恋愛物語で終わるという大変巧妙な構造をとっていると思います。そしてその組み立て方が非常に巧妙であり、日本的であり、ひいては建築的であるとさえ思ってしまうのです。

どういうことか?

先ず僕が注目したのは記念すべきこのドラマの第一回目の放送です。と言うのもこのドラマは三谷幸喜が昔から大好きだったという中森明菜演じる漫画家の殺人事件で幕を開けるからです。



中森明菜が第一回目のゲストとして登場しているという所が先ずはポイントなんだけど、と言うのも、古畑は第一話で出逢った女性(中森明菜)に好意をよせているということが、約12年後の最終回、それも犯人(松嶋菜々子)を自白に追い込むクライマックス・シーンにおいて明らかにされるからです。



ちなみに最終回のストーリーはどうなっているか?と言うと、松嶋菜々子演じる超売れっ子の脚本家の双子の姉妹(明るく社交的でマーケティングを主に担当する妹(楓さん)、そして実際に本を書いている姉(引き蘢りがちで人見知りタイプの姉(紅葉さん))が主人公となり物語が進んでいきます。「自分はいつも妹の陰に隠れて生きてきた」、「私だって表の舞台に立ちたい!」‥‥「でも妹がいるといつも比較されて」‥‥という状況、そして長年積み重ねられた妹への嫉妬が姉を殺害へと駆り立てるのです。



この最終回が他の回と明らかに異なっている点、それは物語の至る所で古畑が妹(楓)に好意を抱いている事が暗喩されている点です。「暗喩されている」と言う所がポイント。

楓は「次の作品が刑事モノであり、現役の刑事のプライベートが知りたい」という理由から古畑にこんな質問をします:

「刑事さんのプライベートについて知りたいのよ。例えば恋愛とか。犯人を好きになったりする事ってあるんですか?」

この質問にたじたじになってしまう古畑はいつもの様に誤摩化します。そして楓は更に突っ込んで:

「古畑さん、何で結婚しないんですか?」

この質問も古畑は上手く誤摩化そうとするんだけど、ここで重要なのは、三谷幸喜がこの様な伏線を物語の中にちりばめているという事なのです。更に言っちゃうと、三谷幸喜は現在のドラマが置かれた現実、そしてそれに対する批判を主人公の口を借りて語っているんですね:

「マスコミは駄目ね」



そんな中、大変鮮やかな手法で姉が妹を殺害したという事を突き止めた古畑は、そのことを彼女の口から自白させる事に成功します。そしてこの物語の最終的なクライマックスは、その直後に訪れます:

 
(上の動画で4:30秒くらいの所)

古畑:随分昔になりますが、あなたにとても良く似た女性と会った事があります。
松嶋:私に?
古畑:やはりものを書く仕事をしていました?
松嶋:作家さん?
古畑:漫画家です。才能に満ち溢れていて、若くして地位も名誉も手に入れた‥‥しかし彼女自身はとても控えめで、そして‥‥孤独でした。
松嶋:その人も誰か殺したの?
古畑:‥‥自分を捨てた恋人を‥‥。別荘の地下に閉じ込めて殺害しました。
松嶋:古畑さんが逮捕したんですか?
古畑:ハイ。
松嶋:彼女は‥‥今どうしてるんですか?
古畑:‥‥色々ありましたが、アメリカに渡って幸せな結婚生活を送っています。
松嶋:意外ね‥‥
古畑:‥‥私が言いたかったのは、人は生まれ変われる‥‥という事です。
松嶋:‥‥行きましょう。
古畑:その前に‥‥一曲、踊って頂けませんか?

松嶋菜々子が「意外ね‥‥」と言ったその後、少しの間があり、そして古畑が「私が言いたかったのは、人は生まれ変われる‥‥という事です。」と答える場面があるんだけど、この「意外ね」という言葉‥‥これがキーです。

一体何が「意外」なのか?
逆に言うと、「どうあったら意外じゃ無かったのか?」

松嶋菜々子が心に描いていたのはこの様な展開だと推測されます:

古畑はその女性に恋をしていた。だから彼女(中森明菜)が刑務所から出てくるのを待っていて、そして結婚した‥‥と思った。‥‥しかしそうじゃ無かった。彼女は「色々あったあと」、他の男性と結婚して遠くの国(アメリカ)で幸せに暮らしている‥‥。だから「意外ね」と言ったのではないのか?

そして実はこの発言こそ、前半部分で古畑が恋をした楓(松嶋菜々子演じる妹)が古畑に問うた質問:

「古畑さんって何故結婚しないのですか?」

に対する答えとなっているのです。

古畑は中森明菜が出所するのを待っていた‥‥。でも好きだとは言えず、結婚してくれとも言えず、ただただ彼女の幸せを見守るしかなかった‥‥。

更にその伏線として、「今度新しい小説を書くから」という名目で、楓は古畑に刑事の日常生活について質問する場面があるんだけど、その中で:

「‥‥刑事さんの恋愛とか‥‥。例えば犯人を好きになっちゃう事ってあるんですか?」

という発言が見事な伏線となっているのです。

僕が大変感銘を受けるのは、「古畑の恋愛感情」ひいては、この最終回のテーマが古畑の恋愛ドラマであるという事実、そのことがひた隠しにされ、物凄く控えめな表現をとりつつ進行していくという点なんですね。そう、ここには「何かしらの恥じらい」さえ感じるのです。この様な「これだ、これだ」と主張するのではなく、「控えめに感じさせる手法」、これこそ日本文化が最も得意としてきたお家芸であり、それこそ三谷幸喜の真骨頂だとも思うのです。その点を明らかにする為に、彼の代表作である王様のレストランから引用します:


