地中海ブログ

地中海都市バルセロナから日本人というフィルターを通したヨーロッパの社会文化をお送りします。
三谷幸喜が見せた静のデザイン:cruasanの古畑任三郎論
週末の夜、いつもの様にYoutubeを見てたら越路吹雪がカバーしていた「ラストダンスは私に」の動画を偶然発見!で、全く知らなかったんだけど、中森明菜が同曲をカバーしている事も発見しちゃって、その瞬間、僕の心の中でずっーと燻っていた「何か」が一本の糸でピーンと繋がった‥‥そんな感じを受けてしまいました。

 

僕は昔からテレビドラマが大好きで、80年代後半から2000年代前半くらいまでならほぼ全てのドラマを網羅しているという、(自慢なのか自慢じゃないのか)良く分からない自信を持ってるんだけど(笑)、そんな数多あるドラマの中でも特にお気に入りだったのが「古畑任三郎」なんですね。



古畑任三郎がテレビで放送され始めたのが1994年のこと、第二シーズンが1996年で、第三シーズンが1999年、最終回のファイナルに至っては2006年、その間なんと12年という超長寿ドラマ(驚)。で、このドラマの記念すべき最終回、しかもそのクライマックスで使われていた曲が、何を隠そう冒頭で紹介した「ラストダンスは私に」という曲だったのです。

繰り返し繰り返し、それこそ「画面に穴が空くんじゃないの?」って思うほど見たこのドラマなんだけど、第一話から順に見ていくにつれ、いつも僕の心に引っ掛かっていたことがありました。殺人トリックの解明と犯人逮捕に焦点が当てられている毎回話の中において、明らかに第一話と最終回だけは脚色が違っているのです。

とは言っても、「それが何故なのか?」、「どうしてそう思うのか?」を今まで上手く言葉で説明する事が出来なかったんだけど、今回たまたま「中森明菜が「ラストダンスは私に」をカバーしている」という事を発見するにつれ、古畑任三郎に纏わる1つの謎、ひいては三谷幸喜という人の類希なるデザインセンスに驚かされる事になってしまったのです。

と言う訳で(今回も)僕の独断と偏見を十二分に発揮して、至極勝手な「古畑任三郎論」を書いてみようと思うんだけど(地中海ブログ:映画:愛を読む人(The Reader):恥と罪悪感、感情と公平さについて)、その前に一言:

警告:ネタバレになる危険があるので、このドラマを未だ見てない人はここで読むのをストップしましょう。



結論から書いちゃうと、毎回難事件を巧妙な推理で解いていくこのドラマは(一見)刑事/推理モノの様に見えるんだけど、僕の見方によるとこのドラマは、古畑の恋愛物語で始まり、彼の恋愛物語で終わるという大変巧妙な構造をとっていると思います。そしてその組み立て方が非常に巧妙であり、日本的であり、ひいては建築的であるとさえ思ってしまうのです。

どういうことか?

先ず僕が注目したのは記念すべきこのドラマの第一回目の放送です。と言うのもこのドラマは三谷幸喜が昔から大好きだったという中森明菜演じる漫画家の殺人事件で幕を開けるからです。



中森明菜が第一回目のゲストとして登場しているという所が先ずはポイントなんだけど、と言うのも、古畑は第一話で出逢った女性(中森明菜)に好意をよせているということが、約12年後の最終回、それも犯人(松嶋菜々子)を自白に追い込むクライマックス・シーンにおいて明らかにされるからです。



ちなみに最終回のストーリーはどうなっているか?と言うと、松嶋菜々子演じる超売れっ子の脚本家の双子の姉妹(明るく社交的でマーケティングを主に担当する妹(楓さん)、そして実際に本を書いている姉(引き蘢りがちで人見知りタイプの姉(紅葉さん))が主人公となり物語が進んでいきます。「自分はいつも妹の陰に隠れて生きてきた」、「私だって表の舞台に立ちたい!」‥‥「でも妹がいるといつも比較されて」‥‥という状況、そして長年積み重ねられた妹への嫉妬が姉を殺害へと駆り立てるのです。



この最終回が他の回と明らかに異なっている点、それは物語の至る所で古畑が妹(楓)に好意を抱いている事が暗喩されている点です。「暗喩されている」と言う所がポイント。

楓は「次の作品が刑事モノであり、現役の刑事のプライベートが知りたい」という理由から古畑にこんな質問をします:

「刑事さんのプライベートについて知りたいのよ。例えば恋愛とか。犯人を好きになったりする事ってあるんですか?」

この質問にたじたじになってしまう古畑はいつもの様に誤摩化します。そして楓は更に突っ込んで:

「古畑さん、何で結婚しないんですか?」

この質問も古畑は上手く誤摩化そうとするんだけど、ここで重要なのは、三谷幸喜がこの様な伏線を物語の中にちりばめているという事なのです。更に言っちゃうと、三谷幸喜は現在のドラマが置かれた現実、そしてそれに対する批判を主人公の口を借りて語っているんですね:

「マスコミは駄目ね」



そんな中、大変鮮やかな手法で姉が妹を殺害したという事を突き止めた古畑は、そのことを彼女の口から自白させる事に成功します。そしてこの物語の最終的なクライマックスは、その直後に訪れます:

 
(上の動画で4:30秒くらいの所)

古畑:随分昔になりますが、あなたにとても良く似た女性と会った事があります。
松嶋:私に?
古畑:やはりものを書く仕事をしていました?
松嶋:作家さん?
古畑:漫画家です。才能に満ち溢れていて、若くして地位も名誉も手に入れた‥‥しかし彼女自身はとても控えめで、そして‥‥孤独でした。
松嶋:その人も誰か殺したの?
古畑:‥‥自分を捨てた恋人を‥‥。別荘の地下に閉じ込めて殺害しました。
松嶋:古畑さんが逮捕したんですか?
古畑:ハイ。
松嶋:彼女は‥‥今どうしてるんですか?
古畑:‥‥色々ありましたが、アメリカに渡って幸せな結婚生活を送っています。
松嶋:意外ね‥‥
古畑:‥‥私が言いたかったのは、人は生まれ変われる‥‥という事です。
松嶋:‥‥行きましょう。
古畑:その前に‥‥一曲、踊って頂けませんか?

松嶋菜々子が「意外ね‥‥」と言ったその後、少しの間があり、そして古畑が「私が言いたかったのは、人は生まれ変われる‥‥という事です。」と答える場面があるんだけど、この「意外ね」という言葉‥‥これがキーです。

一体何が「意外」なのか?
逆に言うと、「どうあったら意外じゃ無かったのか?」

松嶋菜々子が心に描いていたのはこの様な展開だと推測されます:

古畑はその女性に恋をしていた。だから彼女(中森明菜)が刑務所から出てくるのを待っていて、そして結婚した‥‥と思った。‥‥しかしそうじゃ無かった。彼女は「色々あったあと」、他の男性と結婚して遠くの国(アメリカ)で幸せに暮らしている‥‥。だから「意外ね」と言ったのではないのか?

そして実はこの発言こそ、前半部分で古畑が恋をした楓(松嶋菜々子演じる妹)が古畑に問うた質問:

「古畑さんって何故結婚しないのですか?」

に対する答えとなっているのです。

古畑は中森明菜が出所するのを待っていた‥‥。でも好きだとは言えず、結婚してくれとも言えず、ただただ彼女の幸せを見守るしかなかった‥‥。

更にその伏線として、「今度新しい小説を書くから」という名目で、楓は古畑に刑事の日常生活について質問する場面があるんだけど、その中で:

「‥‥刑事さんの恋愛とか‥‥。例えば犯人を好きになっちゃう事ってあるんですか?」

という発言が見事な伏線となっているのです。

僕が大変感銘を受けるのは、「古畑の恋愛感情」ひいては、この最終回のテーマが古畑の恋愛ドラマであるという事実、そのことがひた隠しにされ、物凄く控えめな表現をとりつつ進行していくという点なんですね。そう、ここには「何かしらの恥じらい」さえ感じるのです。この様な「これだ、これだ」と主張するのではなく、「控えめに感じさせる手法」、これこそ日本文化が最も得意としてきたお家芸であり、それこそ三谷幸喜の真骨頂だとも思うのです。その点を明らかにする為に、彼の代表作である王様のレストランから引用します:


千石:あー、私の理想の店の話、しましたっけ?
山口智子:ううん、聞いてないよ。
千石:トロアクロの様に、こう、広々とした調理場があって、そこには良く磨き込まれた鍋やフライパンが整然と並んでるんです。
山口智子:ねえ、私のこと口説いてるの?
千石:あー、天井は一面のガラス張りで、清潔で明るくって、まるで洗いざらしのハンカチの様に白く温かい。
山口智子:男が夢の話する時って口説いてるんじゃないの?
千石:流しは、窓に沿ってぐるりと調理場を囲む様になっている。何処に立っていても直ぐに水が使える様に‥‥
山口智子:うん、便利ね。
千石:全てが機能的で一切の無駄が無い。
山口智子:素晴らしいー。
千石:私は朝6時に出勤する。香ばしい匂いが調理場を囲んでいる。目映い朝の光の中で、早めに出て来たコックがクロワッサンを焼いているんです。
山口智子:アハハ
千石:私は先ず、コーヒーを入れる。廊下の向かい側に小さな部屋があり、そこが私の仕事場です。古い家具に囲まれ、その上には、古い思い出が一杯詰まった写真立てが並んでいる‥‥その内、朝一番で材料を仕入れて来たシェフが姿を表す。私は彼女を部屋に招いて、そしてコーヒーを御ちそうする。そしてあれやこれや、相談しながらその日のメニューを決めて行くんです。


 (山口智子にカメラが近寄りアップになる)。

 一体このやりとりの中で何が行われているのか?

「シェフ」と言われて我々が思い浮かべるのは男性では無いでしょうか?しかし千石はここで敢えて「彼女」と言う代名詞を使う事によって、暗に「私の隣にいて欲しいシェフ=山口智子」という事を指しているのです。




ここまで書いてきた僕の推論が合っているのか間違っているのか?‥‥もっと言っちゃうと、三谷幸喜が本当にこの様に考えていたのか?どうなのか?ということは僕にとってはあまり重要ではありません。

そうではなく、僕にとって大変重要な事は、ある週末の夜にたまたま僕が中森明菜のカバー曲を発見し、正にその事を通して、あるドラマの創り方/構造を推察し、それがとても建築的だと感動した‥‥、その様に解釈出来た事こそが重要なのです。

人間は忘却の生き物です。毎日起こる全ての事柄を全て覚えていたら、とてもじゃ無いけど恥ずかしくて生きていられません。そう、僕達は忘れる事によって生きていけるのです。そんな、自分の人生に起こった殆どの事を忘れている状況の中において大切な事は、「何を覚えているのか?」、「何が自分の実になっているのか?」、「何を覚えていられるのか?」という事なんですね。何をどう理解し、どう自分の問題に引き付けて考える事が出来、それをどう自分なりに昇華する事が出来たのか?

情報過多の現代社会において、このことこそ、いま真剣に問われるべき問題なのです。
| サブカル | 12:35 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ボストン/ケンブリッジ市のカフェ事情:美味しいコーヒー屋さんについて
寒い、非常に寒い!今年の北米には近年稀に見る大寒波が襲来してるらしくって、ナイアガラの滝が凍ったり、中東部の州ではマイナス40度にまで気温が下がったりと、それこそ人間が住む環境じゃあ無くなってきてる感があります←大げさに聞こえるかもしれないけど、本当に寒いんですよ!



スノーストーム(大雪)だって頻繁に(しかも突然)起こるから溜まったもんじゃありません。確かに去年も信じられないくらい雪が積もったりしてた記憶があるんだけど、今年はスノーストームの回数が多いんじゃないのかな?なんか3日に一回は降ってる様な‥‥←どうなんでしょうか、ボストン在住の皆さん?



さて、早いものでボストンに来てからもう既に一ヶ月が経ってしまいました。そろそろこちらでの生活リズムにも慣れてきたんだけど、いま思えば今回のボストン滞在はトラブル続きの幕開けだったんですね。トランジットで立ち寄ったロサンゼルス空港でまさかの飛行機のエンジントラブルに巻き込まれてしまい、なんだかんだと10時間近く待たされた挙げ句、ボストン空港に着いたのは深夜の3時過ぎ!実に日本を出てから36時間後の事でした。ロスからの飛行機の中では「ボストンに着いたらタクシーとか走ってるのかな?」とかなり不安だったのですが、空港を出たら深夜4時近くにも関わらずホテルからのお出迎えのバスが待っててくれて超感激(涙)。さすが世界のヒルトンホテル!



更に更に、ホテルのカウンターでチェックインした際のこと、「長旅の上、真夜中のチェックインでお疲れでしょうから、明日のチェックアウトはサービスで2時間遅れにさせて頂きます」という非常に嬉しい申し出が!ヒルトン、最高!