千石:あー、私の理想の店の話、しましたっけ?
山口智子:ううん、聞いてないよ。
千石:トロアクロの様に、こう、広々とした調理場があって、そこには良く磨き込まれた鍋やフライパンが整然と並んでるんです。
山口智子:ねえ、私のこと口説いてるの?
千石:あー、天井は一面のガラス張りで、清潔で明るくって、まるで洗いざらしのハンカチの様に白く温かい。
山口智子:男が夢の話する時って口説いてるんじゃないの?
千石:流しは、窓に沿ってぐるりと調理場を囲む様になっている。何処に立っていても直ぐに水が使える様に‥‥
山口智子:うん、便利ね。
千石:全てが機能的で一切の無駄が無い。
山口智子:素晴らしいー。
千石:私は朝6時に出勤する。香ばしい匂いが調理場を囲んでいる。目映い朝の光の中で、早めに出て来たコックがクロワッサンを焼いているんです。
山口智子:アハハ
千石:私は先ず、コーヒーを入れる。廊下の向かい側に小さな部屋があり、そこが私の仕事場です。古い家具に囲まれ、その上には、古い思い出が一杯詰まった写真立てが並んでいる‥‥その内、朝一番で材料を仕入れて来たシェフが姿を表す。私は彼女を部屋に招いて、そしてコーヒーを御ちそうする。そしてあれやこれや、相談しながらその日のメニューを決めて行くんです。


 (山口智子にカメラが近寄りアップになる)。

 一体このやりとりの中で何が行われているのか?

「シェフ」と言われて我々が思い浮かべるのは男性では無いでしょうか?しかし千石はここで敢えて「彼女」と言う代名詞を使う事によって、暗に「私の隣にいて欲しいシェフ=山口智子」という事を指しているのです。




ここまで書いてきた僕の推論が合っているのか間違っているのか?‥‥もっと言っちゃうと、三谷幸喜が本当にこの様に考えていたのか?どうなのか?ということは僕にとってはあまり重要ではありません。

そうではなく、僕にとって大変重要な事は、ある週末の夜にたまたま僕が中森明菜のカバー曲を発見し、正にその事を通して、あるドラマの創り方/構造を推察し、それがとても建築的だと感動した‥‥、その様に解釈出来た事こそが重要なのです。

人間は忘却の生き物です。毎日起こる全ての事柄を全て覚えていたら、とてもじゃ無いけど恥ずかしくて生きていられません。そう、僕達は忘れる事によって生きていけるのです。そんな、自分の人生に起こった殆どの事を忘れている状況の中において大切な事は、「何を覚えているのか?」、「何が自分の実になっているのか?」、「何を覚えていられるのか?」という事なんですね。何をどう理解し、どう自分の問題に引き付けて考える事が出来、それをどう自分なりに昇華する事が出来たのか?

情報過多の現代社会において、このことこそ、いま真剣に問われるべき問題なのです。
| サブカル | 12:35 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ボストン/ケンブリッジ市のカフェ事情:美味しいコーヒー屋さんについて
寒い、非常に寒い!今年の北米には近年稀に見る大寒波が襲来してるらしくって、ナイアガラの滝が凍ったり、中東部の州ではマイナス40度にまで気温が下がったりと、それこそ人間が住む環境じゃあ無くなってきてる感があります←大げさに聞こえるかもしれないけど、本当に寒いんですよ!



スノーストーム(大雪)だって頻繁に(しかも突然)起こるから溜まったもんじゃありません。確かに去年も信じられないくらい雪が積もったりしてた記憶があるんだけど、今年はスノーストームの回数が多いんじゃないのかな?なんか3日に一回は降ってる様な‥‥←どうなんでしょうか、ボストン在住の皆さん?



さて、早いものでボストンに来てからもう既に一ヶ月が経ってしまいました。そろそろこちらでの生活リズムにも慣れてきたんだけど、いま思えば今回のボストン滞在はトラブル続きの幕開けだったんですね。トランジットで立ち寄ったロサンゼルス空港でまさかの飛行機のエンジントラブルに巻き込まれてしまい、なんだかんだと10時間近く待たされた挙げ句、ボストン空港に着いたのは深夜の3時過ぎ!実に日本を出てから36時間後の事でした。ロスからの飛行機の中では「ボストンに着いたらタクシーとか走ってるのかな?」とかなり不安だったのですが、空港を出たら深夜4時近くにも関わらずホテルからのお出迎えのバスが待っててくれて超感激(涙)。さすが世界のヒルトンホテル!



更に更に、ホテルのカウンターでチェックインした際のこと、「長旅の上、真夜中のチェックインでお疲れでしょうから、明日のチェックアウトはサービスで2時間遅れにさせて頂きます」という非常に嬉しい申し出が!ヒルトン、最高!

そんなこんなで幕を開けた今回のボストン滞在記(2014年版)なのですが、現在僕が住んでいる所は丁度1年前に住んでいたのと同じアパート、そして同じ部屋に入ることが出来ちゃいました(実は来る前までこのアパートは満室だと聞いていたので「今回は無理かなー」と思ってたんだけど、大変ラッキーな事に急に空き部屋が出たらしい)。



この家は間取りが非常にゆったりとしていて(地上3階、地下一階)、ロケーションも抜群でMITとハーバードの丁度真ん中に位置しています。家の周りにはカフェ、レストラン、スーパー、銀行と何でも揃っていて非常に便利。MITは歩いて10分の距離なので、その日の気分に合わせて時々バスに乗ってみたり歩いたりしています。



「アメリカの都市」と聞くと、どうしても「自動車が無いと生きていけない」的な事を連想してしまうのですが、ボストン/ケンブリッジ市の雰囲気は非常にヨーロッパの街並に似ている所があると個人的には思っていて、と言うのも地下鉄は通ってるし、街はコンパクトだし、何より歩いて楽しめる街路が広がっているのは嬉しい限りです。

そんな理由も相俟ってか、この街にはヨーロッパ出身の人が結構多くて、僕の所属してる研究室なんて8割がヨーロッパ人だったりする訳ですよ。で、面白いのが、そんな人達が集まると必ず話題に上るのが「コーヒーの話」なんです。


(上の写真はバルセロナの家の近くのカフェで出される非常に美味しいコーヒー/クロワッサン)

何故か?