そんなこんなで幕を開けた今回のボストン滞在記(2014年版)なのですが、現在僕が住んでいる所は丁度1年前に住んでいたのと同じアパート、そして同じ部屋に入ることが出来ちゃいました(実は来る前までこのアパートは満室だと聞いていたので「今回は無理かなー」と思ってたんだけど、大変ラッキーな事に急に空き部屋が出たらしい)。



この家は間取りが非常にゆったりとしていて(地上3階、地下一階)、ロケーションも抜群でMITとハーバードの丁度真ん中に位置しています。家の周りにはカフェ、レストラン、スーパー、銀行と何でも揃っていて非常に便利。MITは歩いて10分の距離なので、その日の気分に合わせて時々バスに乗ってみたり歩いたりしています。



「アメリカの都市」と聞くと、どうしても「自動車が無いと生きていけない」的な事を連想してしまうのですが、ボストン/ケンブリッジ市の雰囲気は非常にヨーロッパの街並に似ている所があると個人的には思っていて、と言うのも地下鉄は通ってるし、街はコンパクトだし、何より歩いて楽しめる街路が広がっているのは嬉しい限りです。

そんな理由も相俟ってか、この街にはヨーロッパ出身の人が結構多くて、僕の所属してる研究室なんて8割がヨーロッパ人だったりする訳ですよ。で、面白いのが、そんな人達が集まると必ず話題に上るのが「コーヒーの話」なんです。


(上の写真はバルセロナの家の近くのカフェで出される非常に美味しいコーヒー/クロワッサン)

何故か?

何故ならアメリカ(ボストン/ケンブリッジ)のコーヒーは非常に不味いから(笑)。勿論、お店にも依るとは思うんだけど、「美味しいコーヒーを出しているカフェなんて殆ど無いんじゃないの?」と思うほど、この街では美味しいコーヒーに出逢うのは至難の業なのです。

だいたいですね、こちらで出されるコーヒーって、コカコーラみたいな大きいコップにいっぱい入ってきて、「あんなのコーヒーじゃなくてスープだ!」というのがヨーロッパのコーヒーに慣れ親しんだ人達の一般的な見解だと思います。更に最悪な事に、一杯のコーヒーの値段が高い!コーヒー一杯で平均約$3.5ドルというはバルセロナから来た僕にしたらちょっと信じられません(怒)。


(ルーヴル美術館内に併設されてるカフェ)

$3.5ドル(=3ユーロ)のコーヒーというのはバルセロナで言えば、サグラダファミリアの真ん前で飲むコーヒー、つまりは「観光客相手にぼったくってるカフェの値段」に相当します(地中海ブログ:在バルセロナ&観光客の皆さん注意です!:ランブラス通りで最近増えてきている詐欺行為について)。もしくはパリで言うと、ルーブル美術館の中にあるカフェで出されるエスプレッソがそれくらいの値段だったかな(地中海ブログ:世紀末の知られざる天才彫刻家、カミーユ・クローデル(Camille Claudel)について)。で、それだけ払って美味しいコーヒーが出てくるならまだしも、出されるのがスープの様に大量で薄いコーヒーっていうからやってられない!

と言う訳で最近では、研究室に居るイタリア人、フランス人、スペイン人なんかで集まって「何処のコーヒーが美味しいかリスト」を作ってるんだけど、たまたま昨日、知り合いのイタリア人から教えたもらったカフェが丁度僕の住んでる家から直ぐ近くにある事が判明したので、日曜日の朝に散歩がてら行ってきました。



実際に行ってみたら本当に家から歩いて5分の所にあったんだけど、いつもは行かないエリアだっただけに「え、こんな所にカフェなんてあったの?」と驚きを隠せませんでした。外から見る分にはかなり良い雰囲気。で、中に入ってみるとこんな感じ:



店内は広々としていて明るく、これまたかなり良い感じ。「おー、これは期待出来る!」とメニューを見てみると、な、なんとエスプレッソがあるじゃあないですかー!という訳で、チョコレート・クロワッサンと一緒に早速頼んでみる事に。



アメリカのカフェとしては非常に珍しく、このお店では一杯一杯丁寧にコーヒーを入れてくれます。で、飲んでみたら、これが結構美味しい!と言うか、アメリカに来て初めて本物に近いエスプレッソを飲みました!チョコレート・クロワッサンもそれほど甘過ぎず、バルセロナで食べるものに非常に近い感じで素晴らしい出来映え。また店内では(欧米のカフェでは当たり前なのですが)wifiが使えるのも嬉しいポイントです。気に入りました、非常に気に入りました!という訳で、週末の朝はここに来る事にします。



お店情報:DwellTime
住所:364 Broadway, Cambridge MA 02139
営業時間:M-F: 7:00-18:00 Sat:8:00-18:00 Sun:9:00-17:00
コーヒー一杯の値段:エスプレッソが$2.5ドル。
クーポン券:クーポン券は無いっぽい。
ネット環境:wifiあり。無制限。


せっかくなのでこの機会にケンブリッジ(セントラル周辺)にある僕が見付けた美味しいコーヒーを出すカフェを紹介しておこうと思います。



先ずは僕の家から歩いて3分の所にあるカフェ、1369 Coffee House。それなりに美味しいコーヒーを出していて雰囲気も良く、帰り道にあるのでほぼ毎晩20時30分頃から閉店の22時30分頃までいます。ここに来ればかなりの確率で僕に会えます(笑)。

住所:757 Massachusetts Ave, Cambridge MA 02139
コーヒー一杯の値段:1.7ドル
クーポン券:10杯飲むと1杯無料になるクーポン券あり
ネット環境:Wifiあり。一日45分までという制限付きだけど、日毎に変わるパスワードを入れ直せば何時間でも利用可能っぽい。




こちらはMITの直ぐ近く、僕のラボからは歩いて5分の所にあるFlour Bakery。このお店はサンドイッチ専門店なので、コーヒーというよりもそっちの方が美味しいかも。



Applewood-smoked bacon ($7.95ドル)が僕のイチオシ。注文してから作ってくれるのでパンは焼きたてのホカホカ。僕がボストンで食べたサンドイッチの中ではダントツに美味しかった気がします。1つ難点を言えば、かなりの人気店なので、いつ行っても満席でゆっくりとコーヒーを飲むという雰囲気ではありません。

住所:190 Massachusetts Ave Cambridge MA
営業時間:M-F:7:00-20:00 Sat:8:00-18:00 Sun:9:00-17:00
コーヒー一杯の値段:$3.5ドル
クーポン券:クーポン券無し
ネット環境:wifiあり。無制限。




こちらはKendall/MIT駅を出た直ぐの所に最近出来たカフェClover。こちらも一杯一杯きちんとコーヒーを入れてくれます。それほど混んでなくて、平日と土曜日は23時まで、日曜日も16時まで開いてるのは非常に嬉しい。また、机も大きくて友達と連れ添って行く事も出来るし、一人でパソコンを広げて作業するのも全く苦にならなくて重宝しています。

住所:5 Ccambridge Center, Cambridge, MA
営業時間:M-F:7:00-23:00 Sun:10:00-16:00
コーヒー一杯の値段:$3ドル
クーポン券:クーポン券無し
ネット環境:wifiあり。無制限。




言わずとしれたスターバックス。個人的にはスターバックスのコーヒーはあまり好きじゃないんだけど、ハーバード大学前の店は深夜1時まで開いてるし、2階は広々としているので空間的にはかなり好き。



週末になると、時々即興のジャズセッションなんかが始まったりして結構楽しめます。

住所:1380 Massachusetts Ave, Cambridge, MA
営業時間:M-F:5:00-01:00 Sat and Sun:05:30-01:00
コーヒー一杯の値段:$3ドル
クーポン券:クーポン券無し
ネット環境:Wifiあり。無制限。




MIT関係者でも知らない人が多いと思うんだけど、MITの都市計画/建築学部が入ってる建物の4階にちょっとしたカフェが入っています。コーヒーは不味いけど、建築学部の学生がパソコンや図面を広げて作業出来る様にとの配慮からか、かなり大きめの机が備え付けられていて、天井も高く、大きな窓からは光が燦々と降り注いで空間的には抜群。昼食時にはちょっとしたランチもやってて、それなりに美味しいと評判です。因みに僕は、毎日の朝食はここのカフェで取っています。朝の8時30分から9時30分頃にここに来れば僕に逢える可能性大(笑)。

住所:MIT7号館4階。
営業時間:M-F:9:00-15:00 Sat and Sun:Close
コーヒー一杯の値段:$1.7ドル
クーポン券:クーポン券無し
ネット環境:wifiあり。無制限。
| 地球の食べ歩き方 | 03:55 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
ボストン滞在記2014:今月から半年間ボストンに滞在します。
前回のエントリで少しだけ書いたのですが、今年の年末年始は14年ぶりに日本の実家でゆっくりと過ごすことが出来ました(地中海ブログ:多度大社から歩いて3分の所にある皇室御用達の鯉料理の老舗、大黒屋)。



僕の様な海外長期滞在組にとって日本滞在時の楽しみと言えば、毎週月曜日に発売される週刊少年ジャンプもさることながら(笑)、コンビニのシュークリームさえもひたすら美味しいと感じてしまう、大変質の高い日本のスイーツなんですね。喫茶店王国名古屋が誇るご当地カフェ、コメダ珈琲が提供してくれるモーニングサービスなんて、もう最高!



コーヒー一杯(約380円)でトースト一枚とゆで卵が付いてくる上に、パンの上にのっけるジャムかバターが選べちゃうっていう豪華っぷり(実は裏技があって、「ジャムとバター、両方ぬって!」って頼むと結構やってくれたりします(笑))。ちなみに下の写真が元横綱の若乃花が名古屋に来る度に食していたというシロノワール(のミニ版)です:



しかしですね、僕の長―いコメダ通いの経験と、知り合いに行ったアンケート調査によると、各店舗で出されるトーストには微妙な違いがあって、その中でも「一番美味しい!」と評判なのが、名古屋市守山区志段味図書館前にある志段味店なんだとか(かなり勝手な独断と偏見に基づいています(笑))。

では一体「何がそんなに違うのか?」というと、志段味店で出されるトーストは、焼き立てなのは勿論のこと、パンの表面が非常にパリッと焼けているのに中はホクホクという、モーニングサービスで出されるトーストにしては非常に良く出来ている点です。どうも聞いた所によると、コメダにパンを供給しているパン工場がこの近辺にあるらしく、志段味店は朝一番で仕入れる事が出来る為にパンが非常に美味しい‥‥という事らしいです(真相は謎ですが‥‥)。



この様な、全国津々浦々何処へ行っても同じメニューが出されるチェーン店と言えども、その地域特有の個性を吸い上げ、画一的になりがちな商品の中にも微妙な違いを生み出している点にこそ、僕は本当の意味でのグローバリゼーション、つまりはローカルなものが意味を持ってくる「グローカリゼーションという価値」を感じてしまいます(地中海ブログ:バルセロナで売ってるプリングルズの生ハム味に見るグローバルとローカルの問題)。



さて、私事で大変恐縮なのですが、私cruasan、2月1日から半年間、住み慣れたバルセロナを離れアメリカ東海岸はボストンにあるマサチューセッツ工科大学(MIT)に滞在することになりました。

「あれー、cruasanって去年の3月にボストンからバルセロナに帰ってくる時、「さよならボストン」とか言って、今生の別れのごとく書いてなかったっけー?!」‥‥って、おっしゃる通りでございます(笑)。



そう、一昨年の9月から半年間ボストンに滞在し、名残惜しみながらボストンを去る際には、「もうボストンに来る事は無いだろう!」くらいの勢いだったんだけど、また来る事になっちゃったんだからしょうがない(笑)。



では何故またボストンに来る事になったのか?