何故ならアメリカ(ボストン/ケンブリッジ)のコーヒーは非常に不味いから(笑)。勿論、お店にも依るとは思うんだけど、「美味しいコーヒーを出しているカフェなんて殆ど無いんじゃないの?」と思うほど、この街では美味しいコーヒーに出逢うのは至難の業なのです。

だいたいですね、こちらで出されるコーヒーって、コカコーラみたいな大きいコップにいっぱい入ってきて、「あんなのコーヒーじゃなくてスープだ!」というのがヨーロッパのコーヒーに慣れ親しんだ人達の一般的な見解だと思います。更に最悪な事に、一杯のコーヒーの値段が高い!コーヒー一杯で平均約$3.5ドルというはバルセロナから来た僕にしたらちょっと信じられません(怒)。


(ルーヴル美術館内に併設されてるカフェ)

$3.5ドル(=3ユーロ)のコーヒーというのはバルセロナで言えば、サグラダファミリアの真ん前で飲むコーヒー、つまりは「観光客相手にぼったくってるカフェの値段」に相当します(地中海ブログ:在バルセロナ&観光客の皆さん注意です!:ランブラス通りで最近増えてきている詐欺行為について)。もしくはパリで言うと、ルーブル美術館の中にあるカフェで出されるエスプレッソがそれくらいの値段だったかな(地中海ブログ:世紀末の知られざる天才彫刻家、カミーユ・クローデル(Camille Claudel)について)。で、それだけ払って美味しいコーヒーが出てくるならまだしも、出されるのがスープの様に大量で薄いコーヒーっていうからやってられない!

と言う訳で最近では、研究室に居るイタリア人、フランス人、スペイン人なんかで集まって「何処のコーヒーが美味しいかリスト」を作ってるんだけど、たまたま昨日、知り合いのイタリア人から教えたもらったカフェが丁度僕の住んでる家から直ぐ近くにある事が判明したので、日曜日の朝に散歩がてら行ってきました。



実際に行ってみたら本当に家から歩いて5分の所にあったんだけど、いつもは行かないエリアだっただけに「え、こんな所にカフェなんてあったの?」と驚きを隠せませんでした。外から見る分にはかなり良い雰囲気。で、中に入ってみるとこんな感じ:



店内は広々としていて明るく、これまたかなり良い感じ。「おー、これは期待出来る!」とメニューを見てみると、な、なんとエスプレッソがあるじゃあないですかー!という訳で、チョコレート・クロワッサンと一緒に早速頼んでみる事に。



アメリカのカフェとしては非常に珍しく、このお店では一杯一杯丁寧にコーヒーを入れてくれます。で、飲んでみたら、これが結構美味しい!と言うか、アメリカに来て初めて本物に近いエスプレッソを飲みました!チョコレート・クロワッサンもそれほど甘過ぎず、バルセロナで食べるものに非常に近い感じで素晴らしい出来映え。また店内では(欧米のカフェでは当たり前なのですが)wifiが使えるのも嬉しいポイントです。気に入りました、非常に気に入りました!という訳で、週末の朝はここに来る事にします。



お店情報:DwellTime
住所:364 Broadway, Cambridge MA 02139
営業時間:M-F: 7:00-18:00 Sat:8:00-18:00 Sun:9:00-17:00
コーヒー一杯の値段:エスプレッソが$2.5ドル。
クーポン券:クーポン券は無いっぽい。
ネット環境:wifiあり。無制限。


せっかくなのでこの機会にケンブリッジ(セントラル周辺)にある僕が見付けた美味しいコーヒーを出すカフェを紹介しておこうと思います。



先ずは僕の家から歩いて3分の所にあるカフェ、1369 Coffee House。それなりに美味しいコーヒーを出していて雰囲気も良く、帰り道にあるのでほぼ毎晩20時30分頃から閉店の22時30分頃までいます。ここに来ればかなりの確率で僕に会えます(笑)。

住所:757 Massachusetts Ave, Cambridge MA 02139
コーヒー一杯の値段:1.7ドル
クーポン券:10杯飲むと1杯無料になるクーポン券あり
ネット環境:Wifiあり。一日45分までという制限付きだけど、日毎に変わるパスワードを入れ直せば何時間でも利用可能っぽい。




こちらはMITの直ぐ近く、僕のラボからは歩いて5分の所にあるFlour Bakery。このお店はサンドイッチ専門店なので、コーヒーというよりもそっちの方が美味しいかも。



Applewood-smoked bacon ($7.95ドル)が僕のイチオシ。注文してから作ってくれるのでパンは焼きたてのホカホカ。僕がボストンで食べたサンドイッチの中ではダントツに美味しかった気がします。1つ難点を言えば、かなりの人気店なので、いつ行っても満席でゆっくりとコーヒーを飲むという雰囲気ではありません。

住所:190 Massachusetts Ave Cambridge MA
営業時間:M-F:7:00-20:00 Sat:8:00-18:00 Sun:9:00-17:00
コーヒー一杯の値段:$3.5ドル
クーポン券:クーポン券無し
ネット環境:wifiあり。無制限。




こちらはKendall/MIT駅を出た直ぐの所に最近出来たカフェClover。こちらも一杯一杯きちんとコーヒーを入れてくれます。それほど混んでなくて、平日と土曜日は23時まで、日曜日も16時まで開いてるのは非常に嬉しい。また、机も大きくて友達と連れ添って行く事も出来るし、一人でパソコンを広げて作業するのも全く苦にならなくて重宝しています。

住所:5 Ccambridge Center, Cambridge, MA
営業時間:M-F:7:00-23:00 Sun:10:00-16:00
コーヒー一杯の値段:$3ドル
クーポン券:クーポン券無し
ネット環境:wifiあり。無制限。




言わずとしれたスターバックス。個人的にはスターバックスのコーヒーはあまり好きじゃないんだけど、ハーバード大学前の店は深夜1時まで開いてるし、2階は広々としているので空間的にはかなり好き。



週末になると、時々即興のジャズセッションなんかが始まったりして結構楽しめます。

住所:1380 Massachusetts Ave, Cambridge, MA
営業時間:M-F:5:00-01:00 Sat and Sun:05:30-01:00
コーヒー一杯の値段:$3ドル
クーポン券:クーポン券無し
ネット環境:Wifiあり。無制限。




MIT関係者でも知らない人が多いと思うんだけど、MITの都市計画/建築学部が入ってる建物の4階にちょっとしたカフェが入っています。コーヒーは不味いけど、建築学部の学生がパソコンや図面を広げて作業出来る様にとの配慮からか、かなり大きめの机が備え付けられていて、天井も高く、大きな窓からは光が燦々と降り注いで空間的には抜群。昼食時にはちょっとしたランチもやってて、それなりに美味しいと評判です。因みに僕は、毎日の朝食はここのカフェで取っています。朝の8時30分から9時30分頃にここに来れば僕に逢える可能性大(笑)。

住所:MIT7号館4階。
営業時間:M-F:9:00-15:00 Sat and Sun:Close
コーヒー一杯の値段:$1.7ドル
クーポン券:クーポン券無し
ネット環境:wifiあり。無制限。
| 地球の食べ歩き方 | 03:55 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ボストン滞在記2014:今月から半年間ボストンに滞在します。
前回のエントリで少しだけ書いたのですが、今年の年末年始は14年ぶりに日本の実家でゆっくりと過ごすことが出来ました(地中海ブログ:多度大社から歩いて3分の所にある皇室御用達の鯉料理の老舗、大黒屋)。



僕の様な海外長期滞在組にとって日本滞在時の楽しみと言えば、毎週月曜日に発売される週刊少年ジャンプもさることながら(笑)、コンビニのシュークリームさえもひたすら美味しいと感じてしまう、大変質の高い日本のスイーツなんですね。喫茶店王国名古屋が誇るご当地カフェ、コメダ珈琲が提供してくれるモーニングサービスなんて、もう最高!



コーヒー一杯(約380円)でトースト一枚とゆで卵が付いてくる上に、パンの上にのっけるジャムかバターが選べちゃうっていう豪華っぷり(実は裏技があって、「ジャムとバター、両方ぬって!」って頼むと結構やってくれたりします(笑))。ちなみに下の写真が元横綱の若乃花が名古屋に来る度に食していたというシロノワール(のミニ版)です:



しかしですね、僕の長―いコメダ通いの経験と、知り合いに行ったアンケート調査によると、各店舗で出されるトーストには微妙な違いがあって、その中でも「一番美味しい!」と評判なのが、名古屋市守山区志段味図書館前にある志段味店なんだとか(かなり勝手な独断と偏見に基づいています(笑))。

では一体「何がそんなに違うのか?」というと、志段味店で出されるトーストは、焼き立てなのは勿論のこと、パンの表面が非常にパリッと焼けているのに中はホクホクという、モーニングサービスで出されるトーストにしては非常に良く出来ている点です。どうも聞いた所によると、コメダにパンを供給しているパン工場がこの近辺にあるらしく、志段味店は朝一番で仕入れる事が出来る為にパンが非常に美味しい‥‥という事らしいです(真相は謎ですが‥‥)。



この様な、全国津々浦々何処へ行っても同じメニューが出されるチェーン店と言えども、その地域特有の個性を吸い上げ、画一的になりがちな商品の中にも微妙な違いを生み出している点にこそ、僕は本当の意味でのグローバリゼーション、つまりはローカルなものが意味を持ってくる「グローカリゼーションという価値」を感じてしまいます(地中海ブログ:バルセロナで売ってるプリングルズの生ハム味に見るグローバルとローカルの問題)。



さて、私事で大変恐縮なのですが、私cruasan、2月1日から半年間、住み慣れたバルセロナを離れアメリカ東海岸はボストンにあるマサチューセッツ工科大学(MIT)に滞在することになりました。

「あれー、cruasanって去年の3月にボストンからバルセロナに帰ってくる時、「さよならボストン」とか言って、今生の別れのごとく書いてなかったっけー?!」‥‥って、おっしゃる通りでございます(笑)。



そう、一昨年の9月から半年間ボストンに滞在し、名残惜しみながらボストンを去る際には、「もうボストンに来る事は無いだろう!」くらいの勢いだったんだけど、また来る事になっちゃったんだからしょうがない(笑)。



では何故またボストンに来る事になったのか?

一番の要因は、大学の方から非常に魅力的で好条件なオファーがあった事が大きいかなと思います。工学系では世界一を誇るMITからこの様なオファーを頂けたのは非常に光栄なんだけど、それよりも何よりも、世界のトップに君臨し続ける為に、世界中から人材を集めようとするその執念、更にはその「囲い込みの上手さ」にはいつもながらに舌を巻いてしまいます。この点についてはアイビーリーグの受験戦争を例に出しながら以前少しだけ書きました(地中海ブログ:MITの学部合格発表は円周率に因んで毎年3月14日となっています:アイビーリーグ受験を横目で見ていて思った事)。



2つ目のポイントとしては、研究活動やビジネスを展開していくという観点においてボストンに短期的に滞在するのは非常に生産的だという事が挙げられます。

「短期的」というのがミソ。

以前の滞在で僕がこの街から受けた印象‥‥それは、ボストンという街はバルセロナの様に「長期的に住み込む」というよりは寧ろ、1−2年といった短期で滞在するのに向いているのでは?ということだったんですね。滞在時間が限られているからこそ人々は何事にも一生懸命になる事が出来、それが生活への充実感に繋がり、この街に対する非常にポジティブなイメージに昇華していくのです。言うなればそれは、足早に過ぎ去ってしまう「はかない青春」の様なもの‥‥と言うことが出来るかも知れません。



前回の滞在ではこの街に住むのが初めてだったという事もあり、「研究室がどの様に運営されているのか?」、「どの様な生活スタイルにしたら良いのか?」、「美味しいクロワッサンはあるのか?(笑)」など、よく分からないままに時間だけが過ぎていき、「気が付いた時には既に6ヶ月が経っていた」という状況でした。また研究面においては、「滞在中に結果を出さねば!」と焦っていた事もあり、最初から最後まで緊張した日々を送っていました。