一番の要因は、大学の方から非常に魅力的で好条件なオファーがあった事が大きいかなと思います。工学系では世界一を誇るMITからこの様なオファーを頂けたのは非常に光栄なんだけど、それよりも何よりも、世界のトップに君臨し続ける為に、世界中から人材を集めようとするその執念、更にはその「囲い込みの上手さ」にはいつもながらに舌を巻いてしまいます。この点についてはアイビーリーグの受験戦争を例に出しながら以前少しだけ書きました(地中海ブログ:MITの学部合格発表は円周率に因んで毎年3月14日となっています:アイビーリーグ受験を横目で見ていて思った事)。



2つ目のポイントとしては、研究活動やビジネスを展開していくという観点においてボストンに短期的に滞在するのは非常に生産的だという事が挙げられます。

「短期的」というのがミソ。

以前の滞在で僕がこの街から受けた印象‥‥それは、ボストンという街はバルセロナの様に「長期的に住み込む」というよりは寧ろ、1−2年といった短期で滞在するのに向いているのでは?ということだったんですね。滞在時間が限られているからこそ人々は何事にも一生懸命になる事が出来、それが生活への充実感に繋がり、この街に対する非常にポジティブなイメージに昇華していくのです。言うなればそれは、足早に過ぎ去ってしまう「はかない青春」の様なもの‥‥と言うことが出来るかも知れません。



前回の滞在ではこの街に住むのが初めてだったという事もあり、「研究室がどの様に運営されているのか?」、「どの様な生活スタイルにしたら良いのか?」、「美味しいクロワッサンはあるのか?(笑)」など、よく分からないままに時間だけが過ぎていき、「気が付いた時には既に6ヶ月が経っていた」という状況でした。また研究面においては、「滞在中に結果を出さねば!」と焦っていた事もあり、最初から最後まで緊張した日々を送っていました。



しかしですね、今回の滞在は2回目という事もあり、ある程度こちらでの生活の仕方や研究室の様子などが分かっている為、それなりに心に余裕が持てる気がしています。



今回の滞在では研究活動もさる事ながら、前回は全く行けてなかったボストン市内巡りを始め、ニューヨークや東海岸の都市にも行ってみようかなと考えています。特にテキサス州にあるルイス・カーンの美術館やシカゴ周辺のフランク・ロイド・ライトの建築は是非見てみたい(地中海ブログ:ルイス・カーンのフィリップ・エクセター・アカデミー図書館(Phillips Exeter Academy Library):もの凄いものを見てしまったパート3:「本を読むとはどういう事か?」と言う根源を考えさせられた空間体験、地中海ブログ:ルイス・カーンのイェール大学英国美術研究センター(Center for British Art and Studies, Yale University)、地中海ブログ:ルイス・カーンのイェール大学アートギャラリー(Yale University Art Gallery))。

という訳で、「地中海ブログ」はまたもや「地中海」を離れてしまいますが、「地中海文化に慣れ親しんだ日本人の眼から見たアメリカの社会文化をお伝えする」というコンセプトのもと、ボストンでの生活や僕の眼から見たアメリカ社会の光と影、はたまた美味しいレストラン情報などを書き綴っていこうと思っています。

コンセプトは少し変わってしまいますが、もし宜しければ、当ブログの読者の皆さんにも、このまま引き続きご愛読して頂ければ幸いです。

そしてボストン在住の皆さん、また仲良くしてください!充実した毎日、新しい出逢いと発見、そして楽しい日々を期待しています!

さあ、ボストン生活の始まりです。
| 大学・研究 | 22:34 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
多度大社から歩いて3分の所にある皇室御用達の鯉料理の老舗、大黒屋
年末から年始に掛けて、実はひっそりと日本に帰っていました。今回の帰国は1週間程度だったんだけど、そんな短い間にも下呂温泉に行ったり、お節料理を食べたりと、久しぶりに典型的な日本のお正月を過ごす事が出来たのは嬉しかったかな。



また、日本で紅白歌合戦をリアルタイムで見る事が出来たのは(バルセロナを出て以来)14年ぶりのことで、「え、紅白ってこんなに面白かったっけ?」という、良い意味における「驚き」を受けたのは個人的には嬉しい誤算でした。「あまちゃんを見てないと絶対に分からない演出」、つまりは「日本人だったら朝の連ドラくらい当然見てるよね?」っていうNHKの強気の姿勢とか、かなり笑った。もっと言っちゃうと、今年の紅白がここまで盛り上がったのは、(一時的、そしてかなり独特な文脈だったとは言え)「日本国民全般に認知され得る国民歌の様なものが戻ってきた」ということが大きいと思います。



正にそれが「潮騒のメモリー」であり、それを核とした演出(ユイちゃんが東京に行けたこと等)だったんだけど、その様な文脈をみんなが共有出来ていたからこそ、あそこまで盛り上がった訳であり‥‥潮騒のメモリーと言う曲は、過去の記憶を継ぎ接ぎにする事で実現した歌であり、これは「失われた未来論」に位置づけることが出来て‥‥と、今回の紅白を巡る現象について語り出せばキリが無くなるので、それはまた別の機会に。



さて、僕の家族は「毎年○月○日にはココに行く!」みたいな恒例行事を幾つも持っていて、僕も物心つく前から色々な所へ「無理矢理」連れて行かされてたんだけど(笑)、その内の1つが今日紹介する鯉料理の老舗、大黒屋なんですね。毎年1月2日は多度大社にお参りに行ってから、この料亭で出される鯉料理に舌鼓を打つというのが、それこそ僕が生まれる前から何十年間も続けられているcruasan家の恒例行事なのです。



「多度大社‥‥何それ?」という人でも、馬が崖を駆け上がる動画を眼にしたことがある人は結構多いのでは無いでしょうか?そう、多度大社とは「上げ馬神事」で有名な、あの多度大社のことなのです。



‥‥毎年ここに来る度に思うんだけど、「こんな直角の崖を上るなんて、馬も大変だなー」‥‥と。崖の上には、真っ白なお馬さんがいて、いつも美味しそうに人参をムシャムシャと頬張っています(笑)。



このお馬さんを横目に見つつ、おみくじを引いて甘酒を飲みながら、昔ながらの街並みが残る参道を歩いていきます。歩くこと3分、見えてきました目指すべき建築が:



じゃーん!創業280年という歴史を誇る鯉料理の老舗、大黒屋さんの堂々たる門構えです(今回は雨が降っていた為に良い写真が撮れなかったので、下記の解説には以前撮った写真を使います)。



見上げると、門の上には大黒様の姿が。



‥‥この門構えをチラッと見ただけでも、もう既にこのお店が徒者ではないことが分かるかと思うんだけど‥‥。と言うのもですね、この門から中庭へは一直線に視線が貫いているのですが、来館者をそこまでダイレクトに進ませるのではなく、石畳を使いながら「わざわざ」右寄りに進行方向を曲げているのが見て取れるんですね。



また、真っ正面に見える風景を一度に全て見せるのではなく、中央左寄りに「敢えて」樹を植えることにより、あちら側の風景を遮りながらクライマックス的空間に対する来館者の期待感を高めているのです。



この様なアプローチ空間の妙は、去年の夏に訪れた村野藤吾の佳水園、もしくはスペインとポルトガルの国境付近に位置するアルヴァロ・シザ設計によるヴィアナ・ド・カステロ図書館にも通ずる所があるかと思います(地中海ブログ:アルヴァロ・シザの建築:ヴィアナ・ド・カステロ図書館(Viana do Castelo)その2:内部空間編:パノラミックな風景が売りの敷地においてパノラミックな風景を見せないという選択肢)。

また、この威風堂々とした門構えのデザインは、このお店の前を通る人々の足を惹き止め、門の中へと誘い込みながらも、全く関係のない人々をはじき返す強靭さをも兼ね備えています。



この様な表現は(ファサードを波打たせながら)訪れる人々を惹き寄せては打ち返すというバロック建築の最高峰、サン・カルリーノ・アッレ・クアットロ・フォンターネ教会にも通じる所があるのかも知れません(地中海ブログ:サン・カルリーノ・アッレ・クアットロ・フォンターネ教会(San Carlino alle Quattro Fontane)から学ぶ歴史の重み:現地へ行ってみて初めて分かる事は山程ある)。

様々な文化圏における表象文化の比較という観点で見ていくと、自ずと「日本建築の特徴」みたいなものが浮かび上がってくると思うんだけど、それは「建築が完全に開く」のではなく、かと言って「完全に閉じてしまう」のでもない「曖昧な境界」とそれを可能とする皮膜、そしてその様な皮膜が何重にも折り重なる事によって襞の様になり、その中に存在する「奥」を大切に守っているのです。

「奥」とは日本文化の核に位置するアイデアであり、我々の日常生活の至る所に見られる事象でもあります(槙文彦さんが詳しく書かれています)。ふとデパートなどで買い物をした際、包み紙を開けると箱が現れ、その箱も包装紙に包まれていて、それを取り除いて箱を開けると、更に包装紙が現れ、「いつになっても中身に辿り着けない」‥‥みたいな(笑)。もしくは神社などで売られている「お守り」も「奥」が存在する事によって成り立っているものですね。



そんな事を思いつつ、一番外側に位置する先程の門を潜り、エントランス空間へとアプローチして行ってみます。くねくねとした石畳を通り過ぎると現れるのがコチラです:



靴を脱ぐ為の大きな大きな沓脱ぎ石。高さといい、少しくぼんだ感じといい、この空間に素晴らしくマッチしています。そしてふと眼を上げるとこの風景:



床に置かれた真っ赤な絨毯が素晴らしい。この色、そしてこの長さ。この絨毯がココにあるのと無いのとでは大違いで、この真っ赤な絨毯があるからこそ、あちら側に見えている日本庭園の緑が「これでもか!」と映えてくる訳です。



僕は昔から歴史の年号などを覚えるのは苦手だったんだけど、空間的な記憶力だけは抜群で、何年前だろうが、何十年前だろうが、一度行った場所や空間の詳細を殆ど忘れる事はなく、壁の色や家具の配置に至るまで詳細に覚えていることが出来ます。そんな僕の記憶を辿っていくと、このエントランス空間を形作っている石畳や屋根の形状は勿論のこと、この真っ赤な絨毯の配置などは僕の物心付いた頃から殆ど変わっていない気がします。堂々とした空間展開、そして格式の高さは「さすが皇室御用達!」という感じでしょうか(上の写真はお正月に撮ったものなのですが、大変立派なお飾りを見る事が出来ます)。

さて、ここで靴を脱ぎ、スリッパに履き替えると眼に飛び込んで来るのがこの風景です:



じゃーん!大きな池を中心とした、大変見事な日本庭園の登場です。ホテルや旅館ではなく、食事をする為だけの料亭で、ここまで見事な庭園はなかなかお目に掛かれるものではありません。



見下ろせば鯉が気持ちよーく泳いでいる姿が見えます。



この庭園を囲む様にして個室が展開してるんだけど、何十年も変わらない渡り廊下なんかも素晴らしく趣があるなー:



以前はこの廊下の一番奥に出入り口があって、そこから庭へアプローチ出来る様になっていた為に、その直ぐ右隣の部屋を予約していました:



小ちゃい頃は、廊下を挟んだ反対側のお部屋をよく覗き見してたものだけど、そっちのお部屋からは、これまた見事な裏庭が見えたりしちゃいます。



次の料理が運ばれてくる間を縫いつつ、大きな下駄を履いて広い庭を散策するのがこのお店に来る1つの楽しみだったんだけど、最近はみんな歳になってきた為に、あまり歩き回りたくないもんだから(笑)、出来るだけ入り口に近いこちらの部屋を取っています:



この料亭は、1つの家族に1つの部屋を割り振ってくれて、基本的に「何時間居ても良い」という、近年では大変珍しくゆったりと食事を楽しむ事が出来るシステムになっているんですね。



さて、お料理が運ばれてくる前に我々を出迎えてくるのが、この地方の名物、多度マメ(黄粉と蜜を練ったものに大豆が包まれているというもの)です。独特の食感と絶妙な甘さが素晴らしい!これを味わいながら世間話をしていると、先付けが運ばれてきます:



先ずは鯉のすり身の揚げ団子と頬肉。



このすり身の団子が本当に美味しくて、こればっかり注文していたという時期もありました(笑)。それこそ幾つも幾つも注文してたと思うんだけど、今思えばそんなわがまま良く聞いてくれたな‥‥と(笑)。そういう融通が利いたのも、古き良き時代という事だったのでしょうか。続いて出てきたのがコチラです:



鯉の鱗の唐揚げ。カリカリです。そしてお次ぎは鱗の酢の物の登場〜:



こんな感じで、このお店では鯉の全ての部位を様々な形で楽しませてくれるんですね。ここまで食べ尽してくれるなら、鯉も成仏してくれるだろうと思います。



続いては鯉の子供の甘露煮。頭からしっぽまで丸ごと食べられます。そして南蛮漬け。



と、ここで出てきました!このお店に来たら絶対に味わって頂きたい一品!



白みそ仕立ての鯉こくです。素晴らしくコクがあって味わい深い一品となっています。今まで色んな所で鯉こくを食べてきたけど、このお店の鯉こくが一番美味しいかな。そしてそして、来ました、このお店自慢の一品!