しかしですね、今回の滞在は2回目という事もあり、ある程度こちらでの生活の仕方や研究室の様子などが分かっている為、それなりに心に余裕が持てる気がしています。



今回の滞在では研究活動もさる事ながら、前回は全く行けてなかったボストン市内巡りを始め、ニューヨークや東海岸の都市にも行ってみようかなと考えています。特にテキサス州にあるルイス・カーンの美術館やシカゴ周辺のフランク・ロイド・ライトの建築は是非見てみたい(地中海ブログ:ルイス・カーンのフィリップ・エクセター・アカデミー図書館(Phillips Exeter Academy Library):もの凄いものを見てしまったパート3:「本を読むとはどういう事か?」と言う根源を考えさせられた空間体験、地中海ブログ:ルイス・カーンのイェール大学英国美術研究センター(Center for British Art and Studies, Yale University)、地中海ブログ:ルイス・カーンのイェール大学アートギャラリー(Yale University Art Gallery))。

という訳で、「地中海ブログ」はまたもや「地中海」を離れてしまいますが、「地中海文化に慣れ親しんだ日本人の眼から見たアメリカの社会文化をお伝えする」というコンセプトのもと、ボストンでの生活や僕の眼から見たアメリカ社会の光と影、はたまた美味しいレストラン情報などを書き綴っていこうと思っています。

コンセプトは少し変わってしまいますが、もし宜しければ、当ブログの読者の皆さんにも、このまま引き続きご愛読して頂ければ幸いです。

そしてボストン在住の皆さん、また仲良くしてください!充実した毎日、新しい出逢いと発見、そして楽しい日々を期待しています!

さあ、ボストン生活の始まりです。
| 大学・研究 | 22:34 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
多度大社から歩いて3分の所にある皇室御用達の鯉料理の老舗、大黒屋
年末から年始に掛けて、実はひっそりと日本に帰っていました。今回の帰国は1週間程度だったんだけど、そんな短い間にも下呂温泉に行ったり、お節料理を食べたりと、久しぶりに典型的な日本のお正月を過ごす事が出来たのは嬉しかったかな。



また、日本で紅白歌合戦をリアルタイムで見る事が出来たのは(バルセロナを出て以来)14年ぶりのことで、「え、紅白ってこんなに面白かったっけ?」という、良い意味における「驚き」を受けたのは個人的には嬉しい誤算でした。「あまちゃんを見てないと絶対に分からない演出」、つまりは「日本人だったら朝の連ドラくらい当然見てるよね?」っていうNHKの強気の姿勢とか、かなり笑った。もっと言っちゃうと、今年の紅白がここまで盛り上がったのは、(一時的、そしてかなり独特な文脈だったとは言え)「日本国民全般に認知され得る国民歌の様なものが戻ってきた」ということが大きいと思います。



正にそれが「潮騒のメモリー」であり、それを核とした演出(ユイちゃんが東京に行けたこと等)だったんだけど、その様な文脈をみんなが共有出来ていたからこそ、あそこまで盛り上がった訳であり‥‥潮騒のメモリーと言う曲は、過去の記憶を継ぎ接ぎにする事で実現した歌であり、これは「失われた未来論」に位置づけることが出来て‥‥と、今回の紅白を巡る現象について語り出せばキリが無くなるので、それはまた別の機会に。



さて、僕の家族は「毎年○月○日にはココに行く!」みたいな恒例行事を幾つも持っていて、僕も物心つく前から色々な所へ「無理矢理」連れて行かされてたんだけど(笑)、その内の1つが今日紹介する鯉料理の老舗、大黒屋なんですね。毎年1月2日は多度大社にお参りに行ってから、この料亭で出される鯉料理に舌鼓を打つというのが、それこそ僕が生まれる前から何十年間も続けられているcruasan家の恒例行事なのです。



「多度大社‥‥何それ?」という人でも、馬が崖を駆け上がる動画を眼にしたことがある人は結構多いのでは無いでしょうか?そう、多度大社とは「上げ馬神事」で有名な、あの多度大社のことなのです。



‥‥毎年ここに来る度に思うんだけど、「こんな直角の崖を上るなんて、馬も大変だなー」‥‥と。崖の上には、真っ白なお馬さんがいて、いつも美味しそうに人参をムシャムシャと頬張っています(笑)。



このお馬さんを横目に見つつ、おみくじを引いて甘酒を飲みながら、昔ながらの街並みが残る参道を歩いていきます。歩くこと3分、見えてきました目指すべき建築が:



じゃーん!創業280年という歴史を誇る鯉料理の老舗、大黒屋さんの堂々たる門構えです(今回は雨が降っていた為に良い写真が撮れなかったので、下記の解説には以前撮った写真を使います)。



見上げると、門の上には大黒様の姿が。



‥‥この門構えをチラッと見ただけでも、もう既にこのお店が徒者ではないことが分かるかと思うんだけど‥‥。と言うのもですね、この門から中庭へは一直線に視線が貫いているのですが、来館者をそこまでダイレクトに進ませるのではなく、石畳を使いながら「わざわざ」右寄りに進行方向を曲げているのが見て取れるんですね。



また、真っ正面に見える風景を一度に全て見せるのではなく、中央左寄りに「敢えて」樹を植えることにより、あちら側の風景を遮りながらクライマックス的空間に対する来館者の期待感を高めているのです。



この様なアプローチ空間の妙は、去年の夏に訪れた村野藤吾の佳水園、もしくはスペインとポルトガルの国境付近に位置するアルヴァロ・シザ設計によるヴィアナ・ド・カステロ図書館にも通ずる所があるかと思います(地中海ブログ:アルヴァロ・シザの建築:ヴィアナ・ド・カステロ図書館(Viana do Castelo)その2:内部空間編:パノラミックな風景が売りの敷地においてパノラミックな風景を見せないという選択肢)。

また、この威風堂々とした門構えのデザインは、このお店の前を通る人々の足を惹き止め、門の中へと誘い込みながらも、全く関係のない人々をはじき返す強靭さをも兼ね備えています。



この様な表現は(ファサードを波打たせながら)訪れる人々を惹き寄せては打ち返すというバロック建築の最高峰、サン・カルリーノ・アッレ・クアットロ・フォンターネ教会にも通じる所があるのかも知れません(地中海ブログ:サン・カルリーノ・アッレ・クアットロ・フォンターネ教会(San Carlino alle Quattro Fontane)から学ぶ歴史の重み:現地へ行ってみて初めて分かる事は山程ある)。