鯉の洗いの登場〜。このお店では酢味噌ではなく、ワサビ醤油で頂きます。



普通の身と尾に近い部分が出されるのですが、シコシコとしていて全く臭みはありません。よーく見ると、身が反っていて少し縮れているのが分かるかと思うんだけど、これは本当に新鮮な活きた魚の身を洗った場合にしか出ない現象なんですね(←どうでもいいマメ知識)。この鯉の洗いを食べる為だけにココに来ても良いと思える、そんな素晴らしいクオリティとなっていると思います。

ちなみにこのお店では、群馬から仕入れた鯉を、餌無しの状態で屋敷内の池で2ヶ月間泳がせる事によって川魚独特の臭みを消しながら身を引き締めた上でお客さんに出しているそうです。そしてこの洗いに続くのがこちら:



鯉の塩焼き!塩味だけでもいけるけど、ここにレモンや酢を少し加えるともう絶品!鮭などとは又ひと味もふた味も違った、何とも言えない味わいが広がります。そして鯉の煮付けも:



真ん中に見えるのは鯉の卵なのですが、大変上品なお味に仕上がっていると思います。



こんな感じの鯉料理が次から次へと出てくるんだけど、比較的ゆっくりと出てくるので、その間に庭へ出掛けて行って、庭園の風景を楽しむ事が出来ちゃう所がこのお店の醍醐味!やはり「食事を楽しむ」とは、料理の味もさる事ながら、そこから見える景色、音、そして雰囲気など、我々の5感全てを駆使して楽しむ総合芸術だと僕は思います。

そしてそして、このお店のメイン料理がコチラです:



鯉の素揚げの和風あんかけ風の登場〜。鯉が丸ごと一匹揚げてあり、そこに野菜炒めあんかけを載せた一品。



鯉の身が一口サイズに切ってあって凄く食べ易い。そして見た目ほど辛く無く、ご飯がすすむ、すすむ!

満足、大満足です!

上述した様に、僕は生まれた時からこの料亭(=絶品料理もさる事ながら、滅多にお目に掛かる事が出来ない質を伴った日本庭園と日本建築)へ毎年1月2日に訪れるという生活を続けてきました。もしかしたら、この様な素晴らしい建築に小さな頃から触れてきたこと、その様な空間に身を置きながら、そこに展開する空間のプロポーションや色使い、更には空間構成などを知らず知らずの内に体験してきたことが、現在の僕の建築的な感覚の基礎となっているのかも知れません。



更に言うならば、この様な体験は、現在の僕の趣味となっている「食べ歩き」、ひいては「食事とは、そこで提供される料理の味だけではなく、その場の雰囲気などを含めた総合芸術なのである」という考え方や、コンビニやファーストフード全盛期の現代において、一日掛けてわざわざ美味しい料理を楽しみに行くという行為を、何の迷いも無く素直に受け入れる素地を育んだのだと思います。

だからこそ、お昼のランチに2―3時間も掛けてゆったりと食事をする、バルセロナを中心とした地中海の社会文化にすんなりと溶け込む事が出来たとも言えるのです。



素晴らしい日本庭園を眺めながら鯉料理に舌鼓を打つ事が出来る鯉料理の老舗、大黒屋。大変おいしゅうございました!星、三つです!!
| 地球の食べ歩き方 | 16:03 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
世紀末の知られざる天才彫刻家、カミーユ・クローデル(Camille Claudel)について
先々週は所用でパリに行っていました。



以前少しだけ書いたルーヴル美術館でのプロジェクトミーティングが目的だったんだけど、3日間、朝から晩までずーーっとルーヴルに缶詰状態(苦笑)。管理部門(アドミニストレーション)は美術館とは大通りを挟んだ反対側にあるので美術鑑賞もあまり出来ず‥‥。そんなハードスケジュールの中、ミーティングが始まる前に美術館併設のカフェでとる朝食は最高だった。



元々宮殿だった場所を改装してカフェにしてあるんだけど、目の前にはガラスのピラミッドが聳え立ち、インテリアには非常に抑制されたデザインが施されていて、まさに「至福のひととき」を過ごす事が出来たんですね。



とは言ってもそれ以外ではあまり観光をしている暇も無く、最終日の帰りの飛行機までの3時間余りを使って何処かへ行こうと思い立ち、悩みに悩んだ挙げ句、向かったのがコチラです:



ロダン美術館。



近代彫刻の巨匠、ロダンの彫刻が「これでもか!」と並べられているこの美術館なのですが、僕がこの美術館に来た理由、それはこの美術館の主役であるロダンの彫刻を見る為ではなく、世紀末の知られざる天才彫刻家、カミーユ・クローデルの作品を見る為なのです。



‥‥僕がヨーロッパ各地を訪れている時に一番楽しみにしていること、それは「予期せぬモノとの遭遇」です。予定調和的では無い出会いほど僕の心をときめかせる瞬間はありません。4年前、唐突に訪れたカミーユ・クローデルの彫刻との出逢いは僕にとって新鮮な驚きでした。



その当時はカミーユ・クローデルの事なんて全く知らなくて、ロダンの彫刻目当てに何気無くロダン美術館内を彷徨い歩いていたんだけど、入り口中央右寄りの一室に入った瞬間、僕の目に飛び込んできたのが下の彫刻だったんですね。



作品名は「分別盛り(第二バージョン)(L`age mur(deuxieme version))。真ん中の老人が、背後にいる老婆(悪魔)に囁かれ、若い女性から身を引いていく瞬間が表現されています。主題としては「人生の3段階」などとして、あちらこちらで繰り返し用いられているテーマなんだけど、この彫刻が醸し出している質はちょっと凄い。



先ず見た瞬間に圧倒されるのがそのプロポーションの良さです。左上に展開している悪魔の羽のようなものから始まり、老人の手、女性の手を経て右下のつま先へと、流れるような3角形を形成しているのが見て取れるかと思います。



更に素晴らしいのが、この女性の表情と、「行かないでー!」と言っているかのような手の描写です:



この手と手の間の空間!「女性の手を力強く振りほどく」のではなく、まるで「女性の手からすり抜けていく」、正にその瞬間がスローモーションで伝わってくるかのような空間表現となっています。



そう!まるで中森明菜のデビュー曲「スローモーション」の一節を彷彿とさせるかの様に‥‥:

「出逢いはスローモーション、軽い目眩(めまい)誘う程に‥‥」

そしてココ:



悪魔が老人に何かを囁いています。この悪魔も「無理やり老人を引っ張っている」というよりは寧ろ、「老人を誘惑し、そそのかしている‥‥」、そんな表現になっているんですね。



何よりも悪魔の手がその事をより良く物語っていると思います。ほら、悪魔の手が老人の腕に触れるか触れないか、その一瞬を表現しているのが見て取れるかと思います。

さて、カミーユ・クローデルの彫刻から感じられるもの、それは生々しい程の「人間の内なる感情」では無いでしょうか?

例えば上の彫刻には「行かないでー!」という彼女の思いと、そのことによる「寂しさ」が彫刻全体に充満しているかの様ですらあります。そしてそれらの感情が喜びであれ憎しみであれ、痛々しいほど彫刻全体に溢れている‥‥。コレなんてすごい:



作品名クロト(Clotbo)。クロトというのはローマ神話に出てくる生と死、そして運命を司る3女神の一人なんだけど、頭の上から湧き出ている髪の毛みたいなものに、内臓をえぐり返すような「ドロドロとした恐怖」が充満しています。率直に言ってこの彫刻は「怖い」。陸奥九十九が言う「怖い」と本質は一緒(笑)。



何故カミーユ・クローデルはこのような彫刻を創ったのか?何故彼女の彫刻からは人間の生々しい感情が感じられるのか?



それを説明する為には、少しばかり彼女の経歴を知る必要があるかと思われます。

カミーユ・クローデルは19世紀後半から20世紀初頭を生きたフランス人女性彫刻家であり、20世紀最大の彫刻家として知られるロダンの弟子、助手兼モデルそして愛人だったそうです。彼女がロダンと出会ったのが18歳の時で、ロダンは彼女の天才的な才能とその美貌にコロッとやられ、内縁の妻(ローズ)がありながらも彼女と関係を持ったと言う事らしいんですね。若い時の写真が残されているんだけど、それがコレ:



確かに美人です。そして彼女はロダンの下でメキメキとその頭角を現していくのですが、最初は順風満帆だった彼女の人生にも次第に陰りが見え始めます。彼女はその生まれ持った才能とは裏腹に、世間では全く評価されず、「ロダンのコピーだ!」と言われ続け、私生活ではロダンの子を妊娠するも流産。そして内縁の妻ローズとカミーユの間で揺れていたロダンも最終的にはローズの元へと去って行ってしまいました。



仕事もうまくいかず、私生活も最悪‥‥。挙句の果てに彼女は精神に異常をきたし、30年間の精神病院への強制収容の後、誰にも看取られること無く亡くなったそうです。



天才彫刻家のその悲惨な運命は、後に数々の小説になったり映画になったりして、今では広く人々に知られる所となり、近年においては彼女の作品に再評価の光が指しているようです。



ちなみにZガンダムの主人公、カミーユ・ビダンの名前と設定はこのカミーユ・クローデルに由来しています。もう1つちなみに、森口博子が歌うZのオープニングに出てくる360度フルスクリーンのコクピットは今見てもかなりセンスが良いなー。



さて、ここまで書けばもうお気付きかもしれませんが、実は上の彫刻「分別盛り」の主題は、彼女の人生そのものであり、真ん中の老人がロダン、悪魔がローズ、そして右下の懇願している女性がカミーユ本人という訳なんですね。この「行かないでー!」という表現に彼女が当時感じていた悲痛な思いが詰まっているからこそ、見るものをその内側に引きずり込んでしまうのかもしれません。その反面、幸せの絶頂期にはこんなものも創っていました:



その名も「心からの信頼(L`abandon)」。二人が寄り添い、互いに支え合うその姿は、僕の心を本当に和やかにしてくれます。そしてこの顔:



この作品が創られたのは、カミーユとロダンがラブラブだった頃と言いますから、カミーユは本当に幸せだったのでしょうね。彫刻から愛が溢れているかの様ですらあります。



上の作品(ワルツ(La Valse))からは、二人が楽しげに踊っている、正にその瞬間の雰囲気がありありと漂ってきます。そしてコレもすごい:



「束を背負った若い娘(La jeune fille a la grebe)」。見てください、この口元と目:



こんな事が彫刻に可能なのか!

カミーユ・クローデルの彫刻の魅力、それはその彫刻が全体で醸し出す「内なる人間の感情=痛々しい程の感情」なのだと僕は思います。



ベルニーニの作品を見て以来、彫刻の本質とは「物語の一瞬を捉える事」、そしてその凍結された一コマから、連続する前後の情景を鑑賞者の心の中に浮かび上がらせる事だと思ってきました(詳しくはコチラ:地中海ブログ:ベルニーニ(Bernini)の彫刻その2:ボルゲーゼ美術館(Museo e Galleria Borghese)にあるアポロとダフネ(Apollo e Dafne)の彫刻)。それはロダンの作品にも言える事で、彼なんかは明らかに一瞬の凍結の中に「動きを見出す事」を目指しているような感じを受けます。これなんてドンピシャ:



故にそれらの彫刻は3次元的であり、周りをグルグル回ったり、はたまた上述した様な、前後の時間の中を彷徨ったりする中にこそ、その彫刻の本質が現れるのだと思うんですね。

しかしですね、カミーユの彫刻はこれらとは本質的にちょっと違う様な気がします。敢えて言うならば、2次元に近いんじゃないのかな‥‥?何故なら彼女の作品には(絵画のように)明らかに見るべき視点が存在するからです(例外っぽいのはワルツですね)。更に前者の彫刻が基本的に「モニュメント」になろうとしているのに対して、カミーユのそれは謙虚な姿勢を基本にしている感じすら受けます。



多分これらのポイントが、彼女の彫刻の大きな特徴であり魅力であり、彫刻界の巨匠ロダンにすら開けなかった彼女だけの道なのでは?と僕は思います。

カミーユの実弟であり詩人でもあったポール・クローデル(Paul Claudel)は姉の作品について幾つかの著作を残しているのですが、彼のこの言葉はカミーユ・クローデルの彫刻の的をついているような気がしました:

「分別盛り!この運命の蓄積されたかたち!」

そう、彼女の作品群は彼女の人生そのものなのです。

非常に豊かな彫刻体験でした。

(この記事は以前書いた文章に加筆修正を施したものです。以前の記事には小さな写真を使っていた為に、「もう少し大きめの写真はありませんか?」という問い合わせが非常に多く、いつか書き直そうと思っていた所、丁度良い機会だったので文章にも少し手を加え新たに掲載する運びとなりました。基本的に当ブログでは同じ記事を2度、違うエントリとして公開する事は無いのですが、前回の記事が比較的まとまっていた事、年末に掛けて記事を書いている時間が取れない事などを考慮した結果、この様な形で公開する運びとなりました)
 
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| 旅行記:美術 | 21:01 | comments(3) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
カタラン・ボールト(Boveda Catalana)について:ムンクニティによるタラッサ(Terrassa)の科学技術博物館
バルセロナから電車で40分ほど行った所にある小さな町、タラッサ(Terrassa)に行って来ました。カタルーニャ地方に伝わる伝統的工法、カタランボールトで創られた建築の中でも傑作中の傑作、リュイス・ムンクニティ・パレリィアダ(Lluis Muncunill Parellada)による科学技術博物館(Museo de la Ciencia y la Tecnica)を見る為なんですね。



事の始まりは先々週の半ばに遡るんだけど、Twitterの方で「この建築、すごくない!?」みたいなツイートがあり、気になったので見てみたら、夏前にこちらの新聞でも話題になってたカタランボールト建築じゃないですかー!


(上記の写真はLa Vangurdia紙より)
で、よく見たら後ろに映ってるのはFabra i Boat!‥‥ここ数年、バルセロナ市は既存建築のリノベーションに物凄く積極的で、売春やドラックの温床となっていた旧紡績工場に目を付け、新しいプログラムを創り上げた上で再生し、「その地区の活性化の起爆剤にする」という事を実施してきています。



今回話題に上がったこの建築は、そんな感じで蘇った建築の敷地内(Fabra i Boat)に建てられた屋外施設なんですね。装い新たに蘇ったFabra i Boatは、その広大なスペースをアーティストやベンチャー企業やらに貸し出す事によって、この地区(Sant Andreu)に新たな息吹を吹き込む事に成功しています。



‥‥19世紀当時、ヨーロッパの周辺部の小都市でしかなかったバルセロナは、産業革命の中心地だったマンチェスターを「都市モデル」として目指し、見事産業革命に成功した結果、「スペインのマンチェスター」という異名をとるまでに成長しました。そして脱工業化時代の現在、都市として疲弊しまくったマンチェスターが、逆に今度はバルセロナを「都市モデル(=バルセロナモデル)」として目指しているというのは皮肉としか言いようがありません。



では「何故バルセロナにこの様な過去の遺産が多く残っているのか?」、ひいては「何故バルセロナがこの様な脱工業社会への脱皮に成功したのか?」という事については以前書いた通りです(地中海ブログ:パン屋さんのパン窯は何故残っているのか?という問題は、もしかしたらバルセロナの旧工場跡地再生計画を通した都市再活性化と通ずる所があるのかも、とか思ったりして)。

一言でいうと「偶然」‥‥かな(笑)?でもまあ、「運も実力のうち」って言うし、何よりその様な「与えられた偶然」からきちんと都市再生にまで持っていった(政治的)手腕は評価してもいいのでは?というのが僕の立場です。

そんなこんなでTwitterの方で盛り上がってしまい、「この建築、今度見て来ます。ばっちり写真も撮ってきます。乞うご期待!」みたいな事を宣言しちゃったものだから、行かざるを得ない状況に‥‥(というか、こういう言い訳でもないとなかなか建築を見に行く時間が作れないので、こういう状況を提供してくれた方々に感謝!)。という訳で週末を利用して行って来たんだけど、現地に来てみたら驚愕の事実判明!


(上記の写真はLa Vangurdia紙より)
な、何とこの素晴らしい建築、仮設だったらしく現在は撤去されて跡形も無くなっていたのです!ガーン!そ、そうなんだー。つい先月まではあったそうなんだけど、一足遅かった!うーん、非常に残念!この日はカタランボールトを見る気満々だったので、どうにも建築的欲求が収まらず‥‥。



直ぐ近くにあるホセ・ルイ・セルト設計の集合住宅を見に行ったけど(セルトについてはこちら:地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その3:ホセ・ルイ・セルト(Josep Lluis Sert)のパリ万博スペイン共和国館)、やっぱりそれでも何か不満が残る‥‥(ちなみにこの集合住宅も最近リノベーションされて、現在では事前予約すれば内部見学も可になっています)。



「どうしたものかなー?」と考え抜いた挙げ句、「そうだ!カタランボールトの最高峰、タラッサ(Terrassa)にある科学博物館を見に行こう!」と決意し、日を改めて行って来たという訳なのです。



(上述した様に)タラッサという街はバルセロナから電車に乗って40分ほど行った所にある人口20万人程度の小さな街なのですが、この街の起源はローマ時代に遡り、昔から毛織物産業が盛んで、(街としての)規模は小さいながらも大変裕福な街として知られています。その頃の繁栄を今に伝えるかの様に、街中には多くのモデルニズム建築が残されているんですね。



実はですね、僕はこのタラッサという街とは大変深い関わりを持っていて、と言うのもこの街には前ユネスコ事務総長だったフェデリコ・マヨール・サラゴサ氏の肝入りで創設されたUNESCO Chairなる機関があり、バルセロナ市役所に勤める前はここで働いていた時期があったからです。



その時は勿論、月曜から金曜まで毎日の様に通ってたんだけど、働きに来てる時は観光なんてする時間は全く無かったが故に、今まで観光らしい観光はした事が無く‥‥と言う訳でとりあえず、「市内地図などの観光資料を貰いに行こう!」と思い立ち、市役所に行ったら偶然カタルーニャ工科大学タラッサ校の学長さんにバッタリ!

「あれー、cruasan君じゃないかー。久しぶりだね。元気だった?なに、なに、観光してるの?じゃあ、市役所の中も見て行きなよー。」

みたいな(笑)。そう、実はこの街、小さい上に公的機関で働いてた日本人が居なかったもんだから、市役所とかその関連施設に行くと知り合いだらけなんですよねー(笑)。という訳で普段は公開されてない市役所の議会室などを見せてもらえる事に:



この市役所、あまり知られてないんだけど実はムンクニリィによってリノベーションが施されていて、会議室の天井なんかは結構面白いデザインになっていると思います:



ちなみに世間一般ではムンクニリィという建築家は、旧紡績工場を住宅に改修したMasia Freixaを手掛けた事で認知されてるかな。



「あー、なんか今日はラッキーだな」くらいの勢いで、イヨイヨ目指すべき建築へ。



科学技術博物館はタラッサの中心街近く、バルセロナからの電車が到着する駅から歩いて10分程度の所に位置しています。先ずはレセプションで入場料(3.5ユーロ)を払い中へ入るとそこに展開しているのがこの風景:



‥‥一瞬時が止まる‥‥そんな衝撃をもたらしてくれる建築にはそう滅多にお目に掛かれるもんじゃあないんだけど、ここに展開している風景は明らかにその一種だと、そう僕の5感が激しく訴えかけてきます。



何処までも広がっていく連続アーチ。



そんな連続アーチと、屋根の開口から入り込む自然光が創り出す空間の妙。



こんな、奇跡の空間を実現しているのが、カタルーニャ地方が世界に誇る技術、カタランボールトという建築工法なのです。



4センチ薄のレンガ造を積み上げていく事によって、アーチからアーチへと力を伝え、この様な大空間を可能にしているんですね。



もっと詳しく言うと、大小2つのボールトが鋸の歯の様に並べられ、それによって大変不思議で美しい起伏を屋根に与えています。その起伏をもう1つの軸から見るとこんな感じ:



そう、コチラ側にはコチラ側でもう1つの丸みが創り出されていて、この建築の屋根はこの様なX軸、Y軸という両軸に曲面が使用され、それが互いに混じり合う事によって非常に複雑なかたちを可能にしているのです。



さて、そんな大屋根アーチなんだけど、実はですね、それが無限に折り重なっている風景を上から見る事が出来ちゃうというのがこの博物館の1つの醍醐味になっているんですね。



さっき通って来たレセプションの2階部分がレストランになってるんだけど、そこに上ってテラスへ出ると現れるのがこの風景:



じゃーん!絶景かな、絶景かな!



この無限に続くかの様な屋根の風景。これが本当に見た事も無い様な、そんな風景を創り出しています。そしてこれが夜になるとまた全く違った姿を現します:



これ、凄く無いですか!本当にこの世のものとは思えない、そんな風景です。中に入ってみると、これまた昼間とは全く違った風景が展開していました:



各展示の照明の度合いによってその光がヴォールド天井に反射し密度の違いを生み出しています。つまり活動の密度の違いにより、この無限空間に部分的に違った風景が展開されているのです。全くの偶然なんだけど、とある展示の紫色の光が天井に反射している光景は、僕の心にル・トロネの風景を思い出させてくれました:



あの大聖堂の右側に設置された大きな大きなステンドグラス、その紫色のステンドグラスから大聖堂の中に入り込む紫色の光、本当に神憑っていた光でした(地中海ブログ:プロヴァンス旅行その4:ル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)の窓に見る神業的デザイン;地中海ブログ:プロヴァンス旅行その5:ル・トロネ修道院(Abbaye du Thoronet)の回廊に見る光について)。この様な密度の違いは上から見たときの風景にも反映されていました:



ほら、屋根全体の中で光が強い所と弱い所があるでしょ?

この工場が出来た時、この天井というのは労働者の手元を照らす為に「安定した均質な光」が必要とされていたのだと思います。だから北側から光を採ってるんだけど、それが100年の時を経て博物館に生まれ変わり、そのプログラムが変わった事によってこの天井にこの様な密度の違いが生まれ、それが鮮やかな風景を創り出し、「観光」という我々の時代に沿った建築になろうとはムンクニティも夢にも思って無かったに違いありません。

久しぶりに、心が震える建築に出逢ってしまい大満足です!

追記:カタランボールトに非常に感動してしまったので、関連情報を少し載せておきます。ムンクニティによる科学博物館と並んでカタランボールトの極地と言えばやはりコチラでしょうか:



ポンペウファブラ大学の図書館です。元々は貯水池だった所をリノベーションして現在は図書館として使われています(地中海ブログ:世界一美しい図書館:ポンペウ・ファブラ大学(Universitat Pompeu Fabra)図書館の一般立ち入り禁止エリアに入ってきた)。そしてもう1つ、カタランボールトとはあまり関係無いんだけど、スペイン建築の特徴の1つである(と僕が勝手に思っている)、構造を全面に押し出し、革新的な表現にまで昇華させた建築がコチラです:



エドゥアルド・トロハがマドリードにデザインした競馬場です(地中海ブログ:エドゥアルド・トロハの傑作、サルスエラ競馬場(Hipodromo de la Zarzuela)その2:軽い建築の究極形の1つがここにある)。この軒先、そしてこの技術!



追記その2: 脱線したついでにもう1つ追加情報を載せておくと、この博物館の2階部分にはレストランが入ってて、そこの手作りソーセージが絶品だった:



14年くらいバルセロナに住んでるけど、こんなに美味しいソーセージを食べたのは初めてかも?っていうくらいの美味!聞いてみた所、お肉の中にカラッと揚げた茄子のチップと、ヤギのチーズを混ぜてあるのだとか。大変美味しゅうございます!!

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バルセロナのバス路線変更プロジェクト担当してたけど、何か質問ある?バルセロナの都市形態を最大限活かした都市モビリティ計画
今週バルセロナではスマートシティに関する世界で一番大きな会議、その名もスマートシティ国際会議(Smart City Expo: World Congress)が開かれています。



スマートシティに関しては当ブログで散々書いてきた通りなので今更書き足す事は無いと思うんだけど(地中海ブログ:スマートシティ国際会議(Smart City Expo: World Congress)に出席して思った事その1:バルセロナ国際見本市会場(Fira Barcelona)の印象)、「バルセロナのこの会議」に関して言えば、その構想の初期段階から関わっていた事なども手伝って、「非常に感慨深いなー」というのが正直な所でしょうか。と言うのもですね、スマートシティなるものが一体何モノなのか世間一般にはまだよく知られていなかった5年程前のこと、「この分野でリーダーシップをとっていく事が、バルセロナの競争力ひいては都市の魅力を確保していく上で絶対に必要になります!」と、当時の市長や局長クラスを説得し、当時はまだ「知る人ぞ知る」っていう存在でしかなかったSENSEable City LabのCarlo Rattiを招く事によってバルセロナ誘致に漕ぎつけた‥‥という事情があるからなんですね(地中海ブログ:サスキア・サッセンと世間話で盛り上がったディナー)。



そんなスマートシティ国際会議の一環で今週バルセロナでは実に画期的な試みが行われているんだけど、それこそ今日のお題である「バルセロナ市バス路線変更プロジェクト」なのです。



これは何かと言うと、その名の通り「バルセロナ市内を縦横無尽に走るバス路線の変更を行う」っていう街全体を巻き込んだ壮大なプロジェクトなんだけど、何を隠そうこのプロジェクトを担当していたのは僕でしたー。←これ、嘘の様なホントの話(笑)。