様々な文化圏における表象文化の比較という観点で見ていくと、自ずと「日本建築の特徴」みたいなものが浮かび上がってくると思うんだけど、それは「建築が完全に開く」のではなく、かと言って「完全に閉じてしまう」のでもない「曖昧な境界」とそれを可能とする皮膜、そしてその様な皮膜が何重にも折り重なる事によって襞の様になり、その中に存在する「奥」を大切に守っているのです。

「奥」とは日本文化の核に位置するアイデアであり、我々の日常生活の至る所に見られる事象でもあります(槙文彦さんが詳しく書かれています)。ふとデパートなどで買い物をした際、包み紙を開けると箱が現れ、その箱も包装紙に包まれていて、それを取り除いて箱を開けると、更に包装紙が現れ、「いつになっても中身に辿り着けない」‥‥みたいな(笑)。もしくは神社などで売られている「お守り」も「奥」が存在する事によって成り立っているものですね。



そんな事を思いつつ、一番外側に位置する先程の門を潜り、エントランス空間へとアプローチして行ってみます。くねくねとした石畳を通り過ぎると現れるのがコチラです:



靴を脱ぐ為の大きな大きな沓脱ぎ石。高さといい、少しくぼんだ感じといい、この空間に素晴らしくマッチしています。そしてふと眼を上げるとこの風景:



床に置かれた真っ赤な絨毯が素晴らしい。この色、そしてこの長さ。この絨毯がココにあるのと無いのとでは大違いで、この真っ赤な絨毯があるからこそ、あちら側に見えている日本庭園の緑が「これでもか!」と映えてくる訳です。



僕は昔から歴史の年号などを覚えるのは苦手だったんだけど、空間的な記憶力だけは抜群で、何年前だろうが、何十年前だろうが、一度行った場所や空間の詳細を殆ど忘れる事はなく、壁の色や家具の配置に至るまで詳細に覚えていることが出来ます。そんな僕の記憶を辿っていくと、このエントランス空間を形作っている石畳や屋根の形状は勿論のこと、この真っ赤な絨毯の配置などは僕の物心付いた頃から殆ど変わっていない気がします。堂々とした空間展開、そして格式の高さは「さすが皇室御用達!」という感じでしょうか(上の写真はお正月に撮ったものなのですが、大変立派なお飾りを見る事が出来ます)。

さて、ここで靴を脱ぎ、スリッパに履き替えると眼に飛び込んで来るのがこの風景です:



じゃーん!大きな池を中心とした、大変見事な日本庭園の登場です。ホテルや旅館ではなく、食事をする為だけの料亭で、ここまで見事な庭園はなかなかお目に掛かれるものではありません。



見下ろせば鯉が気持ちよーく泳いでいる姿が見えます。



この庭園を囲む様にして個室が展開してるんだけど、何十年も変わらない渡り廊下なんかも素晴らしく趣があるなー:



以前はこの廊下の一番奥に出入り口があって、そこから庭へアプローチ出来る様になっていた為に、その直ぐ右隣の部屋を予約していました:



小ちゃい頃は、廊下を挟んだ反対側のお部屋をよく覗き見してたものだけど、そっちのお部屋からは、これまた見事な裏庭が見えたりしちゃいます。



次の料理が運ばれてくる間を縫いつつ、大きな下駄を履いて広い庭を散策するのがこのお店に来る1つの楽しみだったんだけど、最近はみんな歳になってきた為に、あまり歩き回りたくないもんだから(笑)、出来るだけ入り口に近いこちらの部屋を取っています:



この料亭は、1つの家族に1つの部屋を割り振ってくれて、基本的に「何時間居ても良い」という、近年では大変珍しくゆったりと食事を楽しむ事が出来るシステムになっているんですね。



さて、お料理が運ばれてくる前に我々を出迎えてくるのが、この地方の名物、多度マメ(黄粉と蜜を練ったものに大豆が包まれているというもの)です。独特の食感と絶妙な甘さが素晴らしい!これを味わいながら世間話をしていると、先付けが運ばれてきます:



先ずは鯉のすり身の揚げ団子と頬肉。



このすり身の団子が本当に美味しくて、こればっかり注文していたという時期もありました(笑)。それこそ幾つも幾つも注文してたと思うんだけど、今思えばそんなわがまま良く聞いてくれたな‥‥と(笑)。そういう融通が利いたのも、古き良き時代という事だったのでしょうか。続いて出てきたのがコチラです:



鯉の鱗の唐揚げ。カリカリです。そしてお次ぎは鱗の酢の物の登場〜:



こんな感じで、このお店では鯉の全ての部位を様々な形で楽しませてくれるんですね。ここまで食べ尽してくれるなら、鯉も成仏してくれるだろうと思います。



続いては鯉の子供の甘露煮。頭からしっぽまで丸ごと食べられます。そして南蛮漬け。



と、ここで出てきました!このお店に来たら絶対に味わって頂きたい一品!



白みそ仕立ての鯉こくです。素晴らしくコクがあって味わい深い一品となっています。今まで色んな所で鯉こくを食べてきたけど、このお店の鯉こくが一番美味しいかな。そしてそして、来ました、このお店自慢の一品!



鯉の洗いの登場〜。このお店では酢味噌ではなく、ワサビ醤油で頂きます。



普通の身と尾に近い部分が出されるのですが、シコシコとしていて全く臭みはありません。よーく見ると、身が反っていて少し縮れているのが分かるかと思うんだけど、これは本当に新鮮な活きた魚の身を洗った場合にしか出ない現象なんですね(←どうでもいいマメ知識)。この鯉の洗いを食べる為だけにココに来ても良いと思える、そんな素晴らしいクオリティとなっていると思います。

ちなみにこのお店では、群馬から仕入れた鯉を、餌無しの状態で屋敷内の池で2ヶ月間泳がせる事によって川魚独特の臭みを消しながら身を引き締めた上でお客さんに出しているそうです。そしてこの洗いに続くのがこちら:



鯉の塩焼き!塩味だけでもいけるけど、ここにレモンや酢を少し加えるともう絶品!鮭などとは又ひと味もふた味も違った、何とも言えない味わいが広がります。そして鯉の煮付けも:



真ん中に見えるのは鯉の卵なのですが、大変上品なお味に仕上がっていると思います。



こんな感じの鯉料理が次から次へと出てくるんだけど、比較的ゆっくりと出てくるので、その間に庭へ出掛けて行って、庭園の風景を楽しむ事が出来ちゃう所がこのお店の醍醐味!やはり「食事を楽しむ」とは、料理の味もさる事ながら、そこから見える景色、音、そして雰囲気など、我々の5感全てを駆使して楽しむ総合芸術だと僕は思います。

そしてそして、このお店のメイン料理がコチラです:



鯉の素揚げの和風あんかけ風の登場〜。鯉が丸ごと一匹揚げてあり、そこに野菜炒めあんかけを載せた一品。



鯉の身が一口サイズに切ってあって凄く食べ易い。そして見た目ほど辛く無く、ご飯がすすむ、すすむ!