バルセロナ市役所で働いていた時は主に4つのプロジェクトを担当していて、1つはグラシア地区の歩行者空間プロジェクト(地中海ブログ:グラシア地区祭り:バルセロナの歩行者空間プロジェクトの責任者だったけど、何か質問ある?)、もう1つは欧州委員会との恊働プロジェクト(地中海ブログ:EUプロジェクト、ICING (Innovative Cities for the Next Generation)最終レビュー)、そして欧州グリーン首都賞を受賞したビトリア市の都市計画/都市モビリティ、そして最後の1つがこのバルセロナ市バス路線変更プロジェクトだったという訳なんです。



まあ勿論一人でやった訳では無くて、というかそんなこと口が裂けても言えなくて(汗)、市役所の同僚は勿論のこと、バス会社(TMB)で担当だった人達、地元工科大学のモビリティ分野の世界的権威、エネルギー関連のスペシャリストなどなど、実に様々な人達の何年にも及ぶ努力の結晶が、今日見るバス路線に結実した事は間違いありません。

「バルセロナモデル」に代表されるバルセロナの画期的な都市計画を研究している研究者は世界中に数多いるんだけど、文献や担当者との表面的なインタビューに頼るのではなく、実際の現場で手を動かし、あれやこれやとアイデアを出し合いながら「都市のかたち」を模索していくこと、そんな現場に参加する事が出来たという幸運。それらの事は今後の僕の人生にとって掛替えのない財産になったことは間違いないと思います(地中海ブログ:何故バルセロナオリンピックは成功したのか?まとめ

さて、では一体「何がそんなに画期的だったのか?」というと、それを説明する為には先ずバルセロナの都市形態の話から始める必要がありそうです。



これまた当ブログでは何度も説明してきた様に、バルセロナという街は胡桃の様な形をしているローマ時代に創られた歴史的中心地区(上の地図の真っ黒い部分がバルセロナの歴史的中心地区)、その胡桃を包み込む様に広がっている碁盤の目、更にその碁盤の目の外側に広がっている郊外という3層構造をとっていて、その中でもバルセロナにとって決定的に重要だったのが、19世紀半ばにイルデフォンソ・セルダ(Ildefonso Cerda)により導入された板チョコの様な新市街地、通称セルダブロックなんですね。



一辺約130メートルの四角形が整然と150個も並ぶ風景は圧巻としか言いようがありません。「なぜセルダがこの様な画一的な計画を実行したのか?」については諸説あって、例えばその1つがセルダの友人だったモントゥリオル(Narcis Monturiol:潜水艦発明の先駆者(地中海ブログ:エティエンヌ・カベ(Etienne Cabet)とモントゥリオル(Narcis Monturiol)))の影響を受けたんじゃないか?という大変ロマンチックなものが存在したりします。このモントゥリオルなる人物は、「海底2万マイル」に影響を受けて潜水艦を発明したんだけど、その彼の思想に多大なる影響を与えていたのがエティエンヌ・カベだったと言う事は専門家の間では良く知られている話だったりします。



ちなみに「ノーチラス号の資金源がビーゴ近郊に沈没した船からだった」というのは、「他には何も無い」と皮肉を込めて言うガリシア人達が嬉しそうにする数少ない自慢話の1つです(地中海ブログ:ガリシア旅行その3:エンリック・ミラージェス(Enric Miralles)の建築、ビーゴ大学(Univeristy of Vigo)その1:ミラージェスの真骨頂、手書きのカーブを存分に用いた名建築)。



もう1つちなみに、HUNTER x HUNTERの12巻に出てくる幻影旅団が隠れていたヨークシンシティの地図は、バルセロナの新市街地(詳しく言うとMaria Cristinaからサンツ駅、そしてスペイン広場)辺りをコピーしているという事は以前書いた通りです(地中海ブログ:世界最悪の絵画修復が村の最高の宣伝になってしまった件とか、HUNTER x HUNTERの中に密かにバルセロナが登場する件とか)。


(スペイン広場辺りの地図:上のHUNTER x HUNTERの絵と比較すると如何にそっくりかが分かるかと思います)

あー、脱線してしまった‥‥。という訳でセルダの都市計画に話を戻すと、最近ではこの19世紀半ばに創られたセルダブロックが再び脚光を浴び始め、駐車場や工場として不適切利用されていた中庭を市民に開放しようという動きがある事などは当ブログで紹介してきた通りです(地中海ブログ:エンサンチェ(Ensanche:新市街地)セルダブロック中庭開放計画その1: Jardins de Maria Merce Marcal)。

一方、都市内におけるバスの路線というのは、一般的に言ってその都市の拡大と共に発展してきたと言えるかと思います。つまり今までは人があまり住んでいなかった地域が開発された事によって、その地域に市民が集中し始めたが為に既存の路線が無理矢理繋げられたり‥‥と言った様に。その様にして出来上がったのが現在我々が各都市で見る事が出来るバス路線なんだけど、それらは文字通り「グニャグニャ」としていて、ある地点からある地点に移動する所要時間にしてもエネルギー消費の観点から見ても明らかに最適化されているとは言い難い状況に陥っているのが常だと思うんですね。



今回バルセロナで僕達が目指したもの、それは地点Aから地点Bに移動する際に最も所要時間が短くなり、且つ、最もエネルギー消費が少なく、そしてなるべく多くのエリアを最小のバス路線と本数でカバー出来ると言う最適解でした。



その際に大変考慮したのが上述したセルダブロックであり、バルセロナという都市が「地」として元々持っていた都市形態だったのです。もっと具体的に言うと、整然と並べられたセルダブロックに沿って上の図でA点からC点に移動したい人は、取り合えずA点からB点まで直進してからB点で一度乗り換える。そして再びB点からC点まで直進する事によって移動時間を最小化出来る‥‥というアイデアなんですね。このアイデアを実際の路線に翻訳するとどうなるか?と言うと、こうなります:



山手側から海側に向かって一気に降りて行くバス路線。そしてもう1つは:



左手側(右手側)から右手側(左手側)へと真横一直線に進んで行く路線群。それが合わさったのがこれ:



現在バルセロナ市内を走っているバスにはH18とかV20と言った「H」と「V」という記号が付いているのですが、これはHorizon(水平)とVertical(垂直)の頭文字であり、その記号を見る事によって市民は「あー、このバスは水平に走ってるバスなんだなー」と、一目で認識出来るという訳なのです。

さて、この様なプランを実現する際に非常に重要になってくるのが乗り換え場所、つまりバス停なんだけど、このバス停のデザインとコンセプト創りには非常に長い時間とエネルギーが注ぎ込まれました。

と言うのもバルセロナのバス停は、大体400メートル毎に配置されているんだけど、この400メートルという数字がミソで、これは大人が普通に歩いて5分の距離であり、歩いて5分というのは人が歩こうと思う限界時間なんだそうです。つまり5分を超えると他の交通手段を使おうとするらしいんですね。更に更に、400メートルというのは上述のセルダブロックに換算するとブロック3つ分に相当するんだけど、この様に上手く分配されたバス停をその地域における情報の結節点、つまり「日本で言う所のコンビニの様な存在にしようじゃないか!」というのが僕達が出した最初の提案でした。



そしてそれら情報の結節点には当時としてはかなり斬新だったタッチパネル式の液晶を配置し、そこで市民は様々な情報を得る事が出来る‥‥という提案がなされたのです。



現在見る事が出来るバス停にはこれら全ての提案が「反映されてはいない」んだけど、と言うのもバス停のデザインに関して絶対的な権限を持っているのがフランスの大手広告会社、JC Decauxという会社であり、バス停に関しては彼らの意向に従う必要があったからなんですね。ちなみにこの会社のビジネスモデルは非常に面白くて、彼らは例えばバルセロナ市なんかにこう働きかけるわけですよ:

「バス停を無料でデザインします。建設費も設置費も全て我々が負担します。その代わり、バス停での広告独占権は頂きますよ」

と。この話を聞いた時は度肝を抜かれましたけどね(笑)。ちなみにセニョール・デコーがバルセロナに来る時は「わざわざ市長が出迎えに行く」という噂があります(笑)(地中海ブログ:JC Decaux(JCデコー社)とフランス屋外広告事情;地中海ブログ:ヨーロッパのバス停デザイン:バルセロナ新バス停計画)。

まあ、そんなこんなで、足掛け10年あまりを経てようやく実施に辿り着く事が出来た今回のバルセロナ市バス路線変更計画。勿論ここがゴールではなくて、今後市民へのアンケートなどを経て、市民の反響などを見ながら少しづつ路線修正していく事になると思います。



そう、我々が毎日使うインフラの計画、ひいては都市計画とは、その計画が竣工した時がゴールなのではなく、「そのインフラを使っている市民がどう思っているのか?」、「使い勝手はどうなのか?」、「何処か不備は無いのか?」などユーザーの反応を見ながら段々と修正していく、最適化に近づけていく、そこまでやって初めてインフラ計画と言えるのです。

そういう意味で言うと、バルセロナのバス路線変更計画はまだ始まったばかりなのです。
 
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| バルセロナ都市計画 | 06:12 | comments(4) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナのサロン・デ・マンガ2013(Salon de Manga Barcelona 2013):マンガ/アニメから入ったスペイン人達が日本文化全般に興味を示してくれていると実感出来たイベント
ついに今年もこの季節がやってきました!スペイン中のアニメ/マンガ好きがバルセロナに集結し、思う存分コスプレやゲームを楽しむ祭典、サロン・デ・マンガの開幕です!



規模だけで見れば東京、パリに次ぐ世界第三位のポジションを確保し、最新のゲームやコミック、はたまたデザインセンス抜群なスペイン人達のコスプレを楽しむ事が出来る上に、異国の地スペインにおいて「日本文化の紹介をしよう!」という意欲を感じる事が出来る夢の様なイベント、それがバルセロナで開催されるサロン・デ・マンガというイベントなのです(地中海ブログ:漫画フェスティバル2010 in Barcelona(サロン・デ・マンガ(Salon de Manga Barcelona 2010)))。



毎年ハロウィンを挟んだ週末(4日間)に開催されるこのイベントは、2年前まではバルセロナ市に隣接するホスピタレット市で開催されていたのですが、入場希望者が年々爆発的に増加していった結果、約2倍の収容スペースを擁する現在の見本市(スペイン広場)に場所を移し開催される運びとなりました。

そんなこんなで満を持して開催されたはずの今年のサロン・デ・マンガだったんだけど、蓋を開けてみれば例年を遥かに上回る入場希望者が殺到しちゃって、チケット売り場や入り口付近は大混乱!「入場までの待ち時間5時間!」とかいうトンでもない事になっていたんですね。



かくいう僕も初日の朝から連続4日間出陣してきたんだけど、土曜日の午前中の混み具合は本当に酷くて、結局その日は午前中の入場を断念する事に。だって1時間待って動いた距離が1メートル、2時間で2メートルですよ(怒)!

しょうがないから近くの美術館で時間をつぶし(地中海ブログ:カイシャ・フォーラム(Caixa Forum)で開かれている印象派展 (Impresionistas):エドガー・ドガ(Edgar Degas)の画面構成は非常に建築的だなーとか思ったりして)、お昼ご飯を食べてから16時頃に行ったら今度は待ち時間無しで入る事が出来てちょっと拍子抜け(驚)。ちなみに来年からはバルセロナ郊外にある伊東豊雄さんがデザインしたFira Barcelonaに場所を移して開催するそうです(地中海ブログ:オリオル・ボイーガス(Oriol Bohigas)による伊東豊雄批判について思う事:バルセロナ国際見本市会場(Fira Barcelona)とSuite Avenue)。



今年のメイン会場は2つに別れていて、1つはコンサートや各種スポーツなどの実演を受け持つ会場、もう1つはコミックやお店、ゲームコーナーや日本食の屋台などが集まっているスペースとなっていました。という訳で最初はお店が集まっている会場の方に入ってみたんだけど、入り口にはこんなパネルが:



じゃーん!悟空が「フュージョン!」ってやってるパネル(笑)。「ご来場してくれた皆さん、ここでポーズをとってください!」っていう、まあ何とも嬉しい演出が僕達を出迎えてくれるんですね。



この演出にドラゴンボール大好きなスペイン人達は大喜び。パネルの前には長蛇の列が出来てて、沢山の人達が「フュージョン!」をしてたんだけど、その中でも一際目立っていたのがこの人:



ピ、ピッコロさんだー!毎年ドラゴンボール関係のコスプレは沢山見掛けるんだけど、顔まで作り込んであるピッコロさんに出逢ったのは初めて!