満足、大満足です!

上述した様に、僕は生まれた時からこの料亭(=絶品料理もさる事ながら、滅多にお目に掛かる事が出来ない質を伴った日本庭園と日本建築)へ毎年1月2日に訪れるという生活を続けてきました。もしかしたら、この様な素晴らしい建築に小さな頃から触れてきたこと、その様な空間に身を置きながら、そこに展開する空間のプロポーションや色使い、更には空間構成などを知らず知らずの内に体験してきたことが、現在の僕の建築的な感覚の基礎となっているのかも知れません。



更に言うならば、この様な体験は、現在の僕の趣味となっている「食べ歩き」、ひいては「食事とは、そこで提供される料理の味だけではなく、その場の雰囲気などを含めた総合芸術なのである」という考え方や、コンビニやファーストフード全盛期の現代において、一日掛けてわざわざ美味しい料理を楽しみに行くという行為を、何の迷いも無く素直に受け入れる素地を育んだのだと思います。

だからこそ、お昼のランチに2―3時間も掛けてゆったりと食事をする、バルセロナを中心とした地中海の社会文化にすんなりと溶け込む事が出来たとも言えるのです。



素晴らしい日本庭園を眺めながら鯉料理に舌鼓を打つ事が出来る鯉料理の老舗、大黒屋。大変おいしゅうございました!星、三つです!!
| 地球の食べ歩き方 | 16:03 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
世紀末の知られざる天才彫刻家、カミーユ・クローデル(Camille Claudel)について
先々週は所用でパリに行っていました。



以前少しだけ書いたルーヴル美術館でのプロジェクトミーティングが目的だったんだけど、3日間、朝から晩までずーーっとルーヴルに缶詰状態(苦笑)。管理部門(アドミニストレーション)は美術館とは大通りを挟んだ反対側にあるので美術鑑賞もあまり出来ず‥‥。そんなハードスケジュールの中、ミーティングが始まる前に美術館併設のカフェでとる朝食は最高だった。



元々宮殿だった場所を改装してカフェにしてあるんだけど、目の前にはガラスのピラミッドが聳え立ち、インテリアには非常に抑制されたデザインが施されていて、まさに「至福のひととき」を過ごす事が出来たんですね。



とは言ってもそれ以外ではあまり観光をしている暇も無く、最終日の帰りの飛行機までの3時間余りを使って何処かへ行こうと思い立ち、悩みに悩んだ挙げ句、向かったのがコチラです:



ロダン美術館。



近代彫刻の巨匠、ロダンの彫刻が「これでもか!」と並べられているこの美術館なのですが、僕がこの美術館に来た理由、それはこの美術館の主役であるロダンの彫刻を見る為ではなく、世紀末の知られざる天才彫刻家、カミーユ・クローデルの作品を見る為なのです。



‥‥僕がヨーロッパ各地を訪れている時に一番楽しみにしていること、それは「予期せぬモノとの遭遇」です。予定調和的では無い出会いほど僕の心をときめかせる瞬間はありません。4年前、唐突に訪れたカミーユ・クローデルの彫刻との出逢いは僕にとって新鮮な驚きでした。



その当時はカミーユ・クローデルの事なんて全く知らなくて、ロダンの彫刻目当てに何気無くロダン美術館内を彷徨い歩いていたんだけど、入り口中央右寄りの一室に入った瞬間、僕の目に飛び込んできたのが下の彫刻だったんですね。



作品名は「分別盛り(第二バージョン)(L`age mur(deuxieme version))。真ん中の老人が、背後にいる老婆(悪魔)に囁かれ、若い女性から身を引いていく瞬間が表現されています。主題としては「人生の3段階」などとして、あちらこちらで繰り返し用いられているテーマなんだけど、この彫刻が醸し出している質はちょっと凄い。



先ず見た瞬間に圧倒されるのがそのプロポーションの良さです。左上に展開している悪魔の羽のようなものから始まり、老人の手、女性の手を経て右下のつま先へと、流れるような3角形を形成しているのが見て取れるかと思います。



更に素晴らしいのが、この女性の表情と、「行かないでー!」と言っているかのような手の描写です:



この手と手の間の空間!「女性の手を力強く振りほどく」のではなく、まるで「女性の手からすり抜けていく」、正にその瞬間がスローモーションで伝わってくるかのような空間表現となっています。



そう!まるで中森明菜のデビュー曲「スローモーション」の一節を彷彿とさせるかの様に‥‥:

「出逢いはスローモーション、軽い目眩(めまい)誘う程に‥‥」

そしてココ:



悪魔が老人に何かを囁いています。この悪魔も「無理やり老人を引っ張っている」というよりは寧ろ、「老人を誘惑し、そそのかしている‥‥」、そんな表現になっているんですね。



何よりも悪魔の手がその事をより良く物語っていると思います。ほら、悪魔の手が老人の腕に触れるか触れないか、その一瞬を表現しているのが見て取れるかと思います。

さて、カミーユ・クローデルの彫刻から感じられるもの、それは生々しい程の「人間の内なる感情」では無いでしょうか?

例えば上の彫刻には「行かないでー!」という彼女の思いと、そのことによる「寂しさ」が彫刻全体に充満しているかの様ですらあります。そしてそれらの感情が喜びであれ憎しみであれ、痛々しいほど彫刻全体に溢れている‥‥。コレなんてすごい:



作品名クロト(Clotbo)。クロトというのはローマ神話に出てくる生と死、そして運命を司る3女神の一人なんだけど、頭の上から湧き出ている髪の毛みたいなものに、内臓をえぐり返すような「ドロドロとした恐怖」が充満しています。率直に言ってこの彫刻は「怖い」。陸奥九十九が言う「怖い」と本質は一緒(笑)。



何故カミーユ・クローデルはこのような彫刻を創ったのか?何故彼女の彫刻からは人間の生々しい感情が感じられるのか?



それを説明する為には、少しばかり彼女の経歴を知る必要があるかと思われます。

カミーユ・クローデルは19世紀後半から20世紀初頭を生きたフランス人女性彫刻家であり、20世紀最大の彫刻家として知られるロダンの弟子、助手兼モデルそして愛人だったそうです。彼女がロダンと出会ったのが18歳の時で、ロダンは彼女の天才的な才能とその美貌にコロッとやられ、内縁の妻(ローズ)がありながらも彼女と関係を持ったと言う事らしいんですね。若い時の写真が残されているんだけど、それがコレ:



確かに美人です。そして彼女はロダンの下でメキメキとその頭角を現していくのですが、最初は順風満帆だった彼女の人生にも次第に陰りが見え始めます。彼女はその生まれ持った才能とは裏腹に、世間では全く評価されず、「ロダンのコピーだ!」と言われ続け、私生活ではロダンの子を妊娠するも流産。そして内縁の妻ローズとカミーユの間で揺れていたロダンも最終的にはローズの元へと去って行ってしまいました。



仕事もうまくいかず、私生活も最悪‥‥。挙句の果てに彼女は精神に異常をきたし、30年間の精神病院への強制収容の後、誰にも看取られること無く亡くなったそうです。



天才彫刻家のその悲惨な運命は、後に数々の小説になったり映画になったりして、今では広く人々に知られる所となり、近年においては彼女の作品に再評価の光が指しているようです。



ちなみにZガンダムの主人公、カミーユ・ビダンの名前と設定はこのカミーユ・クローデルに由来しています。もう1つちなみに、森口博子が歌うZのオープニングに出てくる360度フルスクリーンのコクピットは今見てもかなりセンスが良いなー。



さて、ここまで書けばもうお気付きかもしれませんが、実は上の彫刻「分別盛り」の主題は、彼女の人生そのものであり、真ん中の老人がロダン、悪魔がローズ、そして右下の懇願している女性がカミーユ本人という訳なんですね。この「行かないでー!」という表現に彼女が当時感じていた悲痛な思いが詰まっているからこそ、見るものをその内側に引きずり込んでしまうのかもしれません。その反面、幸せの絶頂期にはこんなものも創っていました:



その名も「心からの信頼(L`abandon)」。二人が寄り添い、互いに支え合うその姿は、僕の心を本当に和やかにしてくれます。そしてこの顔:



この作品が創られたのは、カミーユとロダンがラブラブだった頃と言いますから、カミーユは本当に幸せだったのでしょうね。彫刻から愛が溢れているかの様ですらあります。



上の作品(ワルツ(La Valse))からは、二人が楽しげに踊っている、正にその瞬間の雰囲気がありありと漂ってきます。そしてコレもすごい:



「束を背負った若い娘(La jeune fille a la grebe)」。見てください、この口元と目:



こんな事が彫刻に可能なのか!

カミーユ・クローデルの彫刻の魅力、それはその彫刻が全体で醸し出す「内なる人間の感情=痛々しい程の感情」なのだと僕は思います。



ベルニーニの作品を見て以来、彫刻の本質とは「物語の一瞬を捉える事」、そしてその凍結された一コマから、連続する前後の情景を鑑賞者の心の中に浮かび上がらせる事だと思ってきました(詳しくはコチラ:地中海ブログ:ベルニーニ(Bernini)の彫刻その2:ボルゲーゼ美術館(Museo e Galleria Borghese)にあるアポロとダフネ(Apollo e Dafne)の彫刻)。それはロダンの作品にも言える事で、彼なんかは明らかに一瞬の凍結の中に「動きを見出す事」を目指しているような感じを受けます。これなんてドンピシャ:



故にそれらの彫刻は3次元的であり、周りをグルグル回ったり、はたまた上述した様な、前後の時間の中を彷徨ったりする中にこそ、その彫刻の本質が現れるのだと思うんですね。

しかしですね、カミーユの彫刻はこれらとは本質的にちょっと違う様な気がします。敢えて言うならば、2次元に近いんじゃないのかな‥‥?何故なら彼女の作品には(絵画のように)明らかに見るべき視点が存在するからです(例外っぽいのはワルツですね)。更に前者の彫刻が基本的に「モニュメント」になろうとしているのに対して、カミーユのそれは謙虚な姿勢を基本にしている感じすら受けます。



多分これらのポイントが、彼女の彫刻の大きな特徴であり魅力であり、彫刻界の巨匠ロダンにすら開けなかった彼女だけの道なのでは?と僕は思います。

カミーユの実弟であり詩人でもあったポール・クローデル(Paul Claudel)は姉の作品について幾つかの著作を残しているのですが、彼のこの言葉はカミーユ・クローデルの彫刻の的をついているような気がしました:

「分別盛り!この運命の蓄積されたかたち!」

そう、彼女の作品群は彼女の人生そのものなのです。

非常に豊かな彫刻体験でした。

(この記事は以前書いた文章に加筆修正を施したものです。以前の記事には小さな写真を使っていた為に、「もう少し大きめの写真はありませんか?」という問い合わせが非常に多く、いつか書き直そうと思っていた所、丁度良い機会だったので文章にも少し手を加え新たに掲載する運びとなりました。基本的に当ブログでは同じ記事を2度、違うエントリとして公開する事は無いのですが、前回の記事が比較的まとまっていた事、年末に掛けて記事を書いている時間が取れない事などを考慮した結果、この様な形で公開する運びとなりました)
 
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| 旅行記:美術 | 21:01 | comments(3) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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