しかもそのピッコロさんが悟空とフュージョンしてる姿なんて超レア!原作中にも無かったはずです。初日から大変良いものを見させて頂きました(笑)。という訳で幸先の良いスタートを切った所で出会したのが、あの後ろ姿‥‥:



あ、あれはー:



フリーザ様だー!でも、ちょっと微妙(笑)。その隣にはこの人が:



キグナスの氷河!!実はスペインでは聖闘士星矢が凄まじい人気を誇ってて、毎年ゴールド聖闘士の皆さんが団体でいらっしゃるんだけど、例年に漏れず今年もいました:



あの黄金に輝くクロス!非常に創り込まれてて心底感心してしまいます。そんな中でも今年一番はこのカップルだったかな:



うーん、ここまでくると凄いとしか言いようがありません。大人達に負けじと、子供達もがんばっています:



ちっちゃいサイヤ人達と18号。そして牛魔王もいた:



体型を活かした見事なコスプレですね。な、なんか、スゲー似合ってるし‥‥(笑)。



さて、毎年僕が大変気になっているのが、「実際スペインではどんなアニメやマンガが流行っているのか?」という点です。



その際の指標となるのはやはり、「どのキャラクターのコスプレが一番多いか?」という点だと思うんだけど、長年の観察を通して、スペイン人達がしてくるコスプレには毎年ある一定の傾向がある事が分かっているんですね。



例えば2年くらい前までは圧倒的にナルトが人気で、何処を見ても暁(あかつき)、更にはイタチばっかりという状況でした。それでは「今年はどうなのか?」というと、今年の一番人気は明らかにコチラでした:



そう、進撃の巨人!圧倒的だった。その中でも人気だったのがミカサ(MIKASA)かな。真っ黒な髪の毛をホンの少しまとめて、額の所にちょっと垂らす‥‥みたいな(笑)。



こんなカッコイイ戦闘ポーズを取ってくれちゃったりして。戦士達が腰に付けてる飛行ブースターみたいなのの出来が凄かった(驚)。そんな中、やっぱりいました!こちら:



きょ、巨人だー!すごい。っていうか、良くやる気になりましたね、こんな理科室にある人体模型みたいなコスプレ(笑)。



しかも巨人の女の子バージョンまでいた(笑)。

うーん、進撃の巨人については言いたい事が山ほどあって‥‥例えば導入部分は非常に魅力的に出来てて:

「巨人が人々を襲っている→兵士達が巨人と戦っている→場面が変わって主人公2人の会話→エレン(主人公)が泣いている→MIKASAが「エレン、どうして泣いてるの?」と聞く。→(エレン)え、泣いてないよ。何言ってるの?‥‥」

みたいな感じで始まります。 僕の感じによると、冒頭に出てきた人間を襲っていた巨人って言うのは明らかにエレンであり、過去に彼は巨人だったと考えるのが妥当でしょうね。しかもその時に人間を食べていた。その時の記憶は消えていて彼自身覚えてないんだけど(というか、多分何者かに意図的に消されている)、人間を食ったという罪悪感だけは残っている。だから泣いているのです。

「あー、これってダンテの神曲、煉獄編に出てきたテーレー川の話に似てるな‥‥」、と言う事に気が付いた人はかなり勘が良い。



‥‥と、進撃の巨人については書きたい事が山ほどあって‥‥書き始めたらキリが無いのでこの話は又今度。



で、ですね、このお祭りには毎年日本からスペシャルゲストが招待されてて、例えば数年前にはCHA-LA HEAD-CHA-LAの影山ヒロノブさんがいらっしゃって、みんなで大合唱して盛り上がったりした訳なんだけど、今年一番のスペシャルゲストはこちらの方でした:



キャプテン翼の原作者、高橋陽一大先生の登場〜。ちなみにスペインでもキャプテン翼は大人気で、「キャプテン翼を知らない人はいないんじゃないか?」と思うほど爆発的な人気を誇っているんですね。実はそのことに一役買っているのがバルサの選手達なんだけど、と言うのも彼らの多くが「キャプテン翼の様になりたいと思ってサッカーを始めた」と明言しているからです。



だからバルサの本拠地カンプノウの隣にあるバルサ博物館に行くと、キャプテン翼コーナーが設置されていて、高橋先生のサインからグッズまで展示されている程なんですよねー(地中海ブログ:FC Barcelona(バルサ)のマーケティングがスゴイ:バルサ・ミュージアムに見る正に「ゴールは偶然の産物ではない」)。

もう1つちなみに、翼君はスペインでは「翼(つばさ)」というカッコイイ名前ではなく、ホリベと言います(笑)。タイトルは「ホリベとベンジ」。「ベンジとは一体誰なのか?」というと、翼君の永遠のライバルであるSGGKの若林君でーす(笑)。



あー、また脱線してしまった‥‥という訳で話をサロン・デ・マンガに戻すと、我々日本人にとって大変嬉しい事に、このお祭りは「日本文化を少しでもスペインの皆さんに知って頂こう」というコンセプトの下、毎年日本文化に焦点を当てた展示や各種実演会などが数多く行われています。



上の写真は最近スペインで大ブームの日本食に焦点を当てたパフォーマンス。日本人シェフの方が舞台に上がり、実際にその場で日本食を調理するという企画にスペイン人達は大喜び!ほんと、スペイン人って日本食大好きなんですよねー。ちなみに僕が良く頼まれるのが、「ねー、今度ホームパーティーやるから寿司作って来てねー」って言うもの。「あ、あのー、寿司なんか作ったこと無いんですけど‥‥(苦笑)」。

スペイン人はみんな、「寿司」という食べ物は(欧米人にとっての)「パンみたいなもの」だと思ってるらしく、日本人は誰でも作れると思い込んでいて、更に主食は寿司だと思い込んでる人多し(苦笑)。今ではさすがに「日本ではチョンマゲをしたサムライが刀をさして街を歩いてる」と思っているスペイン人は少なくなったけど、「ゲイシャは売春婦なんだろ」などの発言に代表される様に、スペイン人にとって日本という国はまだまだ未知の国なのかもしれません。



さて、バルセロナで行われるサロン・デ・マンガでは毎年何かしらのキーワードが掲げられ、それを基に展示や実演会の構想を練ってるみたいなんだけど、今年のキーワードはズバリ「スポーツ」。という訳で日本におけるサッカーや野球、バスケットの状況などと共に、柔道や合気道など日本の伝統武道が実演を交え紹介されていました。その中でもひときわ人気を博していたのがこちらです:



日本が世界に誇る国技、相撲(SUMO)です。相撲をとる力士の事はメディアなどを通してスペインでも良く知られているのですが、スペイン人で実際に目にした人はごく僅か。



フンドシをまいた力士が目の前で相撲をとっている姿はスペイン人達に物凄い衝撃をもたらしたらしく、力士達の一挙手一投足に観客達は大はしゃぎ!翌日の新聞にも写真入りで大々的に報じられていました。



そんなこんなで今年もかなり楽しく過ごす事が出来たサロン・デ・マンガだったんだけど、僕にとって大変感慨深かったのは、数年前まではこのイベントに来ていたのはアニメやマンガが大好きなオタク君達ばかりだったんだけど、今年は小さな子供連れやお爺ちゃん、お婆ちゃんを含んだ家族で来ている人達が多かったという点です。

つまり、日本文化への入り口としてアニメやマンガがその役割を果たしている事は確かであり、ここ数年変わらない傾向だと思うんだけど、それを通して日本文化全般に興味を抱き始めたスペイン人が多く現れ始めた、そういう事が出来るかと思います。

日本人の皆さんにとって、この変化は些細な事の様に思えるかも知れません。しかしですね、この小さな変化はスペインが日本文化の理解に踏み出した果てしなく大きな一歩だと言う事が出来るかと思うんですね。そしてその事が、僕にとって今年一番の発見であり、又日本人として大変嬉しい事でもありました。

今から来年が待ち遠しいですww

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| サブカル | 20:48 | comments(3) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
バルセロナ・オープンハウス2013:その地域に建つ建築(情報)をオープンにしていくということ
先週末(10月19日−20日)、バルセロナでは通常入る事が出来ない150以上にも及ぶ公共建築や私邸、はたまた一般企業の本社屋などを一般公開するイベント、オープンハウス(アーキテクチャー)が行われていました。



オープンハウスなるものを世界に先駆けて始めたのはロンドンだと思われるのですが(1992年)、建築/アーバニズム王国として知られるバルセロナ市がそのイベントに参加し始めたのは意外にもごく最近、3年前のことなんですね(その辺の経緯については以前のエントリで少し書きました(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その1:ジョセップ・リナス(Josep Llinas)のInstitut de Microcirurgia Ocularに見る視覚コントロールの巧みさ)。



バルセロナのオープンハウスで訪れる事が出来た建築の中で特に印象に残っているのは、ガウディ建築の傑作の1つ、サンタ・テレサ学院(地中海ブログ:オープンハウスその4:ガウディのパラボラ空間が堪能出来る、サンタ・テレサ学院(Collegi de les Teresianes))、ガウディの影武者だった男、ジュジョールによるプラネイス邸(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN):ジュゼップ・マリア・ジュジョール(Josep Maria Jujol)のプラネイス邸(Casa Planells))、そしてカタルーニャが生んだ近代建築の巨匠、セルトによるパリ万博スペイン共和国館(地中海ブログ:オープンハウス in バルセロナ(48 OPEN HOUSE BCN)その3:ホセ・ルイ・セルト(Josep Lluis Sert)のパリ万博スペイン共和国館)などなど。



僕にとって建築というのは表象文化であり、「その地域に住む人達が心の中に思い描いていながらもなかなか形にする事が出来なかったものを一撃の下に表す行為」、それが建築だと考えています。つまり建築とは、地域で共有されている情報の可視化(ビジュアライゼーション)であると捉える事が出来、それが根差している地域社会における記憶であり情報の集積であり、代々受け継がれてきた(もしくは受け継がれていくべき)資産でもあるのです。



この様な「建築=地域の情報」をオープンにしていくという行為は、その地域に住んでいる市民の皆さんに自分達の街についてより良く知ってもらうという行為を通して、「自分達の街の誇り」や「地域固有の問題」などについて深く考えてもらう良い機会になると共に、(この様な情報の共有は)成熟した社会、ひいては民主主義にとって必要不可欠なプロセスだとも思います。



‥‥僕は長い間、「街中のどの様な要素が、その街の人々のアイデンティティ、はたまた市民意識を育むのか?」という事に大変強い関心を払ってきました。何故ならそれこそ都市を創造する/再生する際の基本要素だと思うし、バルセロナの都市戦略/都市計画が成功した理由の1つだとも思うからです(地中海ブログ:何故バルセロナオリンピックは成功したのか?:まとめ)。



とは言っても、僕なんかがそんな大それた問題に答えられる訳もなく、今まで手探りでバルセロナの中心市街地活性化に関わりながら考え続けてきたんだけど、そんな僕の経験から言わせてもらうと、ヨーロッパ、特に集まって住む事を喜びとしてきた地中海都市の人々にとっては、「その町に変わらず存在する街角の風景こそ、そこに住む人々の心の拠り所、はたまたアイデンティティの原点になっているのかなー?」と、漠然と思う様になってきたんですね。

そんな事を思う様になったのは、3年程前から夏のバカンスで訪れているスペイン北部ガリシア地方にある村(人口400人程度)での滞在がキッカケでした(地中海ブログ:ガリシア地方で過ごすバカンス:田舎に滞在する事を通して学ぶ事)。



周りを山に囲まれた大自然の中にあるこの村には、ローマ時代に創られた小さな小さな橋が1つ残っているのですが、この村に暮らす人々にとってこの小さな橋はこの村の誇りでありシンボルであり、親もその親もそのまた親も、ずーっと見てきた変わらない風景なのです。



だからこそ、その村では誰しもがその橋に纏わる思い出の1つや2つ持っていて、「この橋のここの石、私が小さい頃にはね‥‥」みたいな世間話が近隣同士で自然と発生し、その様な記憶を地域全体で共有する事が出来ていたのです。そしてもっと重要な事に、その様な意識が次第に(というか自然に)この橋をこの町のシンボルにまで押し上げ、ひいては「その風景を地域として守っていこう」という共有意識が生まれるに至っているのです。

‥‥「あれ、これってバルセロナでも同じ様な事が行われているよなー」と、僕が気が付いたのはごく最近の事でした。



それにはバルセロナの都市形態が深く関わっているのですが、と言うのも、地中海都市というのは概してコンパクトであり、人々は「密集して住まなければならなかった」が故に、「どの様にしたら楽しく集まって住む事が出来るのか?」、「どうすれば高密度の生活に彩りを与えられるのか?」という事を数百年に渡って考えてきたからです。逆に言えば、地中海人とは「集まって楽しく住むこと」のエキスパートでもあるのです。



そんな歴史的熟考の上に考え出されたのが、公共空間を核とした生活様式だったんだけど、つまりは「自分の家のリビングは狭いけど、家の目の前にはリビングの延長としての日当りの良いパブリックスペースがある」という考え方です。だから、その様な「自分の庭」を何処の馬の骨とも分からない建築家に勝手にいじられようものなら(例えそれが有名建築家であろうがなかろうが)物凄い批判が飛んでくる訳ですよ!



その事を実際に目にする機会を得たのは今から数年前、バルセロナのグラシア地区に新しく建った公共図書館とその為に整備されたパブリックスペースを巡って引き起こされてしまった大変衝撃的な事件を通してでした。



スペインでは巨匠の部類に入る建築家が公共空間をデザインしたのですが、そのデザインを見た市民からモーレツなダメ出しをくらってしまい、その事を全国紙が大々的に報じて社会問題にまで発展してしまったんですね(地中海ブログ:レセップス広場改修工事(Remodelacion de la Plaza Lesseps)に見るバルセロナモデル(Barcelona Model)の本質)。



どんなデザインだったのかというと、まあ、建築家が大好きな「記号」や「引用」を使いまくった大変奇抜なものだったんだけど、市民の間からは「何?あれ!意味分かんない」みたいな意見が続々と寄せられ大バッシングの嵐、嵐、嵐!!



この事件が僕にとって大変衝撃的だったのは、都市の変化に対して市民が大変鋭い目を光らせているということ、そしてその目からは幾ら巨匠建築家であろうと逃れられないという事実でした。



逆に言えば、その様な市民の目が機能しているからこそ、建築家も本気で風景を考えなければならないし、この様な正のフィードバックが働いているからこそ、地中海都市の風景は保持されてきた訳で、バルセロナでは公共空間が昔から重要視されてきた所以でもあるのだと思います。何故ならその様な議論というのは、いつ如何なる時も公共空間から沸き上がってくるものだからです(地中海ブログ:東さんの「SNS直接民主制」とかマニュエル・カステル(Manuel Castells)のMovilizacionとか)。



その一方で、「この様な事が何故可能になったのか?」を解明し説明するのは決して簡単な事ではありません。そこには幾つものレイヤーが入り込んでいて、それらが様々なフィードバックを起こしながら1つの現象を形作っているからです。



しかしですね、その様な市民意識、はたまた地域への愛着の様なものが生まれ、それが市民の間に共有される様になった1つのキッカケは、そこに変わらず存在する風景や建築が「情報として」、その地域に住む人々に共有されていたという事が挙げられるのでは?‥‥と思います。



そしてもっと重要な事に、「自分達が住んでいる街についてより良く知ってもらおう」という意欲を、市民側だけでなく行政側も良く理解し、市民と一体となりながら様々なイベントを通して、正に市民の為に、ひいては自分達の街の為に情報を公開する事に惜しみない努力を注ぎ込んでいる‥‥、そしてその様な1つ1つの小さな積み上げこそが「現在のバルセロナのかたち」を創り上げたと言っても過言ではないのです。

‥‥と、そんな事を思いつつ、今年もオープンアーキテクチャーにレッツゴー!

追記: 今年(2013年)のオープンハウスは例年とは違い、ちょっとビックリする様な試みが為されていました。それがコチラ:



50ユーロ払うと列に並ばなくても直ぐ建物に入れるという「ビジネスクラス」みたいなチケットを販売していたんですね。「む、む、む‥‥50ユーロか‥‥ちょっと高いけど、一度経験するのも悪く無いかも‥‥」とか思いつつも購入する事に。そしてこれが大成功!

と言うのも、このイベントで大変悩まされてきた事の1つに、「何処に行っても人、人、人」という混雑が挙げられるからです。そうすると、どういう事になるかと言うと、1つの建物に入るのに1時間待ち、他の建物に行ったら行ったで、人気の建物は予約が必要で結局入れず(悲)‥‥という様なストレス満載の状況が多々発生する訳ですよ!

今回の試みはこの様な混雑を少しでも解消しようと実験的に導入されたらしいんだけど、これが大当たり!何処に行っても直ぐに入れて、おかげで今年は見たいものを全て見る事が出来ちゃいました。大満足です!!!

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| バルセロナ都市 | 05:10 | comments(2) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
アルヴァロ・シザの建築:ヴィアナ・ド・カステロ図書館(Viana do Castelo)その2:内部空間編:パノラミックな風景が売りの敷地においてパノラミックな風景を見せないという選択肢
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アルヴァロ・シザの建築:ヴィアナ・ド・カステロ図書館(Viana do Castelo)その1:外部空間(アプローチ)編の続きです。



素晴らしいアプローチ空間を堪能した後は、いよいよ中へと入って行きます。我々を出迎えてくれるのは、これまたシザの建築言語で溢れ返ったエントランス空間:



入り口を入った直ぐの所にはカフェが設えられていて、天井にはシザがガリシア美術センターで用いた「逆さまになった机」が(地中海ブログ:ガリシア旅行その6:アルヴァロ・シザの建築:ガリシア美術センター(Centro Gallego de Arte Contemporaneo):複雑な空間構成の中に隠された驚く程シンプルな原理)、左手奥の方には不思議な光で照らし出された大階段がチラチラ見え隠れしています。



この様な「光の質の違い」によって来館者を(自然と)進行方向に導くデザイン力は素晴らしいとしか言いようがありません。と言う訳で、誘われるがままに階段を上っていってみます:



左手上方には横一直線に大きな大きな窓が取られていて、階段を上るにつれてそこから外界の風景が徐々に見えてくるんだけど、丁度階段を上り切った所がこの窓の終わりに位置している為、「風景が全開に見える」というよりは寧ろ、その様なクライマックス的空間が「チラチラ見える」と言う程度に留まっているんですね。この様な「風景の開放/制御」を用いた視線コントロールは本当に上手い!そして階段を上り切った所で右手(90度)に進行方向を強制的に変更させられるんだけど、そこに展開しているのがこの風景:



閉じているのに不思議なくらい透明感に溢れた空間の登場〜。薄い茶色の大理石や真っ白な壁など、「材料の組み合わせだけでこれほどまでに空間に透明感を与える事が出来るのか!」というお手本の様な空間になっていますね。この地点から、たった今上がってきた階段を振り返るとこの風景:



階段と、その上に位置する横長に取られた窓の位置関係が良く分かるかと思います。

さて、ここのレセプションからは時計回りに進んで行ってみます:



先ず現れるのは、真っ正面に3人掛けの椅子が置かれ、木製の本棚に囲まれた非常に落ち着きのある空間です。向かって左手奥にはコンピュータ室(窓が必要ない部屋)が、その反対側からは微かに光が漏れていて、その漏れ出す光があたかも我々に「おいで、おいで」と手招きをしているかの様ですらあります。



‥‥この空間でシザが試みていること、それはこの後に展開するであろう「クライマックス的空間」に入る前に「ホッ」と一息つく空間を用意しているんだけど、この様に最後の空間の前にワンクッション置く事によって、「クライマックス的空間に入って行くぞ!」という気持ちを整えることが出来るんですね。そんな事を思いつつ、右手方向から漏れてくる光に導かれるままに歩を進めて行くと我々の前に姿を現すのがコチラです:



光に満ち溢れ、真横一直線に取られた窓がこの上なく美しい風景を切り取っている閲覧室の登場です。



大変抑制された開口が、強過ぎない光を閲覧室に導き入れ、非常に居心地の良い空間を形成しているのが見て取れるかと思います。木製の本棚と真っ青な海の対比‥‥。そしてココにはシザ建築のもう1つの特徴である天井操作が見られます:



こちらは2重天井となっていて、一番上に取られたスリットから直接光を取り入れ、その直接光を2番目の天井をクッションとしつつ柔らかい光に変換してから室内に取り入れています。

そして僕にとって大変重要な事に、この空間にはシザ建築の真骨頂とも言うべき、「ある秘密」が隠されているのです。シザはとあるインタビュー(スペイン紙)でこんな事を告白しています:

R:「‥‥(私が子供の時煩った病気の時に滞在していた)その村は小さな農村で、建築が風景を創っていました。だからこそ、風景はキラキラと輝いていたのです。それらは本当に息を呑むほど美しかったのですが、15日間の療養中、四六時中見ていたものですから、何時しかそれらの風景は私の中に入り込み、私の心を一杯にしてしまいました。その時の経験が、後の私の作品に大きなガラス窓を創り出す事を避けさせたり、断片的な開放部を意識的に設けたりする事を好むようにしたのだと思います。

‥‥

文句を言う人が多いですね。「美しい風景の前では、それらを見渡す展望台を創るべきだ」と、そう考えているのです。その様な時、私は何時もこう答えます:「それは違う」と。「美しい風景を見続ける事は人間を心から疲れさせるだけだ」と。風景を望む事は「押し付け」になるべきではなく、それを見るかどうかと言う「選択肢」であるべきなのです。」
(地中海ブログ:アルヴァロ・シザ(Alvaro Siza)のインタビュー記事:シザ建築の特徴は一体何処からきたのか?

そう、シザにとって目の前に広がる大自然を強制的に見せる建築と言うのは、単に人々の心を疲れさせるだけのものなのです。つまり彼にとってその様なパノラミックな風景を見せるということは強制であるべきではなく、「選択肢の1つ」として用意されていなければならないのです。

この様な幼少期の体験=トラウマこそ、シザ建築に多く見られる特徴、すなわち「内に開かせる」という建築形態を決定付けた主要因になった訳なのですが、今回のヴィアナ・ド・カステロ図書館においてシザは正にそのコンセプトを実現しているかの様に僕の眼には映ります。

どういう事か?

先ずは左手方向を見てください:



先程見た横長の窓からは美しいパノラマを楽しむ事が出来るのですが、その風景を見つつ読書を楽しむ人、勉強に勤しんでいる人達など、こちら側の空間では人々の様々なアクティビティを見付けることが出来ます。そして次に右手方向を見てみます。するとそこには全く別の風景が展開している事に気が付きます:



こちら側に展開している風景、それは内側に向かって開かれた中庭空間なんですね。コチラ側の窓からは先程の様な大自然のパノラマは見る影もありません。

そう、シザは両側に「全く異なる風景」を用意する事によって、ここを訪れる人々に「どちらの風景がいいですか?」と選ばせているのです!



ある人は「大自然を楽しみながら読書したい!」と左側の席を選ぶだろうし、またある人は「読書をするには海の青色は強過ぎる。中庭の方が本を読むには集中できる」と右側の席を選ぶことでしょう。



そしてこんな素晴らしい「空間の質」に寄与しているのが窓のデザインです。



窓の形、窓枠、カーテン‥‥全ての線がビシッと決まっています。更にこの空間の印象を決定付けているのがコチラ:



木で出来た本棚なんだけど、床面との材質を合わせる事によって、あたかも本棚が床から「ニョキニョキ」っと生えてきたかの様な感じを醸し出しています。そして見上げればコチラ:



さっきも言及した天井操作なんだけど、上の写真の真ん中に開いている長方形の開口にリズミカルに並んでいる3つの直方体が、それぞれ少しづつ内側に倒れ掛っていて、台形の様なデザインになっているんですね。



写真では分かりにくいかも知れないんだけど、これらの梁がホンの少しだけ内側に倒れ掛っている事によって、この空間の印象がガラッと変わっているのが見て取れるかと思います。

これら全てに共通している事、それは、窓も本棚も天井も、この空間を構成するどの要素も「これだ、これだ」と自己主張するのではなく、まるで自分自身を消しているかの様な「静のデザイン」になっているという事実です(地中海ブログ:歩いても、歩いても(是枝裕和監督):伝統と革新、慣習と感情の間で:リアリズムを通して鑑賞者の眼が問われています)。そう、まるでこの図書館は、「デザインってこのくらいやればいいんだよ」と、我々にそう語りかけてくるかの様なんですね。



‥‥この建築を見ていると、近年しばしば見掛けられる「やり過ぎのデザイン」、「自己主張ばかりして何も訴えかけてこないデザイン」とはまるで逆を向いている事に気が付きます。



この建築には、古今東西で様々な建築を創り続けてきたアルヴァロ・シザという建築家が辿り着いた1つの答えの様なものを見る事が出来る‥‥と言ったら、言い過ぎでしょうか?

建築家なら誰しも、「自分の作品に署名を残したい!」、「なるべく他の建築との違いをつけたい!」、「もっと特別なものにしたい!」という強い思いがあり、ついついデザインをやり過ぎてしまうというのが人情だとは思います。

しかしですね、建築のデザイン、ひいてはデザインの本質って「目立つこと」というよりは寧ろ、「目立たないこと」、「パッと見、普通なんだけど、よーく見るとちょっとだけ違う」と言った様な、「差異化にある」と思うんですね。そしてそれを達成する為には「やり過ぎないこと」、強く出たい所を一歩引いて、自分を消す事、そう、デザインってこのくらいでいいのです。

アルヴァロ・シザはこの図書館建築を通して、我々にそう語り掛けているかの様でした。

星、三つです!!!!
| 旅行記:建築 | 18:22 | comments(0) | - | このエントリーをはてなブックマークに追加
